第99話

 あの岩を配置して作られた魔法陣が並んでいる所から離れるため、俺は来た道を戻る。

 拠点を作るにも、余計ないざこざを避けるため、あの都市から遠いところにした方がいいだろう。

 うっかり発見されたら、俺の討伐隊が組まれるかもしれねぇ。


 ……でもあの馬鹿デケェムカデも放置されてるんだし、大丈夫か?

 まぁ、あいつ見たのも結構あの都市からは離れたところだったからな。

 人間から発見されるようなところに住処作ったら、ビビった奴が大勢で攻めてくる可能性は充分にある。


 充分に距離取ったところで穴でも掘ってみるか?

 でも下手にやっても、寝てる間に崩れて生き埋めになりそうだな。


 そもそも俺、暗がりで目が利かねぇしな。

 この辺にヒカリダケが生えてるとは思えねぇし、困ったもんだ。


 地下も洞穴も駄目なら、いっそのこと、どっか高い場所に拠点を作ってみるか?

 つっても、森なら木の上とかありだっただろうけど、ここにはなんもねぇからな。


 まぁ、住処は探しながら考えるとして、食糧の確保を優先するか。

 今まで見た中では、三つ首ラクダが一番まだ喰えそうだな。

 外見はキツイが、大ムカデや赤い蟻や、砂を固めたみたいな巨大なカナブンよりはマシだ。


 そういや、大ムカデに追われてた豹っぽい奴もいたな。

 三つ首ラクダよりあっちのがずっといいか。

 ……しかし、今日見た中だと、食物連鎖の底辺がぶっちぎりであの豹っぽい奴だな。

 なんだこの魔境。


 あんましこの辺に居着かねぇ方がいいかもしれねぇな。

 あの森より数段は危険な匂いがする。Lv上げる分には丁度いいだろうけどもさ。

 まぁ、この辺りのモンスターのステータス一通り調べてから考えるとすっか。



 まず目についたのは、あのぶっとい毛虫みたいなサボテンだ。

 これが喰えるのなら、ここでの生活はかなり楽になる。

 針も細いし、俺の鱗なら通さねぇだろ。


 ヒトクイ花の例もあるし、ひょっとしたらモンスターかもしれねぇと警戒しながら接近し、手を触れる。

 針は曲がり、俺の手には刺さらない。うん、大丈夫そうだな。


 そういやサボテンの花言葉は、枯れない愛だとか聞いたことがあんな。

 貯水機能があって乾燥に強いことが由来何だろうが、洒落た連想だ。

 もっともこっちの世界にも同様の花言葉があるとは思えんし、ぶくぶくに肥大化してるこれには絶対似合わん花言葉だが。

 ……しっかし、なんで前世の名前も覚えてねぇのに、んなことばっかり覚えてんだろ。

 俺、本当に前世で何やってたんだ?


 俺はサボテンに一度触れた手を引き、斜めに振り下ろして一部を切断する。

 すっぱり切れ、砂上にサボテンの破片が落ちる。


 断面から、どろりと白い液体が零れ出てきた。

 液体の中には、粒々した種のようなものも混じっている。

 これ、案外普通に喰えそうだな。

 とりあえず〖ステータス閲覧〗で見てみるか。


【〖カクトゥス・トゥルプーパ:価値C〗】

【特殊な地に咲く植物。この植物が咲く地では、まず他の植物は育たないだろう。】

【水を吸収し、際限なく溜め込む性質がある。そのため、連日雨が降ると枯れてしまう。】

【肥えたその姿から、植物の神の赤ん坊の成れの果てだという神話がある。トゥルプーパは、茨の胎児の意。】

【その性質上、乾燥した地に生えることが多く、水分の多い〖カクトゥス・トゥルプーパ〗は重宝されていることが多い。】

【栄養が豊富で、甘味が強い。だが、地から離すと数日で枯れてしまうため、行商には向かない。】


 なんだよ、まともに喰えそうな食糧あるじゃん。

 ムカデの美味しい食べ方を必死に考えてた俺としては、ちっと肩透かし感がある。いや、助かったことには違いないんだけどもさ。


 つっても、ドラゴンがサボテンばっか喰ってて大丈夫なのか?

 タンパク質取れねぇし、進化先が狂いそうな気するんだけど。

 ま、とりあえずここでは貴重な水分源らしいし、腹いっぱいいただいとくことにしますか。

 海はあるけど、海水なんか飲めるわけねぇし。


 ごつごつしたサボテンに手を置き、断面に歯を立てて中身を喰らう。

 熟し過ぎたパイナップルを水で薄めてアロエを足して、更に粘度を加えましたって感じだな。

 悪くねぇけど、前世で喰ったら腐ってねぇかと邪推しちまいそうな味だ。


 一口喰ったら、どんどん空腹感が増してくる。

 若干麻痺している節のあった飢えが、食欲が復活し、腹の底が早く次を入れろと叫んでいるようだった。

 しばらく何も喰ってなかったはずだもんな。


 中を吸い出してんのも面倒になり、俺はサボテンの分厚い皮ごと齧りつく。

 針が歯茎を傷付け血が滲むが、お構いなしに噛み千切り続ける。

 うん、皮も案外行けるじゃん。人間が真似したらまず死ぬだろうが。


 辺りに断片を喰い散らしつつも、とりあえずは完食。


 いや、喰った喰った。

 でもやっぱしこれ、デザートだな。

 肉が必要だわ。

 あの大ムカデの追ってた豹でも探してみるか?



 そんなことを考えていると、近くにあった砂の山がもこもこと動きだした。

 なんだ、モンスターか?

 砂山は俺の手に乗る程度のサイズだったので、かなり小型のモンスターだろうとは思う。

 思うが、変な毒を持っている可能性も考えられる。


 〖灼熱の息〗で先制攻撃を狙うべきかとも考えたが、とりあえずはここの生物の情報を集めるべきだと考え、後ろに飛んで距離を取ることにした。

 消し炭にしたらステータスを見ることができなくなっちまう。


 飛び掛かってこられても対処できるよう、ブレス攻撃の準備だけしておく。

 ひょっとしたらとんでもねぇスピードで突っかかってきやがるかもしれねぇからな。


 砂山の上が崩れ、中から砂色の何かが頭を出す。


「ぺふっ」


 耳が妙に長い、砂色の兎だった。

 首がなく、丸っこい。

 さっさっと首を振り、周囲を確認している。

 ただ視界が狭いため、120度くらいの範囲しか見えてねぇ。


 頭を出した向きも俺と反対だったため、俺には気付かなかったようだ。

 安堵したように息を吐き、土の中から這い出てくる。


「ぺふっぺふっ!」


 独特な声で鳴きながら身体を震わせ、付着した砂を落としていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る