第313話

 俺は一体の蜘蛛を頭に乗せて森の中を駆けた。

 蜘蛛は時折脚で俺の頭を叩き、走るべき先を教えてくれる。


 〖気配感知〗を使って探りながら走っているのだが、なかなか人の気配を拾うことができねぇ。

 あの兵達が大幅に撤退していったのは間違いねぇだろう。

 俺と戦うことを無謀と考え、集落に手を出すのは諦めたのかもしれない。


 ただ、恐らく例の『輝く獣』は諦めちゃあいねぇはずだ。

 リトヴェアル族の話によれば、放っておけばあいつらは森小人共を刺激して災いを引き起こしかねねぇ。


 急げば、敵の本陣と人質にされたリトヴェアル族の子供はまだ一緒にいるかもしれない。

 子供の救出と奴らのプランの阻止を同時に行えるはずだ。


 残党を纏めて森から叩き出す……いや、後々を考えれば、捕虜を作っておく必要がある。

 このままだと、また他の奴らが例の輝く獣や俺狙いで集落へと襲ってくる可能性もある。

 それにも何かしらの手を打たなければならない。


「ッ!」


 走っていると、ふと人の気配を感じた。

 敵は三人程度だ。馬に乗っているようである。

 何をするわけでもなく、森の中を彷徨っているようだった。

 この状況なら、相手さんには外に逃げるか、他の隊へ合流するかしか選択肢がなさそうだが……いったい何が狙いだ?


 まぁ、考えたって仕方ねぇか。

 俺は背を屈めて蜘蛛にしがみつくよう警告を出した後、気配の元へと直進した。

 俺の足音に脅えてか、気配がどんどん遠ざかっていく。


 追いかけながら、違和感を覚えていた。

 気配は俺から正反対ではなく、弧を描くように移動した後、結局俺から見て横の方向へと駆け出したのだ。

 それも、三つの気配が同時に示し合わせたように、である。


 見回りに出されてたけど、本陣から離れるのが怖くて近場をウロウロしてたってところか?

 だとしたら、奴らの本陣へと向かっていると仮定できるが……少しわざとらしいような気もする。

 そもそも奴らは今、纏まって待機する必要があるのか?


 俺を誘導してぇんだとしたら、俺を罠に掛けるつもりか、それとも空いたリトヴェアル族の集落を滅ぼそうとしているのか……。

 とはいえ、リトヴェアル族の集落は敵からしてみれば狙う理由などあまりないはずだ。

 下手に集落を襲えば、俺の怒りを買うだけだとわかっているだろう。


 奴らにとって『輝く獣』とやらが目的であってリトヴェアル族を単にその情報源として見ていたのならば、これ以上攻撃する必要はないはずだ。

 敵の主要人物の大半も落としたつもりだ。

 アロも見張ってくれている。


 俺を罠に掛けるつもりなのだとしたら、望むところだ。

 正面から打ち破ってやるまでだ。


 気配が近付いてきた。

 俺は地面を蹴って飛び出して翼を用いて飛距離を稼ぎ、気配の近くへと着地した。

 辺りが大きく揺れる。


「ぐわぁっ!」


 一人の敵騎兵が馬から投げ出された。


「ちっ! やっぱ早すぎる!」

「無茶言いやがって! あんな化け物引き付けられるか!」


 残りの二人の騎兵は、バラバラの方向へと駆け出していった。

 騎兵が落ちた馬も単独で駆け去っていく。


「嫌だっ! 嫌だああっ!」


 残された男は、匍匐前進しながら必死に俺から距離を取ろうとしていた。

俺は男を無視し、背を屈めて顎を地面に着けた。


「グゥオオ」


 俺が吠えると、頭の上の蜘蛛はしばしきょとんとしたように静止した後、脚で俺の額をこんこんと小突いた。

 俺がゆっくりと首を振ると、諦めたように地へと降りて来た道を走っていく。


 少し前から蜘蛛の道案内は止まっていた。

 恐らくここより先はわからないのだろう。

 騎兵を見つけたこともあり、敵の本陣はそう遠くはねぇはずだ。


 戦闘になれば、悪いがアレイニーでは力不足だ。

 足手纏いになっちまう。

 あの痩せた男は、恐らく大部隊長クラスだろう。


 アロはあの男を追いかけてHP、MP共に満身創痍まで追い込まれていたようだったが……はっきり言って、あれで済んでよかった方だ。

 大部隊長格とアロでは、まともに攻撃を受ければ瞬殺されてもおかしくねぇくらいのステータスの開きがあった。


 俺は蜘蛛が去っていったのを見届けた後、あいつらが誘導しようとしていた方向へと進んだ。

 〖気配感知〗が、一気に反応する。

 これほど強く反応するのは珍しいほどだ。

 確か、アドフと初めて対峙したときにもこれくらいの気配を感じたか。

 アドフは〖デコイ〗という敵を引き付けるスキルを持っていた。

 今回も同じ系統だとすれば……やはり、俺を誘い出そうとしていると見てよさそうだ。


 〖気配感知〗の示す先へと走れば、大きな丘に穴が開き、洞窟となっている場所があった。

 入り口のところには、弓を持った敵兵が二人ほど立っている。

 こちらに気が付くと、洞窟の中へと何かを叫びながら矢を構え始めた。


 〖気配感知〗では……奥にある大きな気配に阻害されて他の気配が読みづらいが、洞窟前の二人を合わせて、十一人……いや、十二人といったところか。

 その内五つの気配は、やや弱々しいように感じる。

 丁度、帰って来ていないリトヴェアル族の子供の数と一致する。

 あそこに捕らえられていると考えてよさそうだ。


 入り口は低く、俺では縦も横もつっかえちまいそうだ。

 妙なところに閉じこもりやがって。人質さえいなかったら、外から叩き壊してやりてぇところだが……。


 入り口辺りから〖鎌鼬〗を撃つか?

 いや、見た目以上に洞窟の内部は長そうだ。

 壁に下手に当てて崩しちまうことを考えれば避けたい手だ。


 俺の残りのMPはっと……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:ウロボロス

状態:通常

Lv :91/125

HP :2402/2402

MP :1612/2410

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 うし……結構回復してんな。

 さすが〖MP自動回復:Lv6〗だ。

 こんくらいあれば、一時間近くは〖人化の術〗が使える。


 〖人化の術〗ならば、充分あの洞窟の中へと潜り込むことができる。

 ……ただ〖人化の術〗使用時は、ステータスががっつり減少するんだよな。

 神の声よ、久々に見せてくれ。


【通常スキル〖人化の術〗】

【人間に化けることができる。】

【スキル発動時にHPの半分を失い、発動中は〖攻撃力・防御力〗が半減する。また、MPが減少し続ける。】


 攻撃力と防御力が半減……まぁ、素早さがノータッチならば大丈夫か。

 それに俺の攻撃力は半減させられても470である。

 確か大部隊長の一人であるハンニバルでも、武器による補正値を合わせて300程度だったはずだ。

 あいつよりも一段上の実力者がいたとしても充分に対処できるだろう。


 俺はひとまず、洞窟前の二人組へと〖鎌鼬〗を放った。

 二人組は俺の翼が動いたのを見た瞬間に身を屈め、洞窟の中へと逃げていった。

 風の刃は虚空を抉り、地面に傷跡を残して消えていった。


 ち……警戒されてやがったか。

 ま、それは当然か。


 もう少し休めば、万全のMPで挑むことはできるが……いや、先を急ぐべきか。

 下手したら、誘拐した子供の見張りとは別の枠で、『輝く獣』の捕獲を進めていてもおかしくはねぇ。

 それに子供だってどれくらい衰弱しているのかはわからない。

 すぐさま〖ハイレスト〗を掛けた方がいいかもしれない。

 こんなところでちんたらしている猶予はねぇ。


「ペェッ!」


 俺は口を開け、口内に入れて持ち歩いていた、リトヴェアル族用の服を吐き出した。

 〖人化の術〗が必要になったときに備えて、ちょいと拝借していたのだ。


『人化、使ウノカ?』


 相方が思念を飛ばしてくる。

 ああ、悪いがちっと引っ込んでてもらうぞ。


『任セルガ、余計ナヘマハスルンジャネェ……、……?』


 相方が思念を途切れさせ、後方へと首を向けた。

 なんだ? 何かいたのか?

 そう考えて俺も目を向けてみれば……森奥から、人の背丈よりも二回り小さいほどの蜥蜴がどたどたと駆け出してきてから、また俺から遠ざかる方へと走って行った。

 身体の模様は茶色と深緑が不規則に混ざっているような柄であった。


【〖フォレストレチェルタ〗:Eランクモンスター】

【森内を這う大蜥蜴。】

【気配を消すことと、独特の腐臭を出す〖死んだふり〗が得意である。】

【ただし、腐肉を好物とする魔物も多いためあまり効果はない。】

【とても臆病な性格であり、好んで同格以上の相手と戦闘を行うことはほとんどない。】

【仲間との縄張り争いはお互いに〖死んだふり〗を見せ、その出来栄えで競う。】


 ……なんとなく、黒蜥蜴を思い出した。


『タダノ、魔物カ』


 強いわけでも厄介なスキルを持ってるわけでもなさそうだし、特に警戒する必要はなさそうだな。

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