第576話
滝の洞窟に入り込んできた日差しに、俺は目を開いた。
ふと横を見ると、アロが横になりながら俺の顔を眺めていた。
「あっ! 竜神さま、おはようございますっ!」
アロが笑顔で声を掛けてくる。
い、いつからそうしてたんだ……?
しかし、半分くらいは意識を残しておくつもりだったんだが、諸々が片付いて気が緩んだせいか、随分と熟睡しちまっていたように思う。
スライムを倒してリリクシーラと敵対し、相方を失って以来、ずっと気が張り詰めていたから、仕方ないことなのかもしれねぇが……。
……だが、まだ終わりじゃねぇ。
リリクシーラの裏切りも、スライムが暴走してルインになったのも、元を辿れば全て神の声のせいだ。
まだ、俺は知らねぇことばかりだ。
アイツと決着をつけるまでは、本当の意味で相方の仇を討ったことにはならねぇだろう。
それに、俺がスライムの奴と二度に亘ってぶつかったのも、ハレナエ砂漠で生臭勇者と戦うことになったのも、リリクシーラに裏切られたのも、全ては神の声が糸を引いていたことだったのかもしれねぇ。
いや、そもそも俺がこの世界に来たこと自体、アレが関わっているとしか思えない。
本当に戦える相手なのかどうか、それさえ今は定かじゃねぇ。
だが、それでも、俺はアイツのことを知り、何らかの決着をつけなければならねぇ。
どうせこっちから何もしなくても、俺が最後の神聖スキル保有者となった以上、奴から何らかのメッセージが届くことだろう。
ならば、ここでウムカヒメを無視して平穏を探す、という選択肢は取れねぇ。
全員が自然と起き、各々にフェンリルの干し肉を食して朝の食事が終わった頃、俺は皆を滝の洞窟の前へと集めた。
『これから、ウムカヒメに会って神の声のことを相談しようと思う。多分、アイツは神の声と戦うことを前提に行動するよう、促してくるだろう。それを受け入れるかどうかは、まだ決められてはいねぇ。最悪、交渉が決裂してウムカヒメと交戦になることも考えられる』
少なくとも、勝てると思っていた前代の勇者ミーアは敗北したのだ。
それに、神の声が俺なんかに怯えているとは全く思えねぇ。
本気で怖かったら、そもそも強くなれるように誘導する必要なんてなかったのだから。
俺以上に神の声に詳しく、それについて思案を巡らせていたはずのリリクシーラも、神の声と戦おうとするなと、そうはっきり言い残している。
言いたくはねぇが……ミーアもウムカヒメも、神の声憎しで、奴を倒せることを前提に動いているだけだとしか思えない。
その理由は理解できる。
石碑によれば、ミーアは神の声の本性を見抜けず、彼女自身の判断で故郷であったハレナエ帝国を滅ぼすことになってしまったのだという。
ミーアはノアの呪いで人外になってからも、神の声の誘導に抗えず、聖女ルミラとの戦争で世界全体を巻き込むことになってしまったことを悔いているようだった。
その後の人生が、神の声を殺すための旅になってしまったことも仕方がないことだろう。
だが……俺達までそうなるべきだとは、思わない。
リリクシーラの言っていた、戦わずに渡り合えとは、ミーアの悲劇を繰り返さないためのものだったのかもしれねぇ。
神の声の目的が俺にあるのならば、ある程度は俺からの提案にも従わざるを得ないこともあるはずだ。
これ以上、余計な被害を出すなと訴えかけることもできるかもしれない。
神の声が、絶対に許せねぇクズ野郎なのはわかっている。
だが、俺に語り掛けてきていた奴と、ミーアを誘導した奴が同一であれば、何百年にも亘って全世界に戦火をまき散らし続けてきたような奴だ。
いや、ひょっとしたら、もっと遥か昔からそうし続けてきたのかもしれない。
敵の規模があまりに大きすぎる。
『こっからは、本当に何が起こるかはわからねぇんだ。もしかしたら、勝ち目のない戦いに挑むことにもなるかもしれねぇ。それに、アイツと決着をつけるのは、俺の役目だと思ってる。離脱してぇなら、俺が好きなところに連れていく』
俺は、ヴォルクとマギアタイト爺の方を見た。
ヴォルクは人間であるし、マギアタイト爺は元々スライムを倒してケジメをつけるためについてきたのだ。
「我は、最後までお前の戦いに付き合うつもりでいる。最大の目標であったハウグレーを倒してしまったのでな。新たな強敵がいるのならば、望むところというものだ。それに、こんなところで別れたのであれば、歯切れが悪くて敵わぬのでな」
ヴォルクは俺の視線に気づき、迷いなくそう返した。
俺は頭を下げた。
ヴォルクには、リリクシーラとの戦いでも何度世話になったかわからねぇ。
ヴォルクが少し表情を曇らせた。
『ヴォルク……?』
「それに、ハウグレーは神の声について、何か思うところがある様子であったからな。我は自分の思うように戦っただけだ。敗者の意志を継ぐ義務がある、などとは思わん。だが、それでも、奴が何のために剣を振るっていたのか、それを確かめたいのだ」
何か、ハウグレーについて引っかかることがある様子であった。
ハウグレーの戦い方は、これまで見てきた何者とも異なるものだった。
俺達とはきっと違う世界が見えていたのだろう。
そんなハウグレーが何のためにリリクシーラに力を貸したのか、確かに俺も気にかかる。
「余モ、ココマデ来タノダ。最後マデ、オ前ノ旅路ヲ見届ケサセテモラオウ」
マギアタイト爺も、頭を大きく伸ばして頷いた。
『……ありがとうよ、ヴォルク、マギアタイト爺』
じゃあ早速、ウムカヒメに会いに行くとするか……。
そう考えたとき、木霊状態のトレントさんが腕を組んで首を傾げているのが見えた。
『こ、これまで以上の相手……』
「トレントさん、まさか……」
アロが失望した目でトレントを見つめていた。
トレントがびくっと身体を震わせる。
『ち、ちち、違います! 決して逃げたいと考えているわけではなく、その、私なぞで力になれるものなのだろうかと……』
トレントが翼をばたばたと振り、アロへと弁解する。
アロがくすっと笑い、表情を崩した。
「わかってる。トレントさん、凄く優しいもん。敵わないって思ってたのに、たった一人でアトラナートを助けに行っちゃうくらい勇敢なのも知ってるもの。私達のこと、心配だったんでしょ?」
『アロ殿……!』
トレントさんが目に感涙を溜める。
トレントの話は俺も既に聞いている。
アロがアルアネに敗れた後、トレントはアトラナートを奪還するために単独でアルアネを追いかけ、そのまま彼女を倒してしまったのだという。
トレントがA級相応のアルアネを、どう追い詰めたのかはわからない。
トレント自身、そのときはとにかく無我夢中であったのだという。
だが、トレントが一番凄いのは、アルアネを倒したことではない。
勝算がほとんどないとわかっていながら、それでもアトラナートのためにアルアネに挑んだ勇気こそ、俺はトレントの最大の長所であると思う。
『……でも実は、ちょっとだけ怖いと思ってしまいましたぞ』
「トレントさん……」
アロが少しがっかりしたように、目を細めた。
『トレント……その、怖いんだったら、リトヴェアルの森で待ってても……』
『だ、大丈夫ですぞ主殿! ほんの、ちょっとした気の迷い! もう、もう、私だけ留守番をするわけにはっ!』
トレントが、また忙しなく翼を振って俺へと弁解する。
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