第199話
赤蟻の巣を出る。
アドフが、巣の入り口を離れたところから見守っていた。
俺を見つけると、走って近くまで寄ってくる。
「もう済んだのか? 早くに終わったのだな」
いや、今来たらヤバいって!
後ろから赤蟻来るから!
俺は慌ててジェスチャーで『こっちに来るな』ということを伝える。
アドフが足を止め、怪訝そうに顔を顰める。
その次の瞬間、俺に続いて赤蟻の大群が出て来る。
アドフは更に表情を歪めた。
「ぺふっ」
『事情、変ワッタ。スグ戻ル……ハズ』
アドフは遠巻きにこちらを眺めながらこくこくと頷き、走って去って行った。
いったいアドフは、今の状況をどう受け止めたのだろうか。
まさか交渉の末に言いくるめられ、赤蟻の小競り合いの兵士にされたとは思うまい。
巣を出てからは並びを入れ替え、俺が赤蟻達に続く。
じゃあ早速、案内してもらうとしようじゃないか。
赤蟻の数はざっと見て三十体といったところか。
敵だとぞっとするが、今回は一応味方なのだと思うと心強い。
村ひとつ滅ぼせるリトルロックドラゴン三十体分の戦力である。
本当に味方でいいんだよな?
これ、罠とかじゃねぇよな?
裏切られて挟み撃ちとかくらったらまず助からねぇぞ。
『……今ノ赤蟻カラ、敵意、感ジナイ』
俺の疑念に対し、玉兎が冷静に返してくれる。
女王からは読めなくとも、配下の思念は読み取れる。
何かあれば玉兎の方から言ってくるだろうしこちらから尋ねる意味はないのだが、それでも先ほどいいようにされてしまったところなので警戒してしまう。
ひょっとしたら念話対策に、部下に嘘を吹き込んでいる可能性も……。
いや、さすがにそれはないか。考えすぎだ。
そこまでして俺を騙しても、そうなれば逆に部下を上手く動かせなくなるだろう。
にしても、赤蟻の群れ同士で対立とは。
やっぱり領土問題なのだろうか。
『おうおう、お宅の坊ちゃんがウチのシマで狩りやっとてなぁ……』みたいな。
ひょっとしたら俺が大ムカデを倒したせいで、砂漠内の力関係に狂いでも生じているのかもしれない。
数時間ほど進んだところで、赤蟻の群れから二体が飛び出し、先へと走っていった。
他の赤蟻はそれを気に留める様子もない。
ひょっとしたら俺も付いて行った方がいいのだろうかと思い足を速めると、列の先頭に立っている隊長格っぽい大きめの赤蟻から「クチャッ! クチャッ!」と吠えられた。
俺はこっちでいいらしい。
赤蟻には赤蟻の動き方があるのだろう。歯向かう理由もないので、素直に従っておくか。
一時間と経たない間に、先ほど向かった二体の赤蟻が帰ってきた。
隊長赤蟻と何やら顔を突き合わせてフンフン言っている。
どうやら偵察だったらしい。
そりゃデカイ俺には向かんよな。
玉兎、あれ何話してるかわかるか?
『ヨクワカラナイ。多分、ドウ攻メルカノ、型トカ』
……俺、全然赤蟻の攻め方とか知らねぇんだけど。
大丈夫なのか?
連携とか全然取れないし、今更だけど敵と味方の区別つかねぇぞ。
全員蟻じゃねぇか。せめて背中になんかマークでも描いてくんねぇかな。
アイツらよく区別つくわ。
フェロモン的なのでわかんのかな。
蟻だと蟻の顔の違いはよくわかるのかもしれんが。
隊長赤蟻が俺の元へと近づいてくる。
何か俺に用があるらしい。
「クチャ、クチャ!」
玉兎先生お願いします。
『ヨク、ワカラナイ……。モットワカリヤスク、頼ンデミル』
ええ……。
玉兎でもわからないときがあるんだな。
よっぽど変なことでもいってんのか?
隊長赤蟻は前足で地面に丸を描き、トントンと足で示す。
まるで『わかるか?』とでも言いたげに。
「グォ……」
すいません、よくわかんないです……。
「クチャ……」
隊長赤蟻は呆れたように鳴いてから、丸から蟻が頭を出している絵を書き加える。
これ、赤蟻の巣か?
「クチャ?」
「グォッ」
了解の意を込め、低く吠える。
隊長赤蟻が更に前足を動かし、周囲に線やらを描き足していく。
すこし離れたところに、丸の群れのドラゴンっぽい何かを描く。
どうやら、どう攻めるかを教えてくれているようだ。
丸の集まりは味方の赤蟻っぽい。
そこから隊長赤蟻はいくつもの矢印を引っ張っていく。
どういう進路で分かれ、攻めるか、ということだろう。
三角の図形が加えられたので首を捻ると、ドラゴンの絵がわかり辛いと思ったのか描き直してくれた。
そこじゃない。
雰囲気でわかったが、三角は敵の赤蟻を表しているようだった。
正面側と反対側からに分かれ、まずは正面側から攻める。この際、正面側の戦力は三つのグループに分かれて動く。
その後、巣から敵蟻が出て来る。
それらの敵蟻を正面組が引きつけて上手く誘導している間に、反対側に回り込んでいた赤蟻が巣に潜入する、といったものだった。
そこから先の指示は特になかった。
何体か巣に送り込んだらそれでいいと思っているのか、そこから先は動きがどうなるか予想し辛いから各自の判断で動けということか。
或いは、俺をどう使うのか持て余しているのかもしれなかった。
まぁ、だったらこっちの判断で動かせてもらうが。
間違えて仲間潰しそうなのが怖いが、〖念話〗で区別がつく……と、いいんだけどな。
俺は、正面側の真ん中部隊だった。
反対側には五体赤蟻を回すだけでいいらしい。
五体の赤蟻でどうなるのだとは思うが、赤蟻には赤蟻の戦い方があるのだろう。
しかし鳴き声でこれだけの情報量を伝えていたのなら、玉兎が翻訳できなかったのも仕方のないことだろう。
ひょっとしたら作戦名的なものを伝えていただけだったのかもしれない。
そこからまた少し前進した後、立ち止まった。
敵蟻の巣は既に近いらしい。
五体の赤蟻が、そそくさとどこかへ走って行った。
恐らく反対側部隊の赤蟻で、回り込みにいっているのだろう。
「クチャッ!」
十分ほど待った後、隊長赤蟻が鳴いた。
その鳴き声を聞き、他の赤蟻が皆興奮を露にする。
「クチャッ!」「クチャッ!」
「クチャッ!」
そのまま赤蟻達は、さっきまでとは比べ物にならない速さで前進していく。
一瞬置いて行かれた俺は、慌てて赤蟻達を追いかける。
少し前に進むと、地面にぽっかりと赤い穴が空いているのが見えてきた。
間違いない、他の赤蟻の巣だ。
こちらが近づくと、巣穴から敵の赤蟻が湧き出してくる。
一体、三体、四体……と出てきて、報告のためか一体の赤蟻が巣の奥へと戻っていった。
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