第198話
十体で、本当に足りるのか……?
はっきりいって、どの程度上がるのかあんまし予測がつかねぇ。
勇者のステに追い付けるくらいありゃ、引き下がってもいいんだが……。
十体倒したところで勇者に追いつけなかったら、本格的に詰むぞ。
そこから強引に再交渉に持ち込むか? 向こうだって、ただ死になんか避けたいはずだ。
自害は脅しにはなるが、実際そこまで追い込まれれば、本当に実行するのかどうかはただの意地だ。
いや、しかし……。
『……ドウシテモ、コノ条件デハ呑メヌカ』
相手の心理もわかんねぇ。
ブラフがあるのか、本当にギリギリなのか。
まさか赤蟻に交渉で負けるとは思わなかった。
お、おい、玉兎!
〖念話〗で向こうの手の内とか読めないのか?
できれば、自害がどこまで本気かも……。
「ぺふぅ……」
『向コウノ方ガ、慣レテルカモ……。制御シテ、漏ラサナイヨウニシテル』
……〖念話〗のスキルレベル、女王蟻の方が上だったな。
じゃあ一方的にこっちの情報すっぱ抜かれてるかもしれねぇのか。
以前見たときの説明だと、強く念じた意志を拾える程度だったが……ここまでスキルレベルが上がれば、その幅も広がっているだろう。
長引いたら、その分不利なんじゃねぇのか?
どうする?
別の方面から、探りを入れながらアプローチし直してみるか?
でも、コイツ相手にそんなの通用するのか?
小手先の策略は、〖念話〗の読心術で探りを入れられたら潰えるんじゃないのか?
つっても、〖念話〗でどこまでそれができるのか、俺には全然わからないんだが……。
何か、手を……。
『……経験値ガ、欲シイノダッタナ。赤蟻ノ数ヲ、コレ以上譲ルワケニハイカナイガ……他ノ手モ、ナイコトモナイ』
俺が悩んでいるのを見てか、新たな提案を出してきた。
『少シ離レテハイルガ、他ノ赤蟻ノ群レガアル。ソチラノ場所ヲ教エテヤル、トイウノハドウダ』
他所の巣を売るから、ここを見逃せってことか……。
弱っていない万全の赤蟻の巣を今から攻めるのは、ちっとリスクが高過ぎる。
それに法螺の線もある。
信じてのこのこと赤蟻の巣を探しに行っていたら、その間に巣から逃げてとんずらされていてもおかしくない。
玉兎嘘発見器も、スキルレベル的にコイツに通るかは怪しい。
魅力的な提案かもしれないが、リスクが高過ぎる。
『ムゥ……ナラバ、我ノ兵ヲ貸ソウ。ソレナラバ、我ノ護衛五体以外、全テソチラニ付ケテヤッテモイイ』
いいのか?
でもさっきは、十体までだって……。
『……死ヌト、決マッタワケデハナイカラナ。マダ、ソコニ賭ケル余地ガアル。ソノ分、妥協モデキル』
女王蟻は、少し悔し気な様子だった。
これが本当にギリギリの条件なのだろう。
ここまで話し込み、妥協させたところで断るというのも辛いものがある。
それに多分、これ以上の好条件は引き出せない。
長引けば〖念話〗の読心術で探られていく。足許を見られかねない。
ここが落とし所か。
また危ない橋を渡ることにはなるが、赤蟻の助太刀もある。
『時間ガナイノダッタナ。先ニ、ココヲ出テオケ。スグニ地上ヘコチラノ兵ヲ送ル』
……その前に、負傷している赤蟻を俺の前に連れてきてくれ。
巣から出るのも一苦労だろう。
俺が、回復魔法で全員回復させる。
『……ホウ、ワカッタ』
女王蟻は巣の奥に入ってから、死にかけの赤蟻を二十体ほど連れて戻ってきた。
前回、通路の崩壊に巻き込まれた傷が癒えていない分だろう。
怪我をした赤蟻でこれだけいるのならば、全体では四十体以上はいそうだな。
赤蟻達が、恐る恐ると俺の元へ近寄ってくる。
俺は相方の方をちらりと見る。
「ガァッ?」
いや、なんで何か用か、みたいな雰囲気醸し出してるんだよ。
回復魔法お前しか使えないんだぞ。
俺が前を向き直してから、相方はようやく状況を理解したらしかった。
……やっぱりあんまり賢くはねぇな。
誰に似たのか。
お、俺? 違うよな?
「ガァッ! ガァッ!」
相方が、どんどんと〖ハイレスト〗を連発していく。
これだけ使うと自動分で回復しきるかわからんが、こうなった以上、赤蟻は貴重な戦力だ。
万全な状態で連れて行きたい。
「クチャ?」「クチャ、クチャァッ!」
【通常スキル〖ハイレスト〗のLvが3から4へと上がりました。】
連発して回復していくうちに、スキルレベルが上がった。
どれくらい移動することになるのかもわからんし、とっとと向かうことにするか。
……半端に謝るのが一番卑怯な気もするが、悪いな、女王蟻。
『……我ハ、巣ヲ存続スルタメ、最善ヲ尽クスダケダ』
俺は女王蟻に背を向け、歩き出した。
後ろを、ぞろぞろと赤蟻がついてくる。
しかし冷静に俺の立ち場を振り返って考えれば、交渉したが故に脅しを掛けられ、標的を変えて仕切り直す羽目になってしまっただけなんだよな。
ひょっとして俺、いいようにされてないか?
元より、この案を通すために赤蟻の数を十体までだと言い張り、俺を困惑させていたんじゃないのか?
最初に無理を通そうとして、次にそれよりマシな手を見せるのは交渉のセオリーだ。
思えば、次策を出すまでの思い切りが妙に良かった。
出せる赤蟻の数は十体までだと言っていた女王蟻が、簡単に大量の赤蟻を俺につけてくれたことにも違和感がある。
もしかして赤蟻を多く残しておきたかったのは、元々もうひとつの赤蟻の集団と戦うための準備だったんじゃないのか?
だから俺につける赤蟻は、減らす必要がなかった、と。
想像の上の想像だが、そう考えればしっくりくる点も多い。
最後に女王蟻と交わしたやり取りも、その真意次第では意味が変わってくる。
これはちょっと、してやられたか。
とはいえ、巣に残しておきたかった赤蟻が他の赤蟻の巣との戦いのための戦力だったのならば、ここ以外の着地点は破談しかなかったのかもしれないが……。
〖念話〗持ち相手に出し抜こうとはしない方が良さそうだな。
玉兎も、スキルレベルが上がったら気をつけなければ。
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