第561話
俺は崖上からリリクシーラを見下ろす。
HPに差を付けられている上に、リリクシーラには大気の魔力で身体を癒す〖神仙気功〗に、体内で回復薬を作り出す〖躰煉丹術〗を持つ。
中距離はリリクシーラの間合いだ。
〖神仙縮地〗で有利な間合いを移動しつつ攻撃を躱し、〖アパラージタ〗で攻撃を仕掛けて来る。
どうにか近接戦に持ち込んで、オネイロスの攻撃力と魔法力の高さを活かして一気に大ダメージを与えるしかねぇ。
リリクシーラにとってこの戦いは持久戦でいいはずだ。
応用の利く〖アパラージタ〗がある以上、リリクシーラが近接の間合いで戦う理由は薄い。
リリクシーラに勝てるビジョンが、まるで見えてこなかった。
考えれば考える程、オネイロスの戦い方はリリクシーラのスキルに封殺されている。
ふと……こんなとき、相方の奴ならばどうしていただろうかと考えた。
アイツは俺が考え込んでいる間に、どんなに不確定要素が多いときも突っ込んで行って、そんで俺が慌てふためいている横であっさりと戦果を上げちまって、ほれ見たことかという顔で俺を笑うのだ。
こんな状況だが……つい、懐かしくなっちまった。
俺が考え込み過ぎているときは相方が突っ走って行って、さすがにやり過ぎだと思えば身体の主導権を持つ俺が全力で引き留めて。
当時はお互いやり口が正反対のどうしようもない凸凹コンビだと思っていたが、あれはあれで不思議と機能していたのかもしれねぇと、今更ながらにそんなことを考えた。
そうだよな、相方。
敵を目前にして、うじうじ考え込んでばかりじゃいられねぇ。
打つ手がねぇなら、強引に仕掛け続けて機会を作るしかない。
守りに走って、リリクシーラに攻撃の手番を譲り続けるのは愚策にもほどがある。
リリクシーラだって、口で言ってるほど余裕があるわけがない。
お互い初めての伝説級同士の殺し合い、それもリリクシーラに至っては望まぬ進化だったはずだ。
スキルの単純な使い勝手の良さや速度では、リリクシーラの方に大きく分がある。
それは間違いない。
だが、その分、オネイロスのスキルには爆発力があり、パワーや魔力のステータスでは彼女を圧倒している。
戦いにおいて堅実で有利なのはリリクシーラかもしれねぇが、不利な状況をぶっ壊せるポテンシャルならオネイロスの方が遥かに高いはずだ。
俺は崖上を蹴り、リリクシーラへと飛び掛かりながら〖次元爪〗を放った。
俺が腕を振るった時点で、リリクシーラの周囲がブレていた。
来た、〖神仙縮地〗だ!
リリクシーラは奇妙な動きで横へと移動し、俺の〖次元爪〗を回避する。
この奇怪な移動スキルは、はっきりいって隙がない。
動きがあまりにも読めないため、使い始めと終わりの隙をまともに突くこともできない。
MP切れを狙うのも現実的ではない。
対策としては、超至近距離で直接ぶん殴ることくらいだろう。
ただ、〖神仙縮地〗を使われた直後に、少しでも有利な状況になるように動くことはできる。
俺は息を吸い込み、口から〖灼熱の息〗をリリクシーラの移動しそうな周辺目掛けて放った。
〖神仙縮地〗の移動は、移動先をピンポイントで読むことは難しいが、方向は移動始めの時点で見切ることができる。
広範囲攻撃の〖灼熱の息〗であれば、読み勝てば当てることは不可能ではない。
そして……この状況で、ここまで堅実なリリクシーラが、勝負を急いて不利を取ってくるとも思えない。
リリクシーラは攻めに出てきた俺に対して、敢えて距離を詰める選択肢は取らないはずだ。
リリクシーラはそんな生易しい奴じゃねぇ。
敵ではあるが、その一点に限って、俺は奴を信頼している。
『だから、そこになるよなぁ!』
俺は前に出て位置を調整する。
後半に吐いた〖灼熱の息〗が、リリクシーラを捉えた。
読み勝った!
だが、肝心な勝負はここからだ。
リリクシーラの視界が潰れたこの隙を叩いて、一気にHPの差を縮める!
攻めに出て、分が悪くても殴り続けるしかねぇ。
今はそういうときだ。
そうだろ、相方!
俺は〖次元爪〗を放ちながら、自身も猛炎の中へと飛び込んで行った。
振り切った腕を戻すより早く、大口を開けてリリクシーラへと喰らいついた。
だが、外れた。
炎の中、リリクシーラが俺のすぐ上方を舞っているのが目に見えた。
俺が突っ込んでくるのを予測して、既に〖神仙縮地〗で移動していたのだ。
既に四つの腕の光の剣は、俺の頭部へと向けられていた。
「〖病魔の息〗に比べて範囲が狭く、突撃すれば自身にもダメージの入る〖灼熱の息〗を敢えて煙幕として用いたのは、目晦ましの意図を誤魔化すためだったのでしょうが……少々安易でしたね」
リリクシーラは光の剣を投擲する。
身体を捻ったが、さすがに位置関係が最悪だった。
二本は避けたが、残りの二本はそれぞれ顎の下と首に突き刺さった。
刺された部位に高熱が走る。
首が、麻痺したように硬直する。
毒で蝕まれているかのような感覚だ。
頭部は辛うじて避けたが、相手が構えている場所に飛び込むのはさすがに厳しかったか。
リリクシーラは更に追い打ちを掛けようとしてか、腕を天へと掲げたが……俺を見て、目を見開いて硬直した。
「ウロボロス……?」
そう、今の俺は、〖灼熱の息〗に飛び込む瞬間に、自身の姿を〖竜の鏡〗でウロボロスへと変えていたのだ。
周囲が歪む。
〖神仙縮地〗での脱出を試みたのだろう。
だが、さすがに距離が近すぎる。気が付くのも一瞬遅かった。
何より、〖ホーリーナーガ〗の身体は人間体と違って蛇の部分が長すぎる。
猛炎を突き抜け、俺のもう一つの首が、リリクシーラの下腹部の蛇の身体へと喰らいついた。
リリクシーラなら、俺が〖灼熱の息〗の煙幕に乗じて攻撃するくらい、読み切ってくるとわかっていた。
〖病魔の息〗ではなく〖灼熱の息〗にしたのは、〖病魔の息〗であればリリクシーラならば『愚直すぎるので煙幕の他に意図があるかもしれない』と気が付くだろうと考えたためだ。
来るとわかっていたから、至近距離で放たれた〖アパラージタ〗も、二発は回避することができたのだ。
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