第314話
俺は〖人化の術〗を使った。
身体中を熱が侵していき、どんどんと身体が縮んでいく。
この痛みにももう大分慣れてしまい、ほとんど気にならない。
ただ、体力をごっそりと奪われる脱力感はどうにかしてほしいものである。
先ほど吐き出した服を身に纏い、洞窟へと向かった。
ちんたらしてはいられねぇ。とっとと中の奴らを無力化し、人質を救出する。
俺の身体能力ならば充分に可能なはずだ。
洞窟の中に飛び込んだはいいが……灯りが、まったくなかった。
洞窟がなまじ長いせいで、奥はほとんど光がない。
とはいえ、俺には〖気配感知〗がある。
向こうさんが暗がりで戦いたいのであれば、こっちも願ったりである。
目を見開き、意識を集中する。
辺りにいる、十二の熱の位置を正確に感知する。
目を凝らせば、微かに見えないこともない。だんだんと目も慣れて来る。
攻撃力と防御力、HPが半減している上にスキルも大幅に制限されてはいるが……さして、枷にはならないはずだ。
俺は地を蹴って跳び上がり、気配の一つへと腕を振るう。
「ヒッ! な、何か来てる!」
前方から何かが放たれる。
俺は咄嗟に顔を横に逸らした。
ぷつっと、俺の頬を矢が掠めた。
皮膚に傷がいった。ウロボロスの鱗ならば、この程度の攻撃で傷つくことはないっつうのに……。
防御力に難があるのと、リーチの短さが問題点だな。
「がぶぁっ!?」
俺は、前方の男の肩を殴り抜いた。
拳越しに伝わる、確かに骨を砕く感覚。
男は地面に身体を叩き付けた。衝撃で辺りが揺れた。
この洞窟は、あんまし丈夫じゃないらしい。一応気を付けた方がいいかもしれねぇな……。
【経験値を150得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を150得ました。】
……力は、充分だな。
一撃でやれる。直撃したのもあるだろうが。
ちらりと潰れた男の顔を見て、不可解なことに気が付いた。
……目を、硬く閉じている? 身体を打ち付けたときのショックで目を瞑ったのか?
「貴方達、手筈通りになさい。〖フラッシュ〗!」
前方から女の声が聞こえ、直後に当たりに凄まじい光が埋め尽くした。
しまった。暗闇に慣れかけていた目に、まともに光が飛び込んできた。
「ぐっ!」
俺は動きを止め、指で顔を覆った。
「そこよ! 〖ファイアウォール〗!」
下から炎がせり上がり、俺を包み込んだ。
まだ不安定な視界の中、俺は必死に後ろに飛び退いた。
俺の肩に、矢が三本続けて突き刺さる。
「兄者よ、反対側を任せるぞ」
「おうよ。フッ、案外、あっさり片付いちまいそうじゃないか」
左右から声が聞こえて来る。
俺が本調子でない内に畳みかけるつもりらしい。
あまりに連携が取れすぎている。
やはり最初から俺を誘き寄せて討ち取る作戦だったようだ。
つーことは……俺が直接人質奪還に来て、あまつさえ〖人化の術〗を使って洞窟内へ入り込むことを、完全に読み切っていた奴がいるようだ。
やられた。〖ステータス閲覧〗持ちでもいやがるのか?
いや……そうか、見られていなくても、種族から俺のスキルが割れていた可能性もあったんだな。
人間側の情報がなさ過ぎるせいで、今までまったく気にしていたことがなかった。
「このっ!」
俺は、片側から振るわれてきた剣へと手を向けた。
兄、と呼ばれていた男の方だ。
「無駄だ! 素手で我が剣を受けられると思うなよ!」
俺は二本の指先で剣先を摘まみ、指を撓らせて強引に弾き飛ばした。
右から斬りかかってきた男は、武器を失いその場に膝を突いた。
「ば、馬鹿な! 人間程度に力が落ちているのではなかったのか!」
反対側へと目を向ける。
忌々しそうに俺を睨む男の姿があった。
先ほどの男と瓜二つの顔をしている。
本当に兄弟らしい。
「捌けるものなら捌いて見せよ!」
男の持つ剣の刃がブレ、三重になる。
俺は半歩退き、体勢を直した。
「これで壁際だ!」
男は振り下ろした剣を、斜め下から振り上げる。
再び剣が三重になり、俺の頭、胸部、脚を斬りつけようとする。
俺は地面を蹴り、その場から剣の振るわれる方向とは逆回転に回し蹴りを放った。
完全に後手で繰り出した俺の蹴りは、男の剣よりも早く相手に到達した。
つま先が男の腹部へとめり込む。
「ゴフッ!」
男は大口を開き、血を吐き出しながら飛んでいった。
武器を失って呆然としている兄へと激突した。
【経験値を180得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を180得ました。】
弟に激突されて地に転がった兄は、這った姿勢のままに俺を睨み、ゴホゴホと咳をする。
吐き出した息に、微かに血が混じっている。地面に叩き付けられて内臓が傷ついたようだ。
まともに動ける様子ではない。後回しでいいだろう。
フッと、矢が風を切る音が聞こえて来る。
敵がさっき撒いた火が洞窟内に設置されていた燭台へと火をつけていたらしく、洞窟内の視界はいい。
ここまで最初から計画の内だったのだろう。
だが、こっちにとっても目が存分に使えることはありがたい。
俺は三本の矢を、一本一本別々に掴み、握り潰して地面に落とした。
うし、これだけ速度に差があれば、多勢相手でも充分押し切れるはずだ。
「ひ、ひぃっ!」
俺が矢を握りつぶしたのを見て、先ほどの男の兄の方が、身体を震わせた。
「おのれ……アザレアめ、読み間違えおったな! 何が倒してしまってもいいだ! あんな化け物をどうやって始末しろと言う!」
倒して、しまってもいい?
こいつら、俺の討伐が目的じゃねぇのか?
「〖ファイアウォール〗!」
考え事をする間もなく、再び俺の周囲へと炎の壁がせり上がって来る。
俺は天井に頭を打たないように身体を丸めながら跳んで、詠唱の主を確認する。
軍服の配色をそのままに作られたような派手なローブを身に着けた、緩やかなウェーブの掛かった桜色髪の女がいた。
〖フラッシュ〗と〖ファイアウォール〗での俺の妨害が担当のようだ。
矢より厄介だ。優先して倒した方がいいだろう。
炎の壁は、俺を脅かすことが目的だったようで、あっという間に小さくなって消えていった。
このタイミングでフェイントを掛けて来たってことは……他の奴が、本命の攻撃を当てに来るつもりか!
俺は宙で身構えた。
〖気配感知〗……死角から、一人来る。
「〖神速の一閃〗!」
接近していた気配が、一気に加速する。
かなり速い。今までに見た最速の魔物、マンティコアに迫る速度である。
どうにか身を翻すも、避けることは敵わず横っ腹を斬りつけられた。
俺を斬りつけた影はそのまま宙でくるりと回転し、直線上の壁へと足を付け、洞窟の天井に手にしたナイフを突き刺して身体を宙に固定していた。
今飛び掛かってきた奴は小柄で……よく見れば、まだ少年であることがわかった。
せいぜい十五歳といったところだろう。
フェリス・ヒューマらしく、ニーナの様に頭に猫のような耳が付いている。
やりづれぇが……あんま、甘いことを言っていられる状況でもねぇ。
「ぐっ!」
ぐっさりとやられた。
腹から蒼い血が流れ出ている。
あいつ……他の奴らよりどう見ても一回り以上若いのに、とんでもねぇステータスだ。
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〖イルシア〗
種族:ウロボロス
状態:人化Lv8
Lv :91/125
HP :1018/2402
MP :1492/2410
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……HP半減と、防御力半減がキツいな。
おまけに、普段は守ってくれている〖竜の鱗〗も今はねぇ。
何かしらの罠張ってるのはわかってたし、人質の確保を優先したかったから俺が行ったが……こうなるなら、魔法が使える相方が出た方がよかったな。
もっとも〖人化の術〗の特性と、後で森小人にちょっかい掛けに行っている奴らを止めに行かなくちゃならねぇかもしれねぇことを考えると、ここで魔法を使いたくはなかったが……結果論としては、保険を掛けるべきであった。
戦闘に関しちゃ問題なしだったから、ちょっと舐めて掛かってたかもしれねぇ。
こいつら、普通に強い。
アロや村人達に任せなくてよかった。
なんで俺が直々に来ることを前提にしていたのか疑問だったが……俺以外が来ても、即座に始末できるだけの自信があったんだな。
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