第727話 side:トレント

 リトヴェアル族の一行と別れた後、私とアロ殿は彼らの集落からやや離れたところで四つ目の獣狩りを行うことにした。

 幸い、奴ら四つ目獣には仲間を誘き寄せるスキルがある。

 この辺りで私達が敵を引きつければ、集落近辺に寄っていた四つ目獣もこちらへ連れて来られるはずである。


「アアアアッ! アアアアアア!」


 私が〖クレイ〗の土塊で拘束した四つ目の熊が、大きな声で鳴き叫ぶ。


『こ、これで上手くいくですかな、アロ殿?』


 この魔物は既に弱らせている。

 恐らく今の甲高い叫び声が、追い詰められて仲間を呼んでいるところでははずなのだが……。


 すぐに周囲から大きな音が響いてくる。

 四方八方から、四つ目の熊の群れが姿を現した。


「アアアアアッ!」

「アアアッ!」


 ずらりと並ぶ、熊の群れ。

 見えているだけでも六体はいる。

 まだ遠くからこちらへ向かってきているようにも思う。


『思っていたより、数が多いですぞ……!』


「多いのは好都合」


 アロ殿の輪郭が曖昧になったかと思えば、その姿が二つになった。

 〖暗闇万華鏡〗による分身である。


『そのスキルは消耗が激しいのでは?』


「大丈夫、私には〖マナドレイン〗があるから。それに、こんな奴らに時間を掛けてはいられない」


 そう言ってアロ殿は、四つ目の熊へと手を伸ばす。



 戦い開始から半刻ほどが経ち、周囲は四つ目の熊、そして途中で紛れ込んできた四つ目の狼の遺骸だらけになっていた。

 全部合わせて、何十体になることやら……。


 アロ殿は生け捕りにしていた四つ目の狼の首を掴んで持ち上げ、〖マナドレイン〗で魔力を吸い上げていた。


「……これで少しは、この辺りの魔物が減ったと思う」


 アロ殿は狼の首を折り、死体を地面に寝かせる。

 少し肩が上下していた。


『アロ殿、やはり飛ばし過ぎていたのでは? 魔力の回復は疲労感を伴いますからな……』


「でも、これ以上、魔物狩りに時間を掛けてはいられない」


 そう言うとアロ殿は、遠くへと目を向けた。

 視線の先には、巨大過ぎる魔物……魔獣王が、森を喰い滅ぼしながら、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。


 魔物を減らすだけではいけないのだ。

 我々の目的は、魔獣王の脅威からリトヴェアル族を、そしてこの森を守ることにある。

 ひとまず魔物を減らしてリトヴェアル族の目前の危機を取り除いた後は、奴の方をどうにかしなければならない。

 アロ殿としては、とっととあの四つ目獣共を片付けて、魔獣王への直接的な対策に当たりたいのであろう。


『それはそうですが……』


 私はポリポリと頭を掻く。


 アロ殿の気持ちはわかる。

 時は一刻を争う。

 対応が遅れるだけ森は衰え、森の民や生き物達は命を落とす。

 しかし、私とアロ殿が失敗すれば、それこそ全てがお終いなのだ。


 恐らくこの戦い、完全な勝ちというものは存在しない。

 大きな犠牲を出し、後悔をしながら、被害を抑えて時間を稼ぐ戦いになる。

 慎重にならなければ、最悪の結果が待っている。


 考えるのは苦手だが、今のアロ殿はやや冷静さを欠いている。

 それは単身で離脱して森に向かうと言い始めたときからわかっていた。


 いざというときには私がブレーキにならねばならない。

 多少の無茶は仕方がない。

 それでもアロ殿が勝ち目のない戦いに出たときには、私がちゃんとそれを止めねばならない。

 ……もしも仮にそれで、アロ殿から恨まれるような形になったとしても。


「このままだと、いずれ魔獣王がリトヴェアル族の集落に到達する……。いや、既に何度か拠点を移しているみたい。昔と位置が違い過ぎる」


 アロ殿がそう口にした。


『つまり……?』


「四つ目獣が好きに荒らしている、危険な森の中……魔獣王から距離を取るために、強引に移動しているんだと思う」


 私は息を呑んだ。

 集落総出での、森の移動……。

 犠牲が出ないはずがない。

 食糧の確保さえ困難であるはずだ。


 集落は既に、壊滅状態なのでは……?

 頭を過ぎったが、いくら私でもそれを口に出すことはできなかった。


『情報が圧倒的に足りませんな……。アロ殿の御父上と、もう少し連携を取るべきであったかもしれません』


 他のリトヴェアル族が怖がっていたので、私達は簡単な治療だけして早々に距離を置いてしまった。

 しかし、リトヴェアル族を守るためには課題が多すぎる。


 効果的な四つ目獣の間引きに拠点の守護、大移動の護衛、食糧の確保。

 犠牲を減らすためには、リトヴェアル族と連携してそれらを手伝った方がいいかもしれない。

 そのためには彼らとの意思疎通が不可欠である。


 元々、魔獣王を我々で倒すことは絶対に不可能なのだ。

 推定伝説級である。伝説級がどれだけ恐ろしいのか、我々はよく知っている。


 ルインにオリジンマター、ヘカトンケイル、ミーア殿のタナトスに、主殿のオネイロス。

 どれも正面からぶつかったら私やアロ殿など数秒で葬られてしまう。

 魔獣王を倒せない以上、リトヴェアル族ともっと連携して、情報を集めつつ彼らの求めるものを探らねばならない。


 アンデッドとして忌避されているアロ殿に、村と我々の橋渡しは悪手の様子……。

 となると、リトヴェアル族が神聖視している、畏れ神のララン達に似ている私がその役を引き受けるべきか?


『しかし、リトヴェアル族のことを考えると手が足りませんな……。魔獣王の情報を集めつつ、四つ目獣を減らしながら、彼らを守るとなると……』


 せめてアトラナート殿とヴォルク殿、マギアタイト殿がいれば、また話は違ったのだろうが。

 私とアロ殿だけでは、下手に二手に分かれるわけにもいかない。

 増してや、今の冷静でないアロ殿を一人にはしておけない。


「ウオォォォォォォォオオオオオオオッ!」


 そのとき、大きな獣の咆哮が聞こえてきた。


『ま、また、四つ目獣が……!』


「あいつらの鳴き声とは、違うような……」


 風を切り、森の闇から大きな獣が姿を現した。

 微かに緑の輝きを帯びる、美しい毛皮をしている。

 大きな牙と爪を持っていた。


 そしてその上には、真っ赤な毛皮で全身を覆わた、大男が跨っていた。

 腰に布を巻いている。

 背丈は二メートル以上あり、どうにもリトヴェアル族とも毛色が違う。

 大きなハンマーを手にしており……そしてなぜか、頭には土製のバケツを被っていた。

 バケツには、竜のような顔が刻まれており、仮面のようになっている。


「アノ四ツ目共ヲ、コレダケ仕留メルトハ……。オマエラ、何者?」


 大男から低い声が響く。


『この声、魔物……?』


 大男がハンマーを地面に置き、土製のバケツを脱ぐ。

 赤い毛皮を持つ大猿であった。


「オレ、コノ大森林ノ獣ヲ束ネル王……朱厭。下ノハ、森ノ守護神。オレ達、森、守ル。手ヲ組ンダ」


「畏れ神様……」


 アロ殿が驚いた様子で、輝く獣へと目を向けた。

 どうやらあの獣こそが、畏れ神ラランの真の姿、ララグウルフのようであった。

 私は目にしたのは初めてであるが、主殿は見たことがあると口にしていた。


 どうやら森の危機に対して、知性のある獣と畏れ神ラランが、森を守るために協力しているようである。


 ララグウルフと朱厭殿に続いて、赤い毛皮を持つ三体の猿が駆けてくる。

 どうやら朱厭殿の部下のようであった。

 三体共土製の鈍器を手にしており……やはり何故か、竜の顔が刻まれたバケツを被っていた。

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