第40話

 さすが黒蜥蜴、スピードを少し落としたものの、右、左、右、と確実に木を躱していく。

 俺を振り切るために妙な動きやフェイントを挟むこともあるが、それで失速することはない。


 アイツは焦らず、冷静に自身の力量を見極めている。

 こういう奴は強い。俺なんか、すぐ熱くなって無理をしちまう。


 黒蜥蜴は、いずれ俺より優れた〖転がる〗の使い手になっていただろう。

 だが、今は違う。

 木の数や不安定な足場、魔物の配置が絶妙な場面になれば、その度に黒蜥蜴は減速していく。


 その点俺は慣れている。

 前を走っている黒蜥蜴がどういう軌道を描いて障害物を回避しようと考えているのか、向きや速度の緩急を見ていれば手に取るようにわかる。

 だからどれだけ複雑な地形になっても、見失うことはない。


 お、今、判断ミスしたな。

 その速さで進んだら、三つ先の木で急減速する破目になるぞ。



 経験以上に、追うものと追われるものの差というのもあるのだろう。

 それに俺は黒蜥蜴を逃しても最悪の手段が残っているが、アイツは俺に捕まったら死しかない。 

 当然脅して解毒はさせるが、逃がしなどしない。

 治ったのがわかったら、当然その場で経験値に変える。

 そのことは、向こうもわかっているはずだ。


 過度の焦りと緊張感がプラスに繋がることなど、滅多にありはしない。

 死を恐れる黒蜥蜴と、腕生えてくるかどうか心配しながら走る俺。

 精神面でも余裕があるのは俺なのだ。


 判断の難しい地形と位置関係になったときも、俺は黒蜥蜴のミスを目に焼き付けてからそれを踏まえて転がることができる。

 これもかなり大きいアドバンテージの一つといえよう。


 互いの距離を8m前後程度で押さえ、ピッタリと黒蜥蜴を追尾する。

 黒蜥蜴は俺を振り切ろうと必死に加速するがあまり、判断ミスを重ねて行く。


 まぁ向こうがミスったらこっちも速度落として、距離は保つけどな。

 焦る必要はない。

 崖まで追い込んで、確実に捕らえる。


【通常スキル〖転がる〗のLvが4から5へと上がりました。】


 お、上がったか。

 これもう、負ける要素ないわな。



 周囲の景色を見るに、そろそろ崖は近い。

 もうちょっと距離詰めとくか。

 アイツが大きく曲がったその隙を突く。

 そのためには……間、5mくらいにまで詰めとくか。


 はいそこ、減速しないとモンスターにぶつかりかけてロスになる!

 1m詰めちゃる。


 はいそこ、一見地面が荒く見えるけど、小さく跳ねればギリギリ越えられる!

 いちいち曲がって回避してるとロス!

 更に1m詰めるぞ。


 はいそこで減速しない! 今のはそのままの速度で乗りきれたぞ!

 これで3m狭まった! 目標達成!


 どうよ俺の無駄のない動きは。

 うんうん、やはり〖転がる〗で俺の右に出る者はいないようだな。


 残念だよ黒蜥蜴君。

 もっと成長した後で出会っていれば、良き好敵手になれただろうに。



 あれ、黒蜥蜴が妙な減速したぞ?

 逃げられないと思って諦めたのか?


「キシ、キシシシシシ!」


 転がる黒蜥蜴から、大量の黄土色の石礫が飛んできた。


 黒蜥蜴のスキル、砂の弾丸〖クレイガン〗だ。


 なんて器用なやろうだ。

 転がっているから命中度は低く数頼みだが、それが逆に避けづらい。


 自分の得意分野で闘えるのが嬉しくて、つい慢心してしまっていた。

 どうする、どうするよ俺。

 とりあえず、大きく右に回り込んで……。


 一瞬、意識が飛んだ。

 気が付いたら地面に大の字に倒れており、空と向かい合わせになっていた。空の広大さと自身の矮小さを再認識し、つい笑みが漏れる。


 数秒遅れ、現状を把握する。

 咄嗟の反撃に動揺し、〖転がる〗の速度に意識がついていけなくなり、木に激突した。

 うん、そういうことだろう。

 上体を起こすと、遠く遠くへと走っていく黒蜥蜴が見える。ほっほっほー。


 やられたぜ、まさか〖転がる〗を使いながら〖クレイガン〗を放ってくるとはな。


 チクショウガァァァァァァァァッ!!

 俺は大慌てで起き上がり、全力で黒蜥蜴を追う。

 このまま見失う? いざ逃しても片腕なくなるだけ? 冗談じゃねぇぞ!!


 ようやく自分の心に何故あれほどの余裕があったのかを悟る。

 単に勝算が高いと踏んで自分のリスクに対する現実味が薄まり、調子に乗っただけだった。

 崖まで追い込むなんてほざいてる場合じゃなかった。

 どう考えても後ろからバンバンタックル仕掛けて行くべきだった。


 そもそも俺、確実性確実性いえるほど黒蜥蜴のことなんか知らなかったじゃねぇか!

 馬鹿かっ! 俺は馬鹿かっ!

 長々追っかけっこやっていい気になってただけじゃねぇか! 挙句の果てに反撃くらって振るい落とされてるしよぉぉぉぉおおッ!!



 荒い〖転がる〗で即最大速度を出す。


 右、左、右!

 速度を上げ過ぎたせいで目前の木が避けきれない! でも減速しない! この木は当たって削り飛ばす!

 反動は受けるが強行する!

 綺麗な走りだのなんだのほざいてる場合じゃねぇ!

 多少のダメージは覚悟するし、危険の高い進路でも押し通るぞ!


 黒蜥蜴の転がった跡を参考に……なんてチャチなことは考えねぇ。

 追うのは、アイツの姿だけだ。

 元より体格もステも違う。んなもん参考にするより、〖転がる〗ことだけに集中する。

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