第513話
「自信満々だった割には、散々な出始めになっちまったなァ、聖女様よォ!」
ベルゼバブは、血塗れのリリクシーラを抱えたまま飛行する。
見えている限り、致命傷だ。
リリクシーラには回復魔法があるが、〖自己再生〗がない以上、欠損した肉体を再生させることができない。
リリクシーラの口許が僅かに動く。
何と言ったかはわからなかったが、ベルゼバブは少し顔を顰めた後、エルディアへとちらりと目をやった。
「ま……そうなるか。これでいよいよもって、本格的な殺し合いの幕開けってわけだなァ」
ベルゼバブは舌なめずりした後に空を蹴り、俺から逃げる方向へと飛んでいく。
「おめェら、聖女様のお言葉だァ! 一旦立て直すから、そこのディアボロス共々命懸けで足止めして餌になれって話だぜェ!」
ベルゼバブの叫び声を聞いて、騎竜に乗った聖騎士達が、一斉に俺からリリクシーラを庇う様に動き始めた。
「聖女様がお怪我をなされた!」
「我々で時間を稼ぐぞ!」
……ベルゼバブごと逃げに出るのか?
ベルゼバブの人間形態は速い。
今の俺でも、この深い霧の中であの小さな人間体に逃げ回られては、反撃を警戒しながら追いかけるのは少々骨が折れる。
……エルディアの妨害があるのなら、尚更だ。
だが、ここでエルディアを残していくのが意外だった。
エルディアは、リリクシーラにとっての最大の攻撃手段だ。
多対一で俺を囲めば、使い勝手のいい〖落雷〗スキルで俺をしつこく攻撃することだってできる。
ここでエルディアが囮になるなら……俺は、ほぼ確実にエルディアを倒しきることができるだろう。
そうなれば、正面対決で俺のHPとMPが削り切られる心配はほとんどなくなるといってもいい。
そっちが逃げるっつうのなら、俺はエルディアを倒させてもらう。
虚ろな目をしたエルディアの周囲を、騎竜兵達が飛び交っている。
「グアァァアアア!」
エルディアが咆哮を上げる。
口内に真っ赤な光が集まっていく。
これまではリリクシーラを口に隠していたために使わなかった、エルディアの本領〖ドラゴフレア〗だ。
「敵わずとも、一矢は報いてみせようぞ! 邪竜よ、参る!」
騎竜兵達が剣を掲げ、互いを鼓舞して俺へと挑んでくる。
勇猛なことだ。かなり士気が高い。
蠅虫の如く死ぬとわかっていて、よく飛び込んでこれる。
本気でわかってるのか?
お前らが何人で飛び込んで来たところで、そのドラゴンの補佐があったとしても、ただの一瞬時間を稼ぐことが限度なんだぞ?
お前らにとって、自分の命はそんなものなのか?
そうまでするほど、俺の神聖スキルに価値があるっていうのかよ!
俺は両前脚を持ち上げ、大きく口を開けた。
「何かが来るぞ、気を付け……」
「グゥオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
俺は〖咆哮〗を放つ。
恐慌状態に陥った騎竜達が、背に乗せた戦士達のことも忘れて出鱈目な動きを取り始める。
俺は掲げた両前脚を辺りへ振り乱した。
〖鎌鼬〗の乱れ撃ちだ。
個々のMPは抑え、とにかく数を放った。
奴らを狩るのに〖次元爪〗は不要だ。
速さも威力も必要ない。
掠れば竜共々ぶっ飛ぶだろう。
俺から放たれた無数の風の刃が飛び交う。
先頭に立つ騎竜兵の掲げた剣がへし折れ、乗っていた本人も地上へと落下していった。
竜の軌道を風に煽られて潰され、振り落とされそうになって必死に捕まっている者もいる。
風の刃は霧を切り裂いて走り、大地に落ちて傷をつけた。
連中からしてみれば悪夢だっただろう。
乗っていた竜が制御不能に陥った状態で、自分の反応できる限界を何倍にも超えた速さの凶器が、周囲を駆け巡って大地を次々と割っていくのだから。
『無意味に死にてぇ奴だけ掛かってこい! あわよくばこの俺に傷をつけられるなんて思うんじゃねぇぞ。くだらねぇ慈悲はこれが最後だ。次は、この場にいる全員の首を叩き落としてやる』
周囲に〖念話〗を放った。
聖騎士達と、彼らの乗るドラゴンの動きが凍り付いた。
「じゃ、邪竜の脅しに屈するな! 我々は聖国に、聖女様の御意思に命を懸けると、そう誓ったではないか! 憶するな、我らには竜の王がついている! 私は退かぬぞ、続けえっ!」
一人の騎竜兵が、俺とエルディアの間に飛び込んできた。
俺は〖次元爪〗を、軽く爪先を曲げて放った。
ドラゴンの背から翼が剝がれ、上に乗る男の上体が真っ二つになった。
「ギャアアアア……!」
ドラゴンが、血塗れの片翼を用いて必死に減速しながら地面へと落ちていった。
聖騎士の真っ二つになった死体も、その後に続いて落ちていく。
【経験値を410得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を410得ました。】
後続は、さすがに出そうになかった。
聖騎士達は、ただ茫然と俺を見ている。
自分が命を張っても、何にもならないと理解したのだろう。
……リリクシーラも、本当に酷なことをする。
十や二十いたところで、ほんの一瞬俺の気を紛らわせるのが限度だと、あいつにわかっていなかったはずがない。
エルディアが魔力を溜めるのが終わったらしく、顔を俺へと向けて来る。
極太の炎柱が俺目掛けて射出される。
……以前は、この技に本当に驚かされた。
だが、これだけ速度差があれば、一対一で、正面からぶっ放されて当たる様な技じゃあない。
俺は背を屈めて飛行し、エルディアの〖ドラゴフレア〗を回避した。
炎柱が俺を追うが、余裕を以て回避できる。
俺は回避しつつエルディアへと接近しながら、顔面へと〖次元爪〗を放った。
額から首にかけて大きく抉れ、エルディアが口を塞ぐ。
〖ドラゴフレア〗が止まった。
俺は一気に距離を詰める。
エルディアは高度を上げつつ、尾で俺を攻撃して距離を取り直そうとする。
俺は尾を掴んで、下へとぶん投げた。
エルディアは翼を広げて逆風を受けて宙に留まり、地面に叩きつけられることを回避した。
その腹部目掛け、前脚を叩き込んだ。
エルディアの巨体が地面に叩きつけられ、辺り一帯が揺れる。
血塗れのエルディアが起き上がる。
肩がねじ曲がっており、腹部も大きく削れたままだ。
〖フィジカルバリア〗で物理耐性を引き上げ、〖自己再生〗で殴られる寸前から回復を行っていたらしい。
……今ので勝負は終わったと思ったが、さすがエルディアだ。
「オオ、オオオオ……」
エルディアが苦し気にうめいた。
最西の巨大樹島の遺跡へと降りたとき、嬉しそうに出迎えてくれたエルディアの姿が脳裏を過ぎった。
エルディア……すまねぇ。
対立はしちまったが……あの島でずっと穏やかに過ごしていて欲しいと、俺はそう思っていた。
……すぐに、終わらせてやるからな。
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