第195話

 強い光を感じ、薄くなっていた意識が完全に覚醒する。

 首を持ち上げる。砂漠の果てから、朝日が昇ってくるのが視界に入った。


 ついに、ニーナの処刑予定日が明日になった。

 今日中に低Lv帯を抜け出し、あの勇者を倒せるようにならなければならない。


 そのためには、赤蟻の巣を襲うしかない。

 Cランクモンスターの巣窟を、完全に滅ぼす。


 赤蟻達には悪いとは思う。

 だが、俺だって簡単に殺されるわけにはいかない。

 ニーナを見捨てるという選択肢もあり得ない。


「……起きたのか」


 アドフは素振りをしてる手を止め、こちらを振り返る。

 ずっと起きてはいたんだけどな。

 いつモンスターに襲われるかわかったもんじゃないし、赤蟻が寝ている間に復讐に来ることも考えられる。


 それに完全に眠らなくても、じっとしているだけで疲労が取れる。

 厄病竜時分からこの傾向はあったが。


 にしても、まだ大剣を振っていたのか。

 ……やっぱり、未練はあるんだろうな。


 俺の〖ハイレスト〗では、アドフの腕を治すことはできない。

 自分のスキルだから、なんとなく本能的にわかる。

 〖レスト〗系統は恐らく、生命力を強化したり治癒力を促進させるだけなのだ。


 〖自己再生〗ならば欠損部位の回復もできそうな気がするのだが……こちらは、自分しか回復することができない。

 これからLvを上げていけば、アドフの腕を治せるスキルも習得することができるのだろうか。


 アドフは苦笑し、大剣を鞘に戻した。

 ……気まずさが表情に出ちまったかな。余計な気遣わせちまったな。


「グォォォオオオオ……」


 気まずさの中、俺のお隣さんが欠伸を鳴らした。

 コ、コイツはまた、妙なタイミングで……!


 俺は軽く相方へと頭突きをくらわせる。


「グァッ?」


 相方は目を覚まし、軽く頭を振るってから「グァァッ!」と吠える。

 頭部がパァッと光を帯びる。

 〖ハイレスト〗を使ったらしい。


 また無駄遣いを……まぁ、いいか。次に必要になるまでには回復しきっているだろう。


 コイツのせいで、昨晩は何も喰えなかったんだ。

 横からひょいひょい首を出して全部持っていきやがって……。

 まぁ結局同じ腹に入ってるんだから問題ないとは思うんだけどな。

 ちょっと口寂しいが、それで機嫌が取れてるのならプラスだ。

 せいぜい俺のために働いてくれ。飯なら全部やる。


 サポートは任せるからな。

 頼むぞ。本当に頼むぞ。

 昨日は毒団子の効果があっても本当にギリギリだった。

 今回はアドフもいない。

 その代わり全体の数が大幅に減っているはずではあるが、双頭がマイナスに働いたら、あっさりと集り殺されると言うことは充分考えられる。


 タイムリミットは近い。

 レベリング開始は少しでも早い方がいいな。

 玉兎のMPも、もう回復しているはずだ。

 アイツが出てきたら、とっとと赤蟻の巣へと向かうことにしよう。


「ガァッ、ガァァァツ!」


 相方が鼻面を地面につけ、掘っている。

 なんか前世でも犬が似たようなことやってるの見たことあるな……。


 餌でも埋めるつもりかと思っていると、相方が顔を上げる。

 歯に玉兎の耳を引っ掻けていた。

 持ち上げられた玉兎が左右にぶらんぶらんと揺れる。

 その目は、不機嫌そうに俺を睨んでいた。


「ぺふぅ……」


 ち、違うから!

 俺は玉兎が起きるまでは待つつもりだったんだぞ!

 そいつが勝手に〖気配感知〗使って掘り起こしただけだから!


 とりあえず玉兎のステータスを見て、回復しきっていることを確かめる。

 うし、大丈夫だな。

 もう起きちまったもんは仕方ない。

 玉兎だって起こされ方が雑だったから不機嫌なだけであって、二度寝をするつもりはないだろう。


 アドフには、赤蟻の巣の近くで待っておいてもらうことにした。

 本人も自分は足手まといになると、そう考えている。

 無理に連れて行く必要はない。

 アドフには生きていてほしい。

 勇者の後ろ盾を崩すのに役に立つかもしれないというのもあるが、アドフとは数日ほど生活を共にした仲だ。

 命の恩人でもある。

 この騒動が無事に終わったら、どこかで幸せに暮らしてほしいものだ。


 赤蟻の巣が見えてきた。

 この辺りでアドフとはまた別れるか。


「グゥォ……」


 俺はアドフを振り返って低く鳴く。

 俺の意図が伝わったらしく、アドフは足を止める。


「……では、武運を祈っている。力になれず、申し訳ない」


「グォォ……」


 ありがとうよ。

 戦いは俺に任せてくれ。 


「ぺふっ! ぺふぅっ!」

『降ロシテ! 降ロシテ!』


 また相方が、玉兎の耳を咥えて垂らしていた。

 どうにも相方は玉兎をああやって持ち運ぶのが気に入ったらしい。

 下手に取り返そうとすると俺に牙を向ける始末である。

 あまり邪魔して機嫌を損ねたくなかったので、悪いが玉兎には犠牲になってもらっていた。


 ただ、ここからは戦闘になる。

 もう片方の頭にも戦ってもらわなければ困る。

 口が空いていなければまともに戦えないだろう。

 玉兎を返してもらわねば。


「グォッ!」


「グァッ! グァッ!」


 抵抗しようとしたので、前足でがっつり押さえつけて力技で玉兎を取り返させてもらった。

 俺は頭の上に玉兎を乗せる。

 玉兎は、耳でがっちりと俺の頭にしがみつく。


「ぺふぅっ!」

『イヤ! モウ、アイツ、イヤ!』


 大分お怒りの御様子だった。

 ……次から玉兎で機嫌を取るのはやめるか。

 ここまで嫌がっているとは思わなかった。


 相方が、寂しそうにちらちらと玉兎に目をやる。

 お前は嫌ってるみたいだが、アイツに好かれてるみたいだぞ。


『ヤ! イヤ!』


 玉兎は俺の頭にしがみつきながら、身体を左右に振る。

 ここまで玉兎が怒ってるのも初めてみたかもしれない。

 本当にあの頭、ロクなことしねぇな。


 つっても、あっちも俺の身体の一部だからなぁ……。

 なんというか、身内と知人が不仲みたいな、そいう微妙な気分。

 仲良くしてくれたら嬉しいんだけど……まぁ、その前に俺のいうこと聞くようになってもらうのが先か。

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