第560話

 リリクシーラの尾が崖壁を叩き、翼を広げて俺へと向かって来る。

 俺もリリクシーラへと向かいながら〖次元爪〗を放った。


 そのとき、ぐにゃりとリリクシーラの姿が歪んだ。

 俺には〖幻影無効〗がある。

 これは、ただの幻覚スキルじゃねぇ。


 リリクシーラのスキルの中に、怪しいものがあった。


【通常スキル〖神仙縮地〗】

【地脈の魔力を用いて、空間そのものを縮めて移動する歩術。】


 さらっと書いているが、とんでもねぇスキルだ。

 俺の〖ワームホール〗はまだまだ未検証の部分が多いが、使い勝手でいえばほぼ上位互換だといえてしまう。


 初見で下手にカウンターを取ろうとするべきではない。

 冷静に見切り、とにかく余計なダメージを抑えるべきだ。


「〖アパラージタ〗!」


 続けてリリクシーラの四つの腕に、光の塊が握られる。

 それはすぐに大きく伸び、光の剣と化した。


【通常スキル〖アパラージタ〗】

【自身の聖なる魔力を束ね、邪を滅する武器と化す。】

【その数と形は本人の意思によって自在に変わる。】

【手許を離れても、魔力を供給し続けることで形状を維持することができる。】


 ……要するに、自在に形を変えられる、聖属性の魔力の塊だ。

 厄介な上に、汎用性が高く応用の利きやすいスキルばっかり持っていやがる。


 空間の歪みが大きくなり、リリクシーラが俺の目前へと一気に出て来た。

 空間が歪んだせいで、俺の放った〖次元爪〗の狙いが外れていた。

 リリクシーラには掠りもせず、崖壁に大きな傷をつけることとなった。


 出鱈目すぎる。

 こんなスキルがあったんじゃ、攻撃を読んで〖神仙縮地〗を用いて移動されれば、まともにこちらから攻撃を当てることはほぼ不可能だ。


 俺は背後へと飛び、リリクシーラから距離を取った。


 リリクシーラが四つの腕で、光の剣を振るった。

 振るわれた光の剣が長さを増す。

 刃の先端が、退いた俺の胸部へと届いた。


 だが、体表を斬りつけられただけで済んだ。

 この程度のダメージで〖神仙縮地〗と〖アパラージタ〗を見られたのならば、ダメージを抑えられた方だ。

 今は、奴の取りたい攻撃パターンを見極める必要がある。


 問題なのは、リリクシーラとの残りHPの差が大きすぎて、傷が浅く済んだとしてもジリ貧だということだ。

 〖ホーリーナーガ〗は、最強格の護りのスキルと攻撃スキルだけに留まらず、持久戦を優位に進められるスキルも取得しているらしかった。


【特性スキル〖神仙気功〗】

【呼吸により大気の魔力を取り込み、身体を癒し、膂力を引き上げる導引術。】


【特性スキル〖躰煉丹術〗】

【自然の魔力と自身の体液を用いて、体内にて霊薬を造り出す。HP、MP、状態異常を回復させる。】


 こんなもんがあるんじゃ、戦いが長引けば長引くほどこっちが不利になっていく。

 かといって耐久型かといえば、近接、遠距離の双方に対応しつつ高い威力を誇る〖アパラージタ〗を有している。

 リリクシーラの従来の攻撃手段であった、優秀な重力魔法もそのまま残ったままだ。


 スキルのバランスが、あまりに良すぎる。

 恐らく、伝説級の中でも最強クラスの魔物だ。


 前以て、〖ラプラス干渉権限〗を使って変化先の魔物を固定していやがったんだろう。

 とんだ効率厨のサイコ野郎だ。


『お前は……自分以外の全てがコマにしか見えない、クズ野郎なんだと思っていた』


 リリクシーラは宙を飛びながら、無表情で俺を観察していた。

 〖次元爪〗の予兆があれば〖神仙縮地〗で避けるつもりなのだろう。


『だが、今わかった! お前は、自分自身さえもコマとして見ていやがる! 人を散々利用して裏切って……何千人もの命が懸かったアーデジアの王都でだって、お前は俺とスライムを同時に処分することしか考えていやがらなかった! そして今、自分自身でさえも人として生きることをあっさりと放棄しやがった! お前は一体、何を考えていやがる! そうまでして、神聖スキルを集めてぇのかよ!』


 リリクシーラの四つの腕に握った光の剣が、円盤状へと変化する。


「貴方と言葉を交わす必要は、既にもうありません」


 リリクシーラの周囲が歪み、彼女の身体が横へと動く。

 リリクシーラは空間が歪んだ状態のまま四つの内二つの腕を振るい、二つの光の円盤を放った。


 二つの光の円盤が、奇妙な軌道で俺へと接近してきた。

 剣のお次はチャクラムか。

 本当に、変幻自在であるらしい。


 投擲も自在とは、本当に〖アパラージタ〗は底の見えないスキルだ。

 おまけに投擲の際に〖神仙縮地〗を混ぜることで、軌道を誤魔化して来やがった。


 チャクラムが〖神仙縮地〗の影響範囲を脱するまでは、動きを見切ることは不可能だ。

 慎重に対応する必要がある。

 あれは、俺でもそう何発も受けられる威力じゃねえ。

 絶対に直撃するわけにはいかねぇ。


 俺が二つのチャクラムに意識を向けたその刹那、リリクシーラの姿が視界から消えた。

 異常事態に、俺の脳が警笛を鳴らす。


 〖アパラージタ〗のチャクラムは危険だ。

 〖神仙縮地〗で軌道を誤魔化されている上に、元々奇怪な動きをする豪速の飛び道具だ。


 だが、それ以上に、消えたリリクシーラへどうにか対処する必要があった。

 時間はない。

 ここで迷えば、死ぬ。


 俺は〖竜の鏡〗で、自分の姿を完全に消した。

 〖竜の鏡〗は、光と空間を歪めて自身の姿を変えるスキルだ。

 MPは嵩む上に解除する際には隙を晒すことになるが、自身の姿を完全に消し去ることもできる。


 便利ではあるが、何度も通用する手ではない上に、リスクも大きい。

 リリクシーラ相手には使いたくはなかったが、ここでやらなければ危険だと俺の本能が訴えていた。


 前から二つのチャクラムが、それとは別に全く別の方向から二つのチャクラムが、俺の存在している座標を貫いた。

 リリクシーラ自身はまた別の座標にいる。


 手品のミスディレクションだ。

 俺にとって初見の攻撃である〖アパラージタ〗のチャクラムをぶつけて注意を引き、俺の視界端へと移動してそのまま〖神仙縮地〗で俺を回り込みながら残りの二つのチャクラムを放ったのだ。

 〖竜の鏡〗がなければ避けるのは困難だった。


 俺は素早く姿を戻し、一気に急上昇した。

 〖竜の鏡〗で消えた座標にいるのはマズい。


「……なるほど、〖竜の鏡〗でしたか。よく凌ぎましたね」 


 リリクシーラが俺を見上げながら、淡々とそう言った。

 四つの手には既に、次の〖アパラージタ〗の剣を構えていた。

 ……次同じ手段で回避を試みれば、恐らく復活した瞬間に〖アパラージタ〗を叩き込まれることになるだろう。


 崖の上へと逃げながら、俺はリリクシーラのスキルをまた確認していた。


【特性スキル〖チャクラ覚醒〗】

【身体の七つの中枢器官を魔力によって暴走させる。】

【思考が冴え、膂力が増し、魔力が滾る。】

【自身の全てのステータスを引き上げることができるが、HPとMPが急速に減少する。】

【我が身を滅ぼす諸刃の剣。】


 ……リリクシーラのスキル構成は、遠近・攻守・持久力・特殊状況の全てに対応しているだけではない。

 相手に敵わないと分かった際の暴走スキルまで用意している。

 どこまで勝ちに執着していやがるんだ。


 いざとなれば、〖チャクラ覚醒〗で最後の足掻きをしてくる算段らしい。

 今でさえかなり厳しい状況を迫られているのに、こんなスキルを使われたら溜まったもんじゃねえ。

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