第514話

 俺はエルディア目掛けて急降下する。

 エルディアの翼が動く。


 俺は前脚を振るい、〖次元爪〗で背を抉った。

 ……飛ぶ隙は、与えねえ。もう、ここで終わりにする。


 加えて〖グラビティ〗を発動する。

 俺から広がる黒い光がエルディアの重力を高め、大地へと縫い付けた。

 エルディアの巨体が地面へと沈む。


 俺が前脚を振り上げたとき、エルディアが重力に抗って上体を浮かし、巨大な腕を振り上げた。


「オ、オオ……オオオオオ……!」


 ステータス差は充分にあった。

 エルディアも、強引に〖自己再生〗で治療しているが、かなりのダメージが蓄積しているはずであった。

 〖グラビティ〗を受ければ起き上がれないはずだと踏んでいたのだが……俺の予想を、エルディアのタフネスが上回った。


 エルディアの拳が、飛びかかっていった俺へとカウンター気味に振り下ろされ、頭部を捉えた。

 ――正確には、俺の幻影の頭部を捉えた。


 〖ミラージュ〗のスキルだ。

 近接戦の、それも相手にプレッシャーを与えている状況では、〖ミラージュ〗はその力を効果的に発揮することができる。

 俺は幻影のやや背後を飛んでいた。

 すぐ目前で、幻影を強引に殴ったエルディアが体勢を崩し、〖グラビティ〗に耐えきれなくなり、地面の上に叩きつけられた。


 大きな隙ができた。

 俺は唾を呑み、目を閉じる。

 前脚を勢いよく伸ばし、エルディアの胸部を爪で抉りながら殴り飛ばした。

 竜王の巨体が、〖グラビティ〗に引きずられ、地を這うように転がった。


 〖グラビティ〗の黒い光が消える。

 エルディアの身体が痙攣しながら僅かに持ち上がった後、再びその場で崩れ落ちた。


 ……まだ、経験値の取得は告げられていない。

 エルディアのステータスを確認する。すぐにでも流血のせいで死んでしまいそうな重傷だ。

 だが、それを待つ猶予なんてねぇ。

 こうしている間にも、リリクシーラやその部下達が、アロ達の許へと向かっているはずだ。


 それに〖スピリット・サーヴァント〗の仕様はよくわからねぇが、時間を掛けていれば引っ込められてエルディアを回収される、なんて可能性もある。

 ここで時間を掛けるわけにはいかねぇんだ。

 エルディアは……ここで、確実に殺す。


 エルディアの身体が動こうと持ち上がり、それを止める様に、青い光を放つ、鎖の様なものが全身に浮かび上がった。

 ベルゼバブのときも、光の鎖が生じたことがあった。

 以前にアレが生じたのは、〖スピリット・サーヴァント〗の活動限界範囲に達し、ベルゼバブの動きが封じられたときだ。


 何かが起きようとしている。

 すぐに倒さなければと考えたとき、エルディアの瞳が動き、俺を見た。

 

『貴様……いつぞやの、双頭竜であろう?』


 〖念話〗だ。

 エルディアは明らかに、自我を取り戻している。

 ……〖スピリット・サーヴァント〗の意志の拘束力が、弱まったのか?

 俺は振り上げた前脚を降ろすことができず、宙に留めた。


『……薄っすらと、覚えておる。聖女の鎖で縛られている間のこともな。だから、すぐにわかったのだ。フン、どうやら貴様、随分とあの女に肩入れしておったのに、裏切られたらしい。だからあのとき、忠告してやったのだ』


 エルディアはフンと喉を鳴らし、敢えてなんてことでもないかのように、軽い思念でそう告げた。


『悪い……すまねぇ、エルディア……』


『今となっては、過ぎたことだ。それに我は、嬉しいのだ。魔王様を、ノア様を継ぐ者に、こうしてようやく顔を合わせることができた。我の五百年は、決して、無駄などではなかった。ああ、そうか、フフ、そのための神託であったのか』


 エルディアは五百年前の神聖スキルの奪い合いに、魔王の側近として参加していた。

 そして魔物と人間の戦いに決着が着いた後に、世界の意志(恐らくは神の声)の神託を聞き、次代の魔王に仕えるために生き続けていたのだと、そういっていた。

 ……この様子だと、既に〖スピリット・サーヴァント〗間の記憶により、俺が〖修羅道〗を有する魔王であることを知っているらしかった。


『これでわかったであろう? ニンゲン共は、自分達以外の強大な存在を恐れている。その癖に奴らは、自分達が世界の中心でなければ満足できぬ、愚か者共よ。ノア様も、度々口にしておった。まるでいがみ合い続けるために造られたようだ、とな』


『……そう、だな。そうなのかもしれねぇ』


 リリクシーラが執拗に俺を殺しに掛かってきた理由はわからねぇ。

 神の声が唆したのだろうと、そのくらいの認識であった。


 どうせロクな理由じゃねえと思っていたが、案外、リリクシーラはただ俺が裏切るのが怖かっただけなのかもしれない。

 もっとも、仮にそうであったとしても……相方を死に追いやり、エルディアを捨て駒にするために殺して魂を縛った奴を許す気になど、到底なれねぇが。


『我はもう……消えるのだろう。だが、消えることは怖くはない。忌まわしきニンゲンに利用され続けることの方が、我には遥かに恐ろしい。……最期に、貴様に頼みがある』


『なんだ? 今は、あまり時間は掛けられねえ。だが、俺にできることなら……』


『この戦いに勝ち……奴らの力を奪い、憎きニンゲン共を皆殺しにし、魔物の世界を築くと、そう誓ってくれ。それで我は、安心して消えることができる』


 それはきっと違うはずなのだと、そう言いたかった。

 先代の魔王ノアは、人間と魔物が対立し続けるように造られたかのようだと口にしていたが、それはきっと本質を突いている。

 だが、そうしたのは……この世界を好きに創り変え、時に何十万という死を平然と作り出す、神の声の奴の仕業に違いない。

 あいつは神聖スキルをばら撒き、人間と魔物を唆して戦争を引き起こし続ける悪魔だ。

 戦いを終わらせるために必要なものは、人間や魔物を滅ぼすことなどではない。

 勇者ミーアが辿り着いた答えの様に、神の声をこの世界から叩き出すことだ。


 ……しかし、きっと、この死の間際に、エルディアにそのことを納得させることはできないだろう。


『……ああ、ああ、わかった。俺は、奴らを滅ぼす。魔王として』


 ……だから、俺は、嘘を吐いた。

 エルディアが安堵した様に、ひゅうと、息を吐いた。


『ありがとう……これで、安心してノア様の許へとゆける。貴様の活躍を目にすることができぬのは残念であるがな、我が息子よ』


『な……! い、いつ、どうやってそのことを……!』


 エルディアが口許を歪め、微かに笑った。

 それから瞼が閉じられた。


【経験値を14040得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を14040得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが105から109へと上がりました。】


 経験値取得が告げられる。エルディアの姿が、光の塊となって消えていった。

 〖スピリット・サーヴァント〗は魂を使役するスキルであるため、後に身体は残らないのだろう。

 

【称号スキル〖竜王の息子:Lv--〗が、〖竜王:Lv--〗へと変化しました。】


 最後にそれだけ俺へと告げられた。

 眼球が熱くなるのを感じた。

 目の裏側に水が溜まり、それはすぐに涙となって零れ落ちた。


 ……感傷に浸っている猶予はない。

 リリクシーラに逃げられた以上、アロ達とすぐにでも合流しなくてはいけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る