第196話

 真っ赤な通路の中を進む。

 ここの異様な雰囲気に気圧されてか、相方も案外大人しい。


「ガァ……」


 ……大人しいのはいいんだけど、もうちょっと頭の位置を俺に気遣ってくれねぇかな。

 狭いからあんまし頭寄せられると、こっちが壁に頭を擦るんだけど。

 角がガンガンいってんだけど、これ折れないよな?


 相方は、時折ちらっちらっと俺の頭の上を見ている。

 どうやら玉兎の灯火のスキルが気になるらしい。


 お前、さっき玉兎に振られてたからな。

 諦めて赤蟻を警戒してくれ。


 進めど進めど、さっきから一向に赤蟻の姿が見えない。

 前回のときにかなり数を減らしたせいだろうか


 毒で壊滅した……線はないと思うんだけどな。

 あれくらいなら時間が経てば自然治癒できるだろうし、赤蟻には回復スキルもある。


 また俺が突入して来るのを見越し、一か所に固まって迎え討とうとしているのだろうか。

 それでも見張りくらいは……とは思うのだが、俺の油断を誘うために敢えて引いている線もあるか。

 俺対策に巣の奥の形を調整している可能性もある。


 思えば、ここに入るのももう三度目になるのか。

 大ムカデから逃げるために入ってフルボッコにされたのが随分と昔のことだったような気がする。


「ガァ?」


 相方が声を上げ、首をかしげる。

 何が起こったのかと〖気配感知〗を使ってみると、道の先から薄っすらと魔物の気配がする。


 ……コイツに気付く速度で負けたのか。

 な、なんか納得いかねぇ。

 もうちょっと気を張ってねぇとな。


 ここにいる魔物ならば間違いなく赤蟻のはずだが、それにしては妙に気配が弱い。

 だからこそ俺も気付くのに遅れたのだ。

 移動速度も遅く、敵意もあまり感じない。

 だいぶ弱っているのか?

 いや、そうともまた違うような……。


 やがて通路の先の暗闇から、赤蟻が二体現れる。

 赤蟻達は俺と目が合うと足を止め、赤蟻同士で顏を見合わせて頷く。


「……クチャ」

「クチャ」


 そう鳴いてくるりと方向転換し、二体揃ってこちらへ尻を向ける。

 逃げるわけでもなく固まったままだ。


 な、なんだ?

 まさかとは思うが、求愛行動じゃねぇだろうな。

 赤蟻にモテても嬉しくねぇぞ。


「ぺふっ」

『降伏スルッテ……』


 え?

 そ、それちょっと困るんだけど……。

 赤蟻レベリングができないと、勇者のステに追いつけないんだけど。

 ど、どうする、これ?


 まったく戦意のない赤蟻を蹂躙するのか?

 狩りのときにはラクダ相手にいつもやっていることだし今更なのかもしれないが……しかし……これを好機だと嬉々として受け止め、赤蟻の背に爪を突き立ててやれるほど、俺は割り切れていない。


 ええい、覚悟を決めろ、俺。

 ここまで来て赤蟻を殺せずレベルアップできませんでしたなんて、命を張って助けてくれたアドフにも申し訳がつかない。

 ニーナの命もかかっているんだ。


「グォ……」


 俺は唸りながら、前足を持ち上げる。


 今回の赤蟻狩りは序盤が勝負だ。

 レベルが上がれば上がるほどどんどん楽になっていくはずだ。


 ここで戦意のない赤蟻を二体狩れたのはラッキーだった。

 それでいいはずだ。迷うな。

 後ろから首をぶっ叩いて、確実に致命傷を与える。


 一体を行動不能に追い込めば、もう一体は楽に倒せる。

 無理して一気に二体共倒そうとせず、確実に片割れを仕留める。


 俺は前足を構え、赤蟻の無防備なうなじへと狙いをつける。

 後ろ足に力を入れた、まさにそのときだった。


「グァッ! グァァォ!」


 急に相方が暴れ始めた。

 声を荒げながら、左右へとぶんぶん首を振るう。


 俺は体勢を崩し、相方を押さえつけようと手を伸ばす。

 相方は俺の手を上手くすり抜け、頭のツノを首元へと突き立ててくる。


 ちょっ、おい、マジでやめろ。


「グォォォッ!」

「ガァァァッ!」


 互いに噛み付き合う。

 手でしばきながら噛みつくフェイントを掛けて空振りさせ、無防備な鼻っ面に牙を突き立ててやった。


 そのまま鼻と顎を牙で押さえつけ、口が開かないように固定する。

 勝敗は決した。

 腕の差はデカイ。


「ガァァ……」


 相方が、口の隙間から悔し気に唸る。

 マジでお前、いい加減してくれよ。


 こちらが一人二役で騒いでいる音を聞き、赤蟻二体が振り返る。


「クチャ……」


『女王サマ、賢イ。見逃シテクレレバ、キット対価、用意デキル。交渉ノ場、ホシイッテ。ドウスルノ?』


 安定の玉兎翻訳。

 どうやら、本気で赤蟻達は降伏するつもりらしい。


 ……しかし、やっぱし頭は女王蟻か。

 いや、蟻とは断言していない。

 スライムがマハーウルフを率いていた例だって俺は見たことがある。

 他種族が乗っ取っている可能性もゼロではない。


 にしても降伏するといわれったって、俺の狙いは食糧でも水でも金貨でもない。

 経験値だ。それを向こうのボスがぽんと用意できるとは思えない。

 こっちは今日中にほしいのだ。


 それに女王の間なんて、絶対他の赤蟻もいっぱいいるはずだ。

 交渉が決裂すれば、その場で戦いになる。

 広い場所で大量の赤蟻とボスと戦うことになったら、まず間違いなく集り殺される。

 兵隊赤蟻の大群でもすでにこっちは手いっぱいだ。

 ボスと会うなら、こっちがレベルを上げ、向こうの戦力を削いでからが好ましい。


 やっぱり、この二体は今すぐ仕留めておいた方がいいか?

 いや、でも、ここまで一体も赤蟻がいなかった。

 すでに赤蟻は一か所に固まっていると考えた方が良さそうだ。

 巣の道中で赤蟻を倒しながらボスのところへ……は、期待できそうにない。


 本気で向こうが交渉する気があるのならば、一応はそれに乗っかった方がいいのではなかろうか。

 玉兎の〖念話〗に嘘は通じない。

 騙し討ちの線は低い。

 むしろこちらが交渉に乗る振りをして、安全に敵の配置を確認するというのもありだ。

 少々卑怯だが、相手の隙を突けるかもしれない。


 当然こちらとしても万が一を考え警戒しながら動くことになる。

 〖念話〗を欺く方法だって何かあるかもしれない。

 俺達を罠のある位置へ誘導しようとしている、という可能性もあり得る。


 とりあえずは、乗っかってみるか。

 どう転んでもいいように考えて動きながらこちらの要求を通し、不審なところがあったらすぐに大暴れしてやればいい。


 俺は相方から口を放し、赤蟻へと顔を向ける。


「ガァッ」


「ぺふっ」

『案内シロ、交渉ヲ受ケルかドウカ、話シテカラ決メル。タダシ条件トシテ、オ前達ガ裏切ッタトキスグ殺セルヨウ、一度噛マサセテモラウッテ』


 案内役の二体には、毒牙で状態異常とダメージを与えさせてもらう。

 これは大事なことだ。

 今は低Lvなので、あの二体でも十分Lvが上がる。

 急な混戦になったとき、あの二体をさっと仕留めて経験値に変えることができれば、それだけでかなり楽になる。

 これを受けるかどうかで、相手の真偽も判断できる。


「……クチャ」「……クチャ」


 赤蟻はまた顔を見合わせた後、『仕方がないか』といったふうにとぼとぼとこちらへ向かって来た。


「ぺふっ」

『一体ヅツ、来テ』


 それも大事だな。

 二体を近くに寄せた後、さぁ噛もうとしたところで攻撃に転じられるとちょっと危ない。

 一体なら制圧できる。


 とりあえずこれが終わった後、壁に〖クレイガン〗を無駄撃ちさせてMPも奪うか。

 女王様のところへ案内してもらうのは、それからだ。

 怪しい気配があれば、〖鎌鼬〗ですぐに経験値へ換えられるようにしておきたい。

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