第371話

 俺はエルディアと睨み合ったまま、動けなかった。

 蛇に睨まれた蛙って例えがあるが、正にその気分だ。

 ステータスと耐性スキルの差が、ここまで出て来るとは思わなかった。


『オイ、イッキニ動ケヨ』


 相方から思念が届く。

 ん? な、何をするつもりだ?


 俺が戸惑っている間に、相方のエルディアを睨む目が、怪しく真紅にギラリと光った。

 特性スキル〖支配者の魔眼〗だ。


 赤の光を受けたエルディアが、不快気に目を細める。

 や、やりやがった!

 一応、〖支配者の魔眼〗は目の合った敵の動きを止められるスキルだ。

 だが、その効果がエルディアにどの程度あるのか、正直わかったものではない。

 しかし、エルディアはまずこれを攻撃と受け取るだろう。次は向こうから動いて来るはずだ。

 この一瞬の間に動くしかない。


「グゥォオオッ!」


 俺は後ろ足で大樹の枝を蹴り飛ばし、エルディアへと前足を振り下ろす。

 エルディアの目は、しっかりと俺の前足の動きを捉えていた。

 そして、エルディアが前足を上げる。


『それが貴様の答えでよいのだな!』


 駄目だ、反撃される!

 エルディア相手に、魔眼は大した効果はなかったか!

 エルディアには〖王の魔眼〗という特性スキルがあった。

 あれが他の魔眼への耐性になってるのかもしれねぇ。


 エルディアが反撃に出るかと思ったが、予想に反し、前足を浮かせたまま後方に飛んで別の枝へと乗った。

 疑問に感じた瞬間、エルディアのいた位置へと、光の槍が三本突き刺さり、枝を削り取り、綺麗に円柱状の穴を開けて貫通した。

 光の槍が飛んできた方向には、リリクシーラが立っている。


『ちまちまと小賢しい!』


 彼女のスキル〖ホーリースピア〗か。

 かなりの威力だ。アレなら、エルディアに当たっても、まともにダメージが通るだろう。


「〖ハイクイック〗! 〖ハイパワー〗!」


 続けて、リリクシーラが俺へと杖を向ける。

 二種の光が、順繰りに俺を包んで明滅する。


 ステータス補正スキルだ。

 これだったら、エルディアに並べるか?


「申し訳ない話ですが、前衛はお任せします! とにかく、相手の動きを阻害することに徹してください!」


 高レベルの後衛がいるのは心強い。

 ウロボロスに進化してから、横に並んで戦えるステータスの持ち主はほとんどいなかった。

 アロはかなり強くなったが、それでもやはり、まだAランク同士の戦いに首を突っ込めるほどじゃあない。


 俺の視界の端で、聖竜セラピムが首を上げて吠えるのが見えた。


「クゥオオオオッ!」


 セラピムはエルディアの一撃を受けて沈んでいたが、〖ハイレスト〗持ちである。

 回復は速い。

 ただ、真っ白な腹部に、大きな傷跡が残っている。エルディアの爪で抉られたところだ。

 セラピム……決してただの雑魚じゃあねぇはずだが、壊れた部位ごときっちり元に戻る〖自己再生〗を持っていねぇのは、ちっと痛いな。


 その点、エルディアは恐ろしいことに〖自己再生〗持ちである。

 仮に翼を壊すことに成功しても、MPを掛ければ悠々と生やすことができる。

 俺の経験則から言って、壊れた部位の再生は消耗は大きいはずだが、エルディアはMPもかなり高い。


『あまり見縊ってくれるなよ、邪竜。私とて、聖国の守り神だ』


 俺の視線を受けたセラピムから、そう思念が送られてきた。

 エルディアを睨みながらも、フスーッと鼻息を漏らしている。


 こ、こいつも〖念話〗持ちだった。

 どうやら聖竜さん、かなり自尊心が高いようだ。

 下手な思考は読まれるんだから、考え方には注意しないと。


 セラピムが首を下げ、後ろ脚に力を入れる。


『咄嗟だった先程とは違い、私も聖女の支援魔法を受けている。次はあの様な無様な真似は晒さぬ』


 言うなりセラピムが、枝を蹴って翼を広げ、エルディアへと飛んだ。


 せ、盛大なフラグに聞こえるんだが、大丈夫なんだろうな……?

 俺は押さえきれない疑問を感じつつも、その後を追って飛んだ。

 エルディアが、セラピムへと前脚を振るう。

 セラピムは向かって来る前脚に噛みつき、両足で素早く押さえ込んだ。


 エルディアは前脚を勢いよく足場の枝へと叩きつける。

 セラピムの身体が大きくへし曲がる。

 あ、あれ、絶対無事じゃ済まねぇだろ!?

 セラピムは意地でも放さないつもりらしく、血走った目でエルディアを睨み続けている。


 俺は斜め上から飛び込みつつ、〖鎌鼬〗をエルディアへと牽制程度に放つ。

 エルディアは前足を大きく上げて、セラピムの背でガードしやがった。

 セラピムの背に、風の刃が刻まれる。


「クゥォオッ!?」


 セラピムが悲鳴を上げて、エルディアに喰らい付いている口を開き、力なく下へと落ちていく。


『馬鹿め、考えなしに撃つからだ。未熟者……』


 エルディアの〖念話〗が、途中で止まる。


 俺だって、考えなしに動いてるわけじゃねぇ。

 戦いの経験ならそれなりにあるつもりだ。


 あんな絶好のタイミングで撃たれれば、咄嗟に敵の背でガードしたくなるだろう。

 だから俺は、その隙に大柄のセラピムを乗せた前脚を掲げたせいで見えなくなる死角へと滑り込むように、一気に距離を詰めた。

 セラピムには悪いが、敢えてエルディアの盾にされてもらった。

 一応、威力は押さえた。エルディアに疑われない程度を狙う必要があったため、そこまで大幅に下げることはできなかったが。


 ただ、一瞬見えなくなった程度では、直線的に動けばエルディアに容易に動きを読まれる。

 だから俺は〖転がる〗を使っていた。


「グゥオオオオッ!」


『なァッ!?』


 俺は〖転がる〗でエルディアの頭上から落下する。

 飛行の勢いに、重力加速度、遠心力、そして俺の全体重の乗った重い一撃をエルディアの背にお見舞いし、そのまま押しつぶす様に落下する。

 俺の巨体は、足場の枝をそのまま叩き折った。大樹が大きく揺れる。


 〖ハイパワー〗で強化された俺の〖転がる〗を頭から受けたのだから、さすがにダメージが通ったはずだが、エルディアは落下しながら翼を動かして体勢を取り直していた。

 俺は空中で〖転がる〗を解除し、宙を飛んで俺から逃れようとするエルディアの翼へと喰らいかかる。


 俺の顎が、空振った。


『虚空でも喰らっておれ!』


 次の瞬間、強力なアッパーが俺の顎を打ち抜いた。

 強制的に閉じられた俺の上下の牙が衝突。その衝撃は、脳にまで響いた。

 お、重っ……これが、攻撃力1500アッパー。


 はっきりと思い知らされた。

 こんな易々と近づいていい相手じゃなかった。

 俺はHPはずば抜けて高いのでどうにか堪えられるが、何度も受けるわけには絶対に行かねぇ。

 一度、距離を置いて回復がしてぇ。

 俺でこうなんだから、セラピムは運が悪かったらもう二度は死んでいたはずだ。


 思考が、麻痺する。

 頭が上手く働かねぇ。なんだかぼんやりする。


 もう一撃、エルディアが前脚を振るうのが見える。

 よ、避けろ、避けろ、俺!

 だが、思うように動かない。


 ギラリ、横から相方の目が赤く光る。

 次の瞬間、俺の身体が自動で動き、エルディアの爪を回避した。

 相方が〖支配者の魔眼〗で俺の身体を操ったようだ。


 すぐに身体の制御権が戻ってくる。

 さ、サンキュー相方、死を覚悟した。


 相方が、エルディアの翼へと喰らい付いた。

 エルディアが相方を引き離そうともがくが、そのせいで飛行を維持できず、俺とエルディアはもみくちゃになりながら、不格好に落下する。


 お、おい相方、このままだとまずい!

 起き上がり様に先に攻撃されたら死ぬぞ!

 とっとと放して回避しろ!


『噛ミ千切レネェシ、牙ガ抜ケネェ……』


 マ、マジか。

 どんなにこいつの身体、かてぇんだよ。


 俺とエルディアは絡み合ったまま、大樹の枝へと身体を打ち付ける。

 その反動でお互い別々に跳び、距離を取る。


 俺は上で、〖自己再生〗でエルディアのアッパーを受けて折れた牙と、砕けた骨を修復する。

 仕上げに相方が〖ハイレスト〗を掛けてくれた。

 エルディアの方も、この隙に〖自己再生〗で受けたダメージを修復してるようだ。


『思ったよりは、やるではないか……。迂闊であった。魔力をケチって、〖フィジカルバリア〗を後回しにしていたのがこうも響くとはな』


 血走った目でエルディアが俺を睨みつける。

 エルディアの身体を、魔力の光が纏う。

 口にした通り、〖フィジカルバリア〗を行使することにしたようだ。

 こいつ……まだ、堅くなるのかよ。


 エルディアが足に力を入れたとき……エルディアの周囲に、薄い黒色の光の、立方体が展開された。

 エルディアがすっぽりと入るほど大きい。


『……む?』


 何かしらのエルディアのスキルかと思ったが、該当しそうなものはない。

 俺が手を出しかねていると、黒い光が濃くなると同時に、立方体の大きさが、圧縮される様に小さくなる。


「グァァァァァァアッッ!」


 エルディアの悲鳴が響く。

 黒い光の奥に見える、エルディアや、立方体内にあった木枝が、どんどんと圧縮されていく。

 エルディアは翼を身体に貼り付かせて身を縮込めている。


 こ、これは……?


「重力系魔法の最上位、〖グラビリオン〗です……。この大きさのものを扱うのは、少々骨ですが……」


 リリクシーラが、上の枝で膝を突きながら、苦し気に喘ぎながら言った。

 その肩を、付き人のアルヒスが支えている。


 〖グラビリオン〗……か。

 〖グラビティ〗も〖グラビドン〗も結構とんでもスキルだったが、これはその二つよりも数段凶悪だった。

 領域内の、超重力による空間圧縮。

 動きを止めろと言うのは、隙を見てこれを使うつもりだったからのようだ。

 あの耐性ガチガチ、ステータスガチガチのエルディアが、元の四分の三程度の大きさまで潰されている。

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