第98話

 新天地を海沿いに〖転がる〗で走り始め、もう一時間近く立つ。

 一向に辺りの景色が変わらねぇ。


 ずっと左側が海なのはいいとして、右側も延々と続く砂ばかりの裸の大地だ。

 地質が特殊なのか、気流が悪いせいで海の横だっつうのに雨が降らないのか、ぜんっぜん植物らしきものが生えてねぇ。

 海近くなのに砂漠みたいになってやがる。

 たまに植物が生えていたとしても、サボテンの塊みたいなのがぽつぽつって感じだ。


 サボテンっつうか、緑で針が毛のようにびっしり生えていて、自身の質量に堪えかねてか地を這うように成長している。

 ぶくぶくに肥えた毛虫みたいで、あんまし見ていて気持ちのいいもんじゃねぇ。

 止まってなきゃダークワームの一種と勘違いしちまいそうな外見だ。


 生物もちらほら見かけるが、全身にコブつけた三つ首のラクダだったり、一列に並んでいる赤い巨大な蟻の団体様だったり、はっきり言ってまったく食欲がそそられねぇ。


 俺の四倍以上の全長がある砂色のムカデを見たときは、見つからねぇうちに海に飛び込もうかと思っちまった。

 そうする間もなく、向こうは豹らしきモンスターを追い掛けてどこかへ走っていってくれたわけだが。


 図太く短い無数の足が、砂を散らしながらしゃかしゃかと動く光景はなかなか壮絶だった。

 〖転がる〗を使えばギリギリ逃げきれなくもないような気はするが、素の素早さは間違いなく俺より上だ。


 あの大ムカデ、何ランクモンスターだ?

 B以上は確定だと思うが。

 ここ、森以上に曲者が揃っていやがるな。

 やだ、物凄く帰りたい。

 


 今のところ積極的に食べたいと思える外見の生き物も、安心して眠れる拠点となりそうな場所も見つからねぇ。

 一面平らな更地で、モンスターから身を隠せそうなところはまったくない。

 寝床作るには穴掘って埋まってるしかねぇんじゃないのかこれ。



 更に〖転がる〗で走っていると、岩が大きな円を描くように並べられている光景が多々見えるようになってきた。

 半径5メートルくらいのデカイ円だ。一つや二つじゃなく、何十単位で辺りに配置されている。


 見ていると、気分が悪くなってくる。

 なんだ、あれ。

 ヤバイ生き物の巣だったりしねぇよな。

 引き返した方がいいか?


 〖転がる〗を解除して観察してみると、円の内側にも岩が並べられており、魔法陣のようなものが描かれていることがわかった。

 これ、モンスターじゃなくて人間の仕業だな。


 何のためかと頭を捻り、辺りにほとんどモンスターが見当たらないことに気付く。

 魔除けの効果でもあるのだろうか。


 これだけの数の岩、気軽に動かせるもんじゃねぇ。

 ここまで苦労して魔物避けに必死になるってことは、この先にまた村か何かあるんじゃなかろうか。


 そこまで考えたところで、人里があることに期待を寄せている自分に気付き、俺は首を振って自分を諌める。

 今の俺は、モンスターだ。

 ベビードラゴン時分ならまだ愛嬌はあったが、今の姿じゃ完全に人類の敵だ。

 進化前の説明文を見るに、〖厄病竜〗はかなり畏れられている種類のはずだ。


 村に入らなくとも、近づいたのを見られるだけで大パニックになって向こうの生活を破壊しかねない。

 〖竜鱗粉〗のこともある。


 俺は振り返り、再び丸まって〖転がる〗で来た道を戻る。

 岩の配置されている場所を駆け抜け、少し走ったところで〖転がる〗を解除する。


 未練がましいが、人里の様子だけでも確認しておきたかったのだ。

 魔法陣の道を跨いでこれだけ離れていれば、向こうから俺が見えても、そこまで大騒ぎにはならないだろう。


 俺は地を蹴り、真上に高く飛び上がり、村がありそうな方向へと目線を向ける。


 岩の並んでいる先には更地が続いており、その更に奥には、高い石の壁が見える。壁の向こう側には、いくつもの建物が見えた。


 高さ10メートル以上はあるぞ。

 モンスターを中に入れないためのものか?


 あの岩の魔法陣も、完全じゃあねぇってことだな。

 俺だってちっと不快ってくらいだったし、乗り越えて行くモンスターもいるんだろう。

 

 高さもそうだが、かなりの広さもある。


 あれはもう、村なんて規模じゃねぇな。

 一つの都市だ。


 高い石の壁の向こうに、建物やら派手な旗やらの上部かちらりと見える。

 内側はさぞ賑やかなことだろう。


 俺は地上に降り、反対方向をとぼとぼと歩く。

 目前に広がる一面の更地が、さっきよりもずっと寂しいものに思えてきた。


 ……あんなとこ、見なかった方が良かったかもしれねぇな。

 いやいや、暗くなってどうする。

 俺だって、このままずっと孤独な竜生活を続けるつもりはねぇ。


 〖竜鱗粉〗は進化先によっては消えるはずだ。

 めげずに〖ちっぽけな勇者〗を上げさえすれば、今よりはましな種族になれるはずだ。

 そうなったら、またあの森に帰ることだってできる。


 それに〖人化の術〗のスキルLvも順調に上がってきている。

 今でLv3だ。練習を重ねて後一つ上げれば、それなりに整った人間の姿になれるんじゃなかろうか。

 LvアップしてMP最大値を上げていけば、持続時間も引き伸ばせる。


 〖人化の術〗のMP消費量は、大体一秒につき一程度だ。

 今の最大値が192だから三分ちょっとで空っぽになっちまう。

 だが進化を重ね、MP最大値を600くらいにまで持っていくことができれば、10分人化できる。

 それが現実的な数値かどうかはわからないが、スライムの持っていた〖MP自動回復〗みたいなのがあれば、そこまでMP最大値を引き上げなくとも、かなり持続時間を引き伸ばせるはずだ。


 10分あれば旅人と話をすることだってできるし、あの村に入ってあれからどうなったか様子を見に行くことだってできる。

 そういうことを繰り返している間に、事情の話せる相手もいつかできるかもしれねぇ。


 うしっ、希望が出てきたぞ。

 今後の目的は、MP最大値が高くて禍々しさのねぇドラゴンだな。

 着実に邪竜ルート辿ってる気がするが、まだ何とかなる……と信じたい。

 MPが360000あれば百時間人化できるぞ! 諦めるな、俺!

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