第512話

 俺はエルディア目掛けて急降下していく。

 エルディアが腕を上げようとしたのが見えたので、素早く前脚を払った。

 〖次元爪〗が間合いを無視してエルディアの腕を引き裂いた。

 肉が開き、上がりかけた腕が降りる。


 行ける。

 この距離なら、このままエルディアを逃がさずに討伐できる。


 ……一気に、直接攻撃で仕留める。

 結局これが一番確実だ。

 回復の隙を与えて、ベルゼバブと二体で交互に出てきて粘られては敵わない。

 このステータス差なら、近接の連撃で、反撃を許さずに仕留め切れる。


 エルディアと目が合った。

 〖灼熱の息〗か〖凍てつく息〗で応戦してくるかと思ったが、空虚な眼でじっと俺を見つめるばかりで動きがない。


 近接の間合いになった。

 俺は覚悟を決めて前脚を振りかぶるが、僅かに当たらなかった。

 エルディアが避けたわけでも、俺が躊躇ったわけでもない。

 俺の身体が、唐突に後ろへ引かれたのだ。


 突然現れた黒い壁が、俺の六面周囲を囲んでいた。

 半透明の、黒い立方体の中に閉じ込められている。


 ……これは、リリクシーラのスキル、〖グラビリオン〗だ。

 立方体に閉じ込め、一気に収縮して押し潰す凶悪なスキルだ。


 どうやら範囲内に入った対象を〖グラビリオン〗の箱の中央へと引っ張る効果があったらしい。

 

 黒い壁が一気に迫って来て、立方体が圧縮されていく。

 俺の脚を、頭を、尾を押し込める。


 領域内の、超重力による空間圧縮。

 一度目にしていたが、予兆から発動までが速すぎる。


 以前リリクシーラがエルディア相手に使ったときの様子を見るに、発動者が座標を指定してから実際の発動までにはラグがあるため、止まっている相手以外への使用は難しいように見えた。

 ……しかし、俺がエルディアとの近接対決を選ぶことが直前に読めていれば、位置を想定することは不可能ではない。


 だが、リリクシーラは、どこでこの魔法を構えているんだ……?


 俺が疑問に思っていると、黒い壁越しに奴の姿が見えた。

 エルディアの頭へと、リリクシーラが着地した。


 リリクシーラは、手にした杖の先端にしっかりと俺を捉えていた。

 衣服が唾液に濡れている。


 最初から、エルディアの口の中に入って気配を誤魔化してやがったのか!

 そして近接を誘い、隙ができたところで〖グラビリオン〗で動きを封じる作戦だったわけか。

 乗せられちまった。

 目に見えないリリクシーラをもっと警戒するべきだった。


 だが、こんな簡単には終われないんだよ!


「グゥオオオオオオオオオオオオッ!」


 俺は〖咆哮〗を上げながら、〖グラビリオン〗の暗黒の壁を四つの脚で外へと押し出す。

 立方体の収縮が収まり、逆に膨張する。

 エルディアは捕まったが最後、効果時間の間はまともに抗えていなかったが、俺のステータス差ならばゴリ押しが効くようだ。

 これならば、さしたるダメージもなく突破できる。

 ……が、問題は〖グラビリオン〗の拘束によって生じる隙の方だ。


 エルディアとベルゼバブが飛び回り、二体はそれぞれ俺の斜め上空へと滞空した。

 丁度正面側にはエルディアが、後方にはベルゼバブが飛んでいる。


 エルディアは口の前に大きな炎の球を生み出して自身で喰らう。

 ベルゼバブは小さく息を吸い、顔の照準を俺へと合わせた。


 エルディアの〖ドラゴフレア〗と、ベルゼバブの〖蠅王の暴風〗で挟み撃ちする気だ。

 ベルゼバブは〖インハーラ〗による技の強化がないため攻撃範囲は以前見たものよりも大人しいだろうが、それでも十分に脅威だ。

 さすがにこの技を同時に受けるわけにはいかねぇ。


 少しMPを使うが、〖竜の鏡〗で一時的に姿を消失させるか?

 あれならば〖グラビリオン〗の拘束から抜け、〖ドラゴフレア〗と〖蠅王の暴風〗を凌いだ後に姿を取り戻すことができる。


 ……いや、あれは再出現の際に無防備で姿を晒す必要がある。

 不意を突いて逃げられる機会もあるが……リリクシーラが指揮を執っている以上、甘く考えるのは危険過ぎる。


 だったら、土壇場で飛ばすことになるが、こっちしかねぇ!

 空間を捻じ曲げて別次元を移動するスキル、〖ワームホール〗だ!

 これで〖グラビリオン〗の拘束から逃れる!


 俺は〖グラビリオン〗の圧縮から抗いつつ、上空の様子を見る。

 エルディアが極太の火柱を口から吐き出す。

 逆側からは、ベルゼバブが紫に濁った猛煙を吐き出していた。

 赤と紫の放射物が、丁度俺の位置で交差しようとしている。


 ここだ!

 俺は準備しておいた〖ワームホール〗を発動する。

 黒い光が俺を包むと同時に、エルディアの横にも同様の黒い光が広がっていた。


 ク、クソスキルめ……!

 これじゃバレバレじゃねぇか。

 どうせ使いどころがないだろうと検証を怠ったのが響いている。


 リリクシーラは眉間に皺を寄せ、突然現れた黒い光を睨む。

 奴にとっても初見ならば、咄嗟に対応されることは……。


「ディアボロス! 距離を取りながら、〖落雷〗を放ちなさい!」


 い、一瞬で見切りやがった、俺のスキルから逆算したのか!?

 エルディアが飛んで離れようとする隙を突き、頭部に立つリリクシーラ目掛けて〖次元爪〗を放った。

 エルディアの尾が前に回され、辛うじてガードする。

 尾の肉が大きく抉れ、白い光になって消えていく。


 俺は〖ワームホール〗を潜りながら前脚を振るい、再度リリクシーラへと〖次元爪〗を放つ。


「〖ディメンション〗!」


 リリクシーラの前に、全長三メートルはありそうな、翼の生えた人型の像が現れた。

 天使、なのだろうか。

 像にまず横一線の罅が入り、次に全体に亀裂が走って粉々になった。

 

 自分だけの空間に収納したものを、好きなタイミングで取り出せるスキルだ。

 使い切りのガード手段として切ってきやがった。


 視界が白光に包まれ、全身を激痛が覆った。

 エルディアの放った〖落雷〗が俺へと直撃したのだ。

 だが、俺はダメージの中を突っ切り、エルディアへと距離を詰める。


 そして〖グラビティ〗を撃つ。

 俺を中心に円状に黒い光が走り、エルディアの体勢が大きく崩れた。


 直接攻撃を大振りで放つ。

 エルディアは〖グラビティ〗の重力を利用して急降下し、俺の爪から上手く逃れた。


 狙い通りだ。

 俺は素早く逆の前脚で、体勢が崩れたままのエルディアに乗るリリクシーラへと〖次元爪〗を放った。

 リリクシーラは必死に俺へと杖を向けようとしていたが、間に合わなかった。

 ついに当たった。

 衣服が切れ、背から激しく出血する。

 エルディアの背から離れ、リリクシーラが宙へと投げ出された。


 俺の追撃を塞ぐかのように、エルディアが前に出て視界を遮る。

 その間に、人化状態に戻っていたベルゼバブが、血塗れのリリクシーラを宙で回収していた。


 ……トドメを、差し損ねちまったか。

 だが、行ける。向こうも玉砕覚悟で突っ込んできている分、リリクシーラ本体にも隙がある。

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