第510話
ベルゼバブの眷属を幻影で引っかけた後、俺は元の姿に戻り、地面に伏せて待機していた。
それからさほど長い時間が掛からない間に、アトラナートの三つの〖ドッペルコクーン〗の内の一つが形を失って崩れた。
三つの内の、一つが崩れた。
これはアトラナートがリリクシーラを発見できた合図だ。
連中はかなり接近してきている。
ようやく、接触のときだ。
俺は〖竜の鏡〗を用いて、〖ベビードラゴン〗の姿を取った。
元々の〖ベビードラゴン〗の背に翼は突起物程度にしかないのだが、空を飛べるように大きめにしておいた。
『騒ぎが落ち着いたら、アトラナートと合流して山の方へ移動してくれ! すぐに本格的な交戦になるはずだ!』
リリクシーラは、〖スピリット・サーヴァント〗を用いた三体掛かりで俺を潰しに来るはずだ。
そうなれば、トレントでも流れ弾の一撃で倒されかねない、危険な戦場になる。
アロ達には離れておいてもらった方がいい。
俺はアロ達へ〖念話〗で語り掛けた後、翼を広げて飛び上がった。
姿は〖ミラージュ〗で周囲の光を捻じ曲げ、極力見つからないようにする。
滞空しつつ、〖気配感知〗でしっかりと周囲を確かめていく。
そして俺は、口の先に黒い光の球を浮かべる。
〖グラビドン〗の魔法スキルである。
〖竜の鏡〗で体型を弄っても、魔力の強さは変動しない。
〖竜の鏡〗と〖ミラージュ〗、そして〖ウムカヒメ〗の霧の合わせ技で気配を極力絶ち、こちらから〖グラビドン〗で先手を取る。
これが決まれば、ベルゼバブが〖インハーラ〗で強化した〖蠅王の暴風〗を撃てる機会を潰すことができる。
まさか、俺を相手取っている最中に、悠長にあんな大技を構える余裕はねぇだろう。
霧の中に、突如巨大な影が現れた。
この大きさはベルゼバブ以外にいない。
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種族:ベルゼバブ
状態:スピリット
Lv :86/130(Lock)
HP :2152/2152
MP :1887/2071
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絶好のタイミングだった。
本来、もっと俺から距離を置いたところから攻撃を放つつもりだったのだろうが、蠅の眷属に〖ミラージュ〗を用いて見せつけておいたフェイクが上手く機能したと見える。
一気に周囲の霧が渦を巻き、宙に浮かんだ巨大な影へと吸い寄せられていく。
来た、〖インハーラ〗だ。
わかりやすい前動作で助かった。
ここまでは読み通りだ!
俺は即座に〖グラビドン〗を放った。
周囲の霧が呑まれて薄れ、ベルゼバブの姿が朧気ながらに露になった。
蠅の巨大な頭部が、俺を見た。
即座にベルゼバブの身体が収縮していき、灰色肌の痩せた男の姿へと変わる。
それでも〖グラビドン〗は、小さくなった標的を逃さない。
ベルゼバブ目掛けて飛んで行っていたが、手前で僅かに軌道が逸れ、そのまま遠くへと飛んでいった。
……ベルゼバブを、光の壁が守っているのが見える。
魔法を反射する防護壁を生み出すスキル、〖ミラーカウンター〗だ。
魔法力の格差から直接防ぐのは不可能と見てか、器用なことに〖ミラーカウンター〗で作った光の壁に沿わせて俺の〖グラビドン〗を逸らしたらしい。
こんな芸当ができるのは、リリクシーラしかいねぇだろう。
しかし、ベルゼバブの〖人化の術〗にしても、〖ミラーカウンター〗にしても、あまりにも反応が速すぎる。
距離が開いていたということもあるが、こっちが出てくるのがそもそも読まれていたか。
リリクシーラは、魔王攻略の際にも〖ラプラス干渉権限〗の予知を使い倒していると本人が口にしていた。
〖蠅王の暴風〗を潰せただけでもラッキーだったと考えるべきか。
これ以上、身体能力を引き下げるのは危険だ。
俺はすぐさま〖竜の鏡〗を解除し、オネイロスの姿へと戻った。
「久々だなァ、イルシアァアアア! また会えてよかったぜェ! こんなヤバイドラゴンとぶつかれるんだから、クソくらいにツマンねェ、根暗女の犬でもやってみるもんだなァ!」
蠅の羽を動かし、ベルゼバブが動く。
見える。
前回の接触では、速すぎてまともに目で捉えられなかったベルゼバブ人化体の動きが、今ならはっきりと追える。
ベルゼバブは恐らく、リリクシーラの最大戦力だ。
通常の大蠅の姿では最大火力を有しており、人化状態では俺相手にまともに立ち回れる唯一の速度持ちでもある。
おまけに、神聖スキル〖畜生道〗を保有している。
こいつさえ潰せばリリクシーラをほぼ詰ませることができる。
ここはベルゼバブは退かせるかと思っていたが、序盤から投げて来やがった。
短期決戦は読んでいたが、本当に一瞬で勝敗をつけたいらしい。
いいぜ、すぐに終わらせてやる!
リリクシーラもだらだら戦って消耗させられて勝ちの芽が潰えるのを恐れているのだろうが、俺も戦いが長引いてアロ達に被害が及ぶのはごめんだ。
ベルゼバブの更に後方から、大量の影が現れる。
〖インハーラ〗で霧が薄れていたので目視しやすい。
大量の影は……ドラゴンだった。
聖騎士団の鎧を纏った人間が、全長ニメートル半程度のドラゴンに跨っていた。
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種族:ゼフィール
状態:通常
Lv :50/65
HP :525/525
MP :114/114
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ゼフィールは、澄んだ緑色の鱗を持つ、鋭利な顔つきのドラゴンだった。
ランクはC+だ。
二十体ほど飛び回っている。
人間が、こんな戦力を持っているとは思いもしなかった。
軍団の中に、リリクシーラがいた。
距離があって顔ははっきりとは窺えないが、前と同じ格好に、特徴的な長い白髪なので見間違えようがない。
竜騎兵を左右につけ、自身もゼフィールに跨っている。
「さぁ、あのドラゴンの首を獲り、人の世界に平穏を取り戻しましょう!」
リリクシーラの叫び声が微かに聞こえてきた。
……勝手なことばかり抜かしやがる。
俺は、お前のその軽口に乗せられて命懸けで魔王を倒し、ルインを人里から引き離したのだ。
ドラゴンの首を獲り、というのも俺には、相方を揶揄している様に聞こえた。
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