第197話

 案内役の赤蟻二体をステータスを確認しながら、ギリギリのラインを狙って弱らせていく。

 〖毒牙〗で状態異常を付加し、最後に壁に延々とクレイガンを撃たせてMPを浪費させる。


 ……よし、こんなもんかな。

 これなら〖鎌鼬〗一撃で倒せるし、状態異常で弱っているから回避も十分にできないだろう。


「グァァ……」


 相方が、横から俺の表情を窺ってくる。

 ……そんな顔するなよ。俺だって、やりたくてやってるわけじゃねぇんだよ。


「……クチャッ」

「……クチャッ」


 赤蟻達が鳴き、俺達を先導して歩く。

 ついて来いと言うことだろう。これくらい、翻訳を通さなくたってわかる。


 〖気配感知〗で警戒をしながら、赤蟻の巣穴の中を進む。

 しばらく歩いたところで、〖気配感知〗が急に活発に反応しだした。


 一体や二体じゃねぇ、数十体単位でこの先にいるな。

 集られたらちと厄介か。

 俺は足を止め、「グォッ」と鳴いた。


「クチャッ?」


 赤蟻達も足を止め、こちらを振り返る。

 玉兎、ちょっとこいつらに伝言がある。

 女王を、俺の前に突き出すように言ってくれ。

 お供抜きでな。


『……女王、連レテコイ。単体デ』


「クチャ……」


 こちらの要求を聞き、赤蟻が困ったように鳴く。

 向こうとしても厳しい条件なのだろう。

 だが、これは通さないといけねぇ。

 こっちから大群の元へと飛び込んでいったらもみくちゃにされるのは目に見えている。


『自分ジャ、決メラレナイ。女王様ニ、聞イテクルッテ』


「グォッ」


 俺は肯定を示すため、軽く鳴く。

 二体共向かおうとしたので、一体は呼び止めた。

 ここで相手のボスがこっちの要求を呑まなければ、そのまま赤蟻の大群が押し寄せてくることも考えられる。

 その場合、戦闘前の貴重な経験値になる。

 逃がすわけにはいかねぇ。


 一体の赤蟻が、通路の奥へと向かっていく。

 五分ほど待ったのち、通路の奥から通常よりも二回り近くは大きな赤蟻が現れた。

 特に腹部が膨れ上がっていて、引き摺るようにして歩いていた。

 動きは遅い。元々、機動力が重要ではない地位だからなのだろうが。


 お供はいない。要求通り、単体で来たらしい。


「グヂャ……」


 大きな赤蟻は、低い声で鳴いた。


 とりあえず、〖ステータス閲覧〗から入らせてもらいますか。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:クイン・レッドオーガアント

状態:普通

Lv :31/70

HP :421/421

MP :9/128

攻撃力:198

防御力:276

魔法力:179

素早さ:97

ランク:B-


特性スキル:

〖土属性:Lv--〗〖社会性:Lv--〗〖フェロモン:Lv--〗

〖赤砂:Lv--〗〖HP自動回復:Lv5〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖念話:Lv6〗〖噛みつく:Lv4〗〖クレイ:Lv5〗

〖クレイガン:Lv5〗〖自己再生:Lv6〗〖サンドブレス:Lv4〗

〖産卵:Lv8〗〖ワイドレスト:Lv4〗〖転がる:Lv3〗


称号スキル:

〖最終進化者:Lv--〗〖女王蟻:Lv--〗

〖巣の主:Lv--〗〖子だくさん:LvMAX〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……なるほど、女王で間違いないな。

 このステータスなら俺と戦った方が生存できる確率が高かったのではないかと思うが、MPが空なのか。

 腹痛に倒れる兵隊蟻の回復で手いっぱいだったのだろう。


 しかし、高レベルの〖念話〗があるのは便利でいいな。

 そうでもないと、交渉なんて切り出してこないか。


 俺の間合い手前で、女王蟻が止まる。

 女王蟻の後ろ、曲り角の辺りから、ちらちらとこちらを窺っている赤蟻が数体ほど見える。

 いざというときは、出て来る手はずになっているのだろうか。


 女王蟻が振り返り、後ろでちょろちょろしている赤蟻を睨む。

 赤蟻はさっと身を引いてどこかへ走って行った。

 女王が心配で、無許可で様子を見に来ていたのかもしれない。


「クチャ……」


 俺の捕虜になっている赤蟻が、小さく鳴いた。

 自分の不甲斐なさを責めているような、そんな声だった。


『交渉ニ応ジテクレタコト、マズハ感謝スル。互イニ恨ミ言ハアルダロウガ、コノ場デハ控エヨウ。……サテ、前置キハ、ソレデイイカ』


 女王蟻からの〖念話〗が飛んでくる。


 ……こっちは別に、そっちに恨みはないんだがな。

 当てつけなら、素直に受け止めさせてもらう以外にないが。


 確かに、立ち話をしにきたわけじゃあねぇ。時間だってない。

 とっとと本題に入ってもらおう。


『竜ヨ、何ガ望ミダ。食糧ナラ、巣ニアルモノヲ、全テクレテヤル。ソレデ見逃シテハモラエヌカ』


 ……こんな状況じゃなきゃ乗ってみても良かったんだが、飯には困ってねぇな。


『……フム、ナラバ、以前追イ出シタトキノ報復カ? 我ニ出セル他ノモノハ、コノ巣カ……後ハ、赤蟻ノ幼体ヲクレテヤルクライナラバデキルガ……』


 巣か、赤蟻の幼体か……。

 ちょっと俺にはいらねぇな。


 まぁ、そんなもんだよな。

 できることなら乗ってやりたかったが、赤蟻がそうそう簡単にこっちの望むものを提示できるはずがない。


 俺が欲しいのは、レベルアップのための経験値だ。

 期限は、今日中だ。

 用意できねぇのなら、悪いがお前と手下の身で払ってもらうしかねぇ。


『……ホウ、経験値。ソレハ、何ノタメニ?』


 経験値、で伝わんのか……。

 まぁ、外敵と戦って暮らしている身じゃ、認識してなきゃ生きていけねぇか。

 アドフも知ってたのには驚きだったけど、蟻でも知ってたとはな。


『今日中、ト言ッタナ。明日ニ何カト戦ウトイウノナラ、戦力ニナッテモイイ』


 ……なるほど、そういう方向からのアプローチで来るのか。

 勇者討伐に、赤蟻の手か……。


 どうだろうか。

 赤蟻の大群がハレナエに入り込めば、大パニックになるだろう。

 その隙にニーナとアドフの親族を助けだすのは、可能かもしれない。


 ただその場合、あの勇者が追ってくることが懸念される。

 一度顔を合わせただけの仲だが、アイツならそれくらいはやってくるだろうという確信が持てる。


 赤蟻はさして速くない。

 赤蟻と共に逃げていれば、必ず追いつかれるだろう。

 かといって赤蟻と別々に逃げれば、追いつかれたとき確実にあの勇者に殺される。


 そして赤蟻と今の俺でまともに勇者とぶつかったとして、それでも勝てるかどうかは怪しい。


 まず、勇者は大ムカデのようなサイズがない。

 サイズがない癖に、馬鹿みたいに高いステータスを持っている。


 同時に掛かれるのは三体が限界だろう。

 そして赤蟻が同時に三体くらいなら、アイツなら余裕で対処できそうだ。

 体格の割に、攻撃範囲が馬鹿みたいに広かったはずだ。


 あの勇者と戦うなら、同格のステータスでぶつかるしかない。

 数で掛かっても得策だとは思えない。

 素直に俺が赤蟻を倒してレベルを上げてから挑んだ方が、まだ勝ちが見込める。


『……ダメカ。ナラバ、部下ヲ十体渡ソウ。殺シテ、レベルヲ上ゲルガイイ。一体ズツ、オ前ガ好キナタイミングデ掛カラセヨウ』


 現実的な案が出てきた。

 こうしてボスから言われると、なかなか重いものがある。


 ……巣には、何体残っている。


『……時期ガ悪イ。コチラニモ、余裕ガナイ。スデニ大分減ラサレテイルカラナ。コレハ、最大限譲歩シタ数ダ』


 数は意地でも増やさないつもりか。

 確か、三十体以上はいるはずだが……それでも人材不足なのか。


 ……下手に絞ったら、俺が暴れるかもしれねぇってわかった上で言ってるんだよな、コイツ。

 そうなったら全滅だぞ。


 交渉の場に出た時点で、甘い奴だと足許を見られたのかもしれねぇ。

 それに読み取られているのは言葉ではなく、思考そのものだ。

 こっちの思惑の節々、赤蟻殲滅に躊躇っていたこと、それ自体に勘付かれている可能性もある。


『要求ヲ聞キ出シタノハ、ソチラの要求ヲ通スタメダケデハナイ』


 え……?


『コチラカラノ条件ヲ呑マナカッタトキ、ソチラノ目的ヲ果タセナクスルコトモ、コチラハデキルノダ。ソノコトヲ、忘レナイヨウ』


 ど、どういう……まさか!?

 コイツ、痛み分けにすると脅しを掛け、自分の傷が少ない条件を通すつもりか。


『コノ条件デ駄目ナラバ、我ハ、自害スル。部下モ動ケルモノハ散ラシ、ソウデナイモノハ、仲間割レデ全滅サセル。ドノ道、ソレ以上取ラレテハ、コチラハ滅ブシカナイノデナ』


 ……やっぱし、足許見られたか。

 いや、格下であることを認めた上で成立する駆け引きだ。

 足許を見られたでは語弊がある。見上げられた、とでもいうべきか。

 腹いせで全滅に追い込んでくるような真似はしないだろうと、女王蟻は俺をそう判断したらしい。


 ここで俺が怒って条件を突っぱねたところで、俺が得られる経験値はほとんどないだろう。

 玉兎の育成やムカデ団子作戦でわかったが、その戦闘に戦闘内でどれだけ貢献したかというのが、恐らく入手経験値に関わってくるはずだ。

 戦闘の経験値なのだから、それも当然のことだが。

 端から逃げる意志も戦う意思もない敵を蹂躙しても、大した経験値にはならないはずだ。


 ギリギリの賭けに出てきやがった。

 俺が理性的であると踏んだ上の、ゲーム理論的な交渉術だ。

 部下から賢いと評されていただけのことはある。


 赤蟻十体分か……。

 安全に得られれば、美味しい経験値ではあるはずだ。

 だが、それで足りるのだろうか。

 ランク差が開いた分、取得経験値も減っているはずだ。


 赤蟻の女王は、俺が悩んでいるところをじぃっと観察している。

 ……こっちの反応を見た上で、まだ交渉方法を変えてくるつもりか?


 だとしたら、下手に悩んでいる様子を見せるのも不利になるか。

 とはいえ、どうしても顔に出ちまう。クソ、考えてるだけで付け込まれそうだな。

 横でぼ~っと欠伸してる相方が羨ましい。


 ……観察して来るってことは、観察してから得た情報を活かす余地があるということだ。

 つまりそれは、まだ手段を持ってるんじゃねぇのか?

 出し惜しみしているのか?


 相手さんにも巣の頭領として、譲れない部分はあるんだろう。

 だが、こっちだって少しでも多くの経験値が必要だ。


 ひょっとしたら交渉に乗ったのは失敗だったか。

 意思の通じる相手であることを逆手に取られ、目的を引き出してカウンターに用い、痛み分けの脅しを掛けられるとは思っていなかった。


 交渉なしなら、女王には味方を自殺させるという選択肢はなかった。

 俺が相手に釣られて目的を吐き出したせいで、俺の得られる経験値の上限がかなり制限されちまった。

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