第39話
黒蜥蜴が逃げた方向と、真逆に走る。
一見悪手だが、見失った今となっては、これしかできない。
あの黒蜥蜴は俺から逃げるとき、〖転がる〗を使わなかった。
俺だからこそわかる。
本気で逃げたいのなら、絶対〖転がる〗を使う。
格上に唾着けて逃走するという戦法を取っている以上、命の危機に瀕した回数は他の比ではないはずだ。
実際、アイツの〖転がる〗のスキルLvは俺ほどではないにしろ高い。
絶対逃走に使っている。俺には分かるぞ。同志だからな。
俺以外に〖チキンランナー〗持ってる奴がいるとは思わんかった。
黒蜥蜴の目的は『逃げ切ること以外の部分にある』と考えられるはずだ。
アイツはただ逃げるのではなく、逃げ回りながら俺の身体に毒が回るのを待っているのだ。
最終的に俺を見失っては意味がない。
だから別方向へと俺が走りだせば、後を追わざるを得なくなる。
アイツにとってのベストは隠れて対象に張りつくか、一定の距離を保ちつつ対象から逃げ続けることだ。
逆に俺が遠くまで逃げだし始めたらラッキーだなんて、そんなことは絶対にない。
見失ったら、俺に命懸けで毒擦り込んできた意味がなくなっちまう。
黒蜥蜴が強力な感知能力でも持っていたらお手上げだが、そういったスキルは見当たらなかった。
全部が全部スキル化されているとも限らないため危うい賭けだが、こう仮定しなければアイツを炙り出す方法がない。
見晴らしのいい場所まで逃げ、まずはアイツを視認することが大事だ。
それに失敗したら自力で解毒できる薬草を探すなり、村で治療を受けるなり、腕を切り落とすなりの方法を選ぶより他ない。
見つけたら、出し惜しみなしで全力で追い掛ける。
アイツは賢い。
ちっとでも俺を危険だと判断すれば、本気で逃げて行くはずだ。
だから一旦見つけることさえできれば、そこからの余計な駆け引きは無用。
危機感や違和感を抱かれた瞬間、向こうが全力で逃げてお終いだからだ。
だったら余計なことを考えるよりも、気を抜かず全力で追いかけ続けた方がいい。
アイツに俺を追いかけさせて行動をコントロールし、見晴らしのいいところまで誘導して相手を見つける。
それさえできれば後は鬼ごっこだ。
素早さでは負けているが、〖転がる〗のスキルLvならば負けない。
生まれてから今現在まで使い続けているスキルだ。俺のプライドに誓って、絶対に負けはしない。
崖のある方向を意識しつつ、草や木の生えづらい地質の場所まで走る。
今は〖転がる〗は使わない。
俺の速度が速いほど、向こうは隠れて走る余裕を失い、姿を見せてくれる可能性は高まる。
しかし、俺が〖転がる〗を使って全力で走れば、『ひょっとしたら捕まるかもしれない』と危機感を抱かせることになる。
そうなってしまえば俺の勝利は潰える。
さて、そろそろいいかな。
障害物の少ないところまで来てから、俺は一気に切り返し、逆方向へと走りだす。
そのまま地面を蹴って飛び、〖転がる〗へと繋げる。
回る視界の中、辺りを探る。
いない。いない。見つからない。
ミスったか? 黒蜥蜴に逃げられたのか?
かいた冷や汗が向かい風に吹かれ、俺の後方へと落ちる。
腕、ちょん切るしかねぇのか? 称号に〖自傷癖〗とか生々しいもんつけられんのか?
焦りながらも、辺りへ視界を回すことは止めない。
いた。
黒い蜥蜴、奴に違いない。大慌てで俺から逃げようとする姿が、視界の端に映る。
良かった、ここまでは何とか読み通りだ。
絶対に逃がすわけにはいかない。
このままアイツを轢き潰し……は、ダメなんだったか。
生け捕りだな。
轢き潰すよりずっと難易度が高い。
黒い蜥蜴との距離が一気に縮むが、アイツも前転したかと思うと、手足を丸めて小さくなり、転がり出した。
黒蜥蜴の〖転がる〗は滅茶苦茶速かった。
スキルLvでは優っている俺が、ぐんぐんと差を付けられていく。
地の速さの違いが出た。
が、これで負けたわけじゃあねぇ。
問題はここから先だ。
今は草や木の少ない地だから純粋な速さ勝負だが、ここを抜ければそうはいかない。
走り易い道を選び、足場に注意を払いながら木々や魔物を回避し続けなければならない。
たったの〖転がる:Lv3〗でどこまでそれができるのか、見せてもらおうじゃねぇか。
こちとら〖転がる:Lv4〗様だぞ。
それでも大蜘蛛タラン・ルージュから逃げるときにはあちこちぶつけ回したんだからな。
わざと左寄りから詰めていって、難しいルートに追い込んでやんよ。
木が増えるに比例し、黒蜥蜴の〖転がる〗のスピードが落ちて行く。
大丈夫か? こっからモンスターが増えてくるぞ、ん?
せいぜい〖チキンランナー:Lv4〗の名に恥じぬ逃げっぷりを展開してくれよ?
俺は〖転がる〗の競り合いなら絶対負けない自信があるからな。
何度これで窮地を逃れたことか。
素の素早さで凌いできたお前との格の違いを見せてやんよ。
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