第41話

 俺は目前を転がっている黒蜥蜴を視界から外さないようにしながら、常に最高速度を意識して走る。

 大地を抉り、木をブッ飛ばし、俺は最短距離でどんどん距離を縮めて行く。


 もう容赦しねぇ。

 生かして捕まえるのに苦労するから~とか言ってらんねぇ、全力で轢き飛ばしてやんよ。

 一発くらい耐えろよ黒蜥蜴。


 俺が近づくと、黒蜥蜴もどんどん加速していく。

 まぁ、色々削り飛ばしてるからな。

 そりゃこっちの様子見たら、多少無理してでもスピード引き上げなきゃ死ぬってわかるわな。


 だけどどれほど加速しようと、あんな丁寧な動きでちょいちょい障害物躱してる時点で俺を振りきれると思ってんのかぁ!


「キシシィッ!」


 黒蜥蜴が鳴くと、黄土色の石礫が飛んでくる。


 来た! 〖クレイガン〗だ!


 目前の岩を回避するタイミングで使ってきやがった。

 どこに撃つかは絞れなくても、いつ撃つかは決められるからな。


 恐らく〖転がる〗と〖クレイガン〗を併用したのは前回が初めてだったのだろう。

 さっきよりずっと数が多い上に速い。


 完全回避は不可!

 俺は石礫の数が少なく、威力がなるべく弱いところへと飛び込む。


 なるべくマシな部分を選んだが、それでも威力はなかなか大したものだ。

 身体中に砂の弾丸を受け、危うく止まっちまうところだった。

 だが最初から当たると覚悟していた分、踏ん張れる。

 もっともかなり減速はしたが、止まりはしなかった。

 すぐさまフル回転し、遅れた分を取り戻す。


 待ちやがれクソ野郎がぁっ!!

 そんなもんで俺を止められると思ったかぁ!!



 ピンボールの暴れ玉が如く勢いで木々を薙ぎ倒しながら黒蜥蜴を追う。

 実際コレ、かなりHP削られてると思う。

 今はそんな余裕ねぇってのもあるけど、確認するのが怖い。


 そうこうしている間に、黒蜥蜴の向こう側に崖が広がっているのが見えてきた。


 遂にここまで来てしまったか。

 崖までに追い付いて跳ね飛ばすくらいのつもりで走っていたが、ここまで誘導で来たのならそれはそれで構わない。


 崖沿いに走るために大きくカーブする、その瞬間をブッ飛ばしてやる!


 とはいえ、黒蜥蜴もカーブ時を狙われることは考えているはずだ。

 また〖クレイガン〗を撃ってくるはずだ。

 それを凌げば、俺の勝ちだ。


 黒蜥蜴だって、走りながらの〖クレイガン〗はどうしたって走ることに集中できなくなる。

 実際、一回目のときも二回目のときも大きく減速していた。


 つまり黒蜥蜴は〖クレイガン〗による妨害に失敗すれば、集中力の分散と急カーブが重なり、大きな隙を作ることになる。

 それを狙わない手はない。


 カーブに備えて、〖クレイガン〗に備えて、黒蜥蜴の回転速度が落ちて行く。


「キシシシシィッ!」


 くるっ! これを回避すれば、俺の勝ちだ!


 飛んでくる無数の石礫。

 俺は速度を一気に上げ、小さな坂になっている地面を利用し、宙に飛ぶ。

 回転を弱めながら翼を広げ、首を下に垂らして背後に〖ベビーブレス〗を思いっ切り吐き出す。

 その勢いで加速しながら再度空中で急回転しながら地面に到達。


 無理な体勢から〖ベビーブレス〗を撃ったので腹に火傷を負ったが、回避とブレスの加速を同時にこなすことができた。


 ただ、ブレス加速のせいで制御ができない。

 速すぎて周囲の情報がまったく得られない。

 ちょっと方向を逸らそうとしたらそのまま真横に行ってしまいそうだ。


 これ、黒蜥蜴に当たるか?

 ええい、ここまで来たら神頼みだ。当たれ!


「キジビィッ!」


 思いっ切り黒蜥蜴に激突し、その反動で互いの〖転がる〗が解ける。

 俺は地ベタへ叩き付けられ、逆に黒蜥蜴は宙に飛んだ。


 俺は地面に腹這いになりながら、引き摺られるように地の上に滑る。

 火傷した腹に摩擦が掛かって滅茶苦茶痛い。


 へ、へへ……でも、やってやったぞ。

 後は黒蜥蜴を捕獲して解毒させるだけだ。


 ばっと黒蜥蜴の方へと目をやる。

 宙に投げ出された黒蜥蜴は綺麗な放物線を描き、崖へと飛んでいくところだった。


「キ、キシィッ!」


 甲高い声で鳴き、黒蜥蜴が宙でもがく。


 俺の特効薬!

 ふざんけんじゃねぇぞ、てめっ、あんだけ色々やらせといて!

 このまま落下死されたら俺の片腕が死んじゃうんだけど!?



 体力を振り絞って〖転がる〗で全力疾走し、崖淵で身体を弾ませて宙へと飛び、翼を広げる。


 途中で黒蜥蜴をキャッチし、落とさないよう抱え込む。

 無事に反対側の崖で着地。

 ただ身体が疲労していたせいで足許が安定せず、黒蜥蜴を強く抱きしめながらその場に倒れ込むこととなった。


 毒が回らないよう、草で縛り上げていた腕を地面に叩き付ける形になってしまった。

 元々〖転がる〗の向かい風で擦りきれる寸前だった草の縄が、呆気なく千切れてしまった。


「アガァッ!」


 超痛い! 死ぬ!

 パンっパンに腫れてた腕が! 何かが潰れた! 俺の腕の血とも肉ともつかぬ何かか破裂した!


 痛さに耐えかね、俺は黒蜥蜴を手から放す。


 黒蜥蜴は数周転がってから四脚でその場に立ち、悶え苦しむ俺を真っ黒な目で観察する。


 こんな、こんなところで逃がすわけにはいかねぇんだぞ!

 何やってんだ俺は!


 この狡猾な毒姫をひっ捕らえて、俺の解毒をさせねばならんというのに!


 腕が痛い、超痛い!

 立ち上がるのにもうちょっと時間が掛かりそうだし、立ててもすぐには動き回れそうにない。

 ここで逃げられたら、笑い話にもならねぇぞオイ。


 白黒する視界の中、何とか立ち上がる。

 逃げられたかと半ば諦めを覚えながら見渡すと、黒蜥蜴は俺をまだじっと観察していた。


 逃げないのか?

 ひょっとして俺の苦しみ様を見て、勝てる相手だと踏んだのか?


 だったら好都合だ。

 俺だってフラフラだけど、蜥蜴の一体くらい捕まえてやんよ。

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