第42話

 俺は無事な方の腕で頭を押さえる。

 頭が熱い。

 興奮して走り回って血の廻りが良くなってたところで草縄が解け、毒が身体中へと一気に流れ込んできたのだ。


 だが、それでも弱音を吐いてなどいられない。


 俺は呼吸を整え、興奮しきった心を鎮める。

 気休めだが、多少は毒の周りが遅くなるはずだ。


 ローリングレースの果て、ついに黒蜥蜴との最後の闘いが始まる。


「キシ……」


 小さな声で鳴きながら、真っ黒な目で俺を見つめてくる。

 その姿がだぶって二体に見えてくる。駄目だ、視界が安定しねぇ。

 これ、勝てんのか? 立ってるのも苦しいぞ。 


 とにかく、奴のステータスを確認し、それから手を考えるか。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベネム・プリンセスレチェルタ

状態:流血(小)

Lv :19/35

HP :23/108

MP :50/127

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 効いてるっちゃ効いてるが、予想以上にピンピンしてやがる。

 こっからコイツに俺の治療をするように説得しなきゃならんのだよな。

 捕まえられんのか?

 いや、やるしかねぇ。草の縄が外れた以上、解毒してもらわねば死しかない。


 にしてもコイツ……なんで逃げないんだ?

 俺を捕食するつもりにしても、ここまで来たら一旦距離を取って、俺が毒で動けなくなるまで隠れていればいいんじゃねぇのか?

 今の俺相手だったら無傷で潰せるとでも言いてぇのか?


 俺の疑問に答えるよう、黒蜥蜴が視線をぶつけてくる。


 クソ、舐めやがって。

 後悔させてやんよ。


 まだ奴のMPは半分近く残っている。

 毒攻撃に〖クレイガン〗、まだまだいくらでも仕掛けてこられるはずだ。

 今の俺でやれるのか?


「キシ……キシシィ……」


 黒蜥蜴がゆっくりと俺に近寄ってくる。

 〖ベビーブレス〗で……いや、捕まえねぇと意味がねぇんだろうが!!


 思考がぐるぐるしてくる。

 頭が熱い。身体が熱い。


 奴に飛び掛かり、爪で地面に固定してやるんだ。

 俺ならできる。

 黒蜥蜴は、間違いなく俺を舐め腐っている。

 馬鹿にしたような目で見やがって。竜と蜥蜴の差を叩き込んでやる。



 俺はばっと黒蜥蜴に飛び掛かり、覆い被さる。

 やった!

 向こうは完全に無警戒状態だ。


 もう限界に見えたか?

 へへ、一応俺だって〖毒耐性〗があるんだよ!

 このまま爪で地面に磔にして動けなくしてやる!


 黒蜥蜴へと爪を振りかざし、そしてその瞬間、俺の意識が途絶えた。




 俺は、俺は死んだのか?


 ぼんやりと、滲み出すように森の景色が見えてくる。

 だんだんとそれらの輪郭がはっきりしてくると同時に、意識が鮮明になってくる。


 毒が、感じない?

 まさかまた生まれ変わったのか?


 俺は自分の両腕を確認する。

 鱗に覆われ黒くゴワゴワした堅い腕と、モロに毒をくらった影響でまだ僅かに腫れている腕。

 明らかにこれは俺の腕だ。


 では、なら、これは一体どういうことだ?



 俺の腕に、ひんやりとした何かが触れる。

 慌てて仰け反って触れたものを確認する。黒蜥蜴が、舌を伸ばしながら俺を見上げていた。


 黒蜥蜴が自発的に解毒してくれたというのか?

 一体、なぜだ?

 さっきまで命のやり取りをしていた仲だというのに。


 黒蜥蜴は〖狡猾〗という称号スキルを持っていたはずだ。

 まさか、この状況で俺を生かしておくメリットが何かあるのか?

 コイツは何を企んでいる?


「キシィ……キシ……」


 スリスリと、俺の顔に頬を擦りつけてくる。


 敵意のなさのアピール……というより、親愛表現?


 まだぼうっとする頭で、黒蜥蜴の意図を考える。


 最初に俺が〖毒牙〗を受けて……わざと逃げて誘い出して……ローリングレースになって……跳ね飛ばした黒蜥蜴を抱えて俺が飛んで……。

 そこまで考えて、ピンときた。

 なるほど、そういうことか。いや、そうとしか考えられない。


 毒くらわせてきたのはお前だけど……ま、ありがとよ。

 俺は礼の意味を込め、黒蜥蜴の顎下を触る。


「キュッキュッキュッ! キュウッ!」


 黒蜥蜴は仰向けに転がって顎を撫でやすいようにしながら、気持ちよさそうな声をあげる。


 うりうり、もっと撫でてやるぞ。

 愛い奴め。


「キュウッ! キュウッ!」


 身を捩らせ、甘えるような目で俺を見つめてくる。



 ローリングレースでの熱い闘いの末、黒蜥蜴は俺を友として認めてくれたのだ。

 ここで殺すには惜しい漢だと、そう判断してくれたのだろう。


 俺も少し、似たようなことを考えていた。

 この黒蜥蜴はまだまだ速くなる。ここで芽を摘んでしまって、本当にいいのだろうか、と。

 だからきっと、俺の腕を縛る草の縄が残っていても、この結末は変わらなかっただろう。


 記念すべきローリングレースの一戦目は俺が頂いた。

 また、いつでもリベンジを待ってるぜ、黒蜥蜴よ。



 身体を動かす。

 少し違和感は残っているものの、そこまで心配するようなものではなさそうだ。

 腫れている部分もすぐに治るだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る