第100話

 俺の目前に現れたそいつは、ソフトボール程度の大きさをしていた。

 兎……なんだよな。


 身体が丸く、毛深いせいか手足が見えない。

 妙に長い耳をずるずると地に擦りながら、サボテンの破片へと近づいていく。

 動きに合わせ、丸い尻尾がふりふりと左右に動く。


 地中に身を隠して眠っていていたところ、あのサボテンの甘ったるい匂いを嗅いで目を覚ましたらしい。

 まぁ、こんな無害そうなモンスターだと、喰えるもんって植物くらいしかなさそうだもんな。

 ここではその植物すらあの針山しかないわけで、あんな小さい身体ではあの皮を破ることもできないだろう。

 他のモンスターが喰い散らかした後を狙って、サボテンの横に身を隠してたってわけか。

 それにしてはちっと警戒心が薄すぎる気もすっけど。


 とりあえず、ステータス確認だな。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:手乗り玉兎

状態:通常

Lv :2/5

HP :4/4

MP :3/3

攻撃力:1

防御力:2

魔法力:2

素早さ:2

ランク:F-


特性スキル:

〖隠匿:Lv1〗


耐性スキル:

〖飢餓耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖穴を掘る:Lv1〗〖灯火:Lv1〗

〖死んだ振り:Lv1〗


称号スキル:

〖砂漠のアイドル:Lv1〗〖共喰い:Lv1〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 うわ……ひっさしぶりに見たぞ、こんな可愛らしいステータス。

 こんな悪魔の巣窟みたいな砂漠でよく生きてこれたな。


 〖穴を掘る〗くらいスキルなくてもできるだろ。

 〖灯火〗ってこれ、最早攻撃手段となることを放棄してるよな。

 〖死んだ振り〗とか絶対意味ねぇだろ、拾って喰われるだけだぞ。


 まぁ、あれだな。

 こんなに小っちゃかったら腹の足しにもならんもんな。


 地に落ちているサボテンの中身に顔を近づけ、舐めるように食している。

 そういやこいつ、〖飢餓耐性〗持ってんな。

 しかもスキルLv4まで上げてやがる。相当飢えに苦しんで生きてきたらしい。


 闘わなきゃLvは上がらないわけで、食物連鎖の最低辺にはんなことできねぇもんな。

 俺もこの世界に生まれたあの日、ダークワームに立ち向かわず逃げ回ることを選んでいれば、未だに卵だった可能性もあるわけか。

 そうなりゃ、この兎みたいにひたすら〖飢餓耐性〗を強化し続けてたのかもしれねぇな。


 ……でも、ちっとはLv上がってんだよな。

 こいつ、何倒したんだ?

 なんか不穏な称号スキル持ってっけど、飢えに負けて仲間喰い殺してねぇか?


 ……可愛い外見して、なかなかやることはやってるらしい。

 まぁ、追い詰められたらそれくらいあるか、うん。


 肉喰いたかったからちょっと食べてみたい気もするんだけど、なんかこの外見見てると罪悪感がな……。

 腹の足しにならねぇだろうし、放っとくか。



 元々警戒心が薄いのか、腹が減っていて食事に夢中だったからか、背後に立っている俺にはまったく気付かない。

 ホントによくコイツ今まで生きてこれたな。


 玉兎はサボテンの中身を必死に頬ぼって呑み込んだ後、「けほっ」と満足気に息を吐く。

 腹が満たされてからようやく俺の気配を感じたようで、軽く身体をぶるりと震わせ、そぉっと俺の方を振り返る。

 玉兎と、俺の目が合う。


「へぷぅっ!?」


 玉兎は小さく鳴き声を上げ、穴を掘って地中に隠れる。

 穴を掘って……つうか、土被っただけだなコレ。尻出てるし。

 もう何度疑問に思ったかもわかんねぇけど、本当になんで生き残れたのこの子。


 ぽっこり膨らんでいる砂山をまじまじと観察してから、俺は反対方向へと歩き出す。

 別に玉兎をどうにかするつもりはない。

 なんかむしろ、頑張って生き残ってほしい感がある。ああいうモンスターも経験値さえ積めばいつかは進化できるんだろうな。

 いつか進化系も見てみたいところではある。


 でもなんか、あれが大きくなっても喰う気は起こりそうにないな。

 庇護欲がそそられるっつうか。

 いや、でも、それは小さいからこそか。

 でかかったら遠慮なくいただけそうな気がしないでもない。 


 つうか、絶対美味いと思うんだよな、あれが太ったら。

 余裕ができたら養殖とかありなんじゃね。

 見かけグロテスクな食欲そそらないモンスターを玉兎に喰わせて、まるまる太ったところを……なんか、太った頃には本格的に愛着沸いて来て喰えなくなりそうな気が。


 数歩ほど歩いたところで、かさりと背後から音がする。

 おいおい、忍耐力なさすぎだろ。

 俺が背を向けてから、五秒くらいしか経ってねーぞ。


 かさ、かさかさ、かさかさかさかさ。

 


 …………これ、兎の音じゃねぇな。


 俺は振り返る。

 中型犬ほどのサイズをしたサソリが、玉兎の砂山へと近づいているのが見えた。

 なぜ急に現れたのかと思ったが、移動した跡を辿ると、地面に窪みがあるのが確認できた。

 こいつも穴掘って隠れてたのかよ。油断できねぇな、ここ。


 とりあえず、モンスター詳細もらっとくか。


【〖ベビースコーピオン〗:E+ランクモンスター】

【砂を被って身を隠し、獲物の油断を突いて毒針を刺す砂漠の暗殺者。】

【進化途上故に体格が小さいが、だからこそ強敵から身を隠し、確実に弱者を狙うことに長けている。】


 Eランクか、グレーウルフ相応なら警戒する必要もねぇな。

 つーか、おおう。強者から隠れて弱者狙うって、正に今じゃねぇか。

 なんてタイムリー。



 放っておいても良かった。

 つーか、手を出すこと自体、おかしな話なのかもしれねぇ。


 俺は別に、サソリなんて喰う気はない。

 表面固そうだし、虫系なんざ好んで喰いたくねぇし、毒持ちだし。


 玉兎に関わりがあったわけじゃねぇし、別にサソリを喰いたいわけでもなかった。

 なのに、何となくで他の生物の必死の狩りを妨害して片方に肩入れなんか、おこがましいんじゃなかろうかと。


 でも、気が付いたら、つい身体が動いていた。

 身を屈めて近づき、すっと腕を振り下ろす。プチっと音が鳴った。

 俺の爪があっさりと甲殻の背を貫いて地に刺さり、サソリをその場に固定した。

 力なくサソリの手足が震えるように動き、やがて止まった。


【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】


 ……おおう、初めて見たぞこのメッセージ。

 俺も下位とはいえ、Bランクだもんな。そういうこともあるか。

 なんか経験値の入りが悪いと思ったときもあったけど、ランク差で微妙に軽減されてたんかね。


 しかし、喰えない上に経験値にもならんとしたら、本当に無駄な殺生だなコレ。

 ツボガメの一体目を崖底に投げたとき並の罪悪感だ。


 ちっと毒状態になるかもしれんが、我慢して喰うか。耐性つくだろうし。

 それがせめてもの供養だ。


 ベビースコーピオンに襲われかけ、砂山から這い出て逃げようとしていた玉兎が動きを止め、じっと俺を見る。


「ぺふっ」


 もそもそと、玉兎が垂れた耳を引き摺りながら俺に近づいてくる。

 助けてもらったと、そう認識しているようだった。


 一人旅は寂しいし、せっかくだから連れて行くか?

 いや、でも、こいつ守りきれる自信がねぇからな……。


 連れてくからには、守ってやりたい。

 でも俺の行動も大幅に制限されっし、愛着持ってから死なれるとキツい。

 この二点は、ここじゃ致命的だ。

 それに〖竜鱗粉〗のこともある。


 ……かといって置いてったら、こいつ多分喰われるんだろうなぁ。


 どうしようかと悩んでいると、玉兎のスキル、〖穴を掘る〗のことを思い出した。

 玉兎が進化したら、俺が入れるくらいでっけえ地下の隠れ家とか掘れるんじゃねぇのか?


 だとすれば、地下に拠点を作る難点が一つ解消される。

 俺は玉兎のLvを上げて進化させ、玉兎がこの砂漠で満足に暮らしていける手助けをする。

 俺はその代わりに、進化した玉兎に俺の住処を掘ってもらう。


 これなら上手く行けば、〖竜鱗粉〗による病魔の影響が出る前に、互いに利益を出して綺麗に別れることができるかもしれねぇ。


 ……病魔の予兆が出始めたら目標半ばで別れることになるかもしれねぇけど、こればっかりはやって見なきゃわかんねぇんだから仕方ねぇな。

 今まで〖竜鱗粉〗の影響が出た奴を見たことがねぇからわかんねぇんだけど、だからこそ、効果が出るのは結構遅いんじゃねぇかって思ってる。……思いたいだけかもしれねぇが。


 一回敵対したモンスターに〖病魔の息〗をくらわせて、様子窺ったりしてみっかな。

 これもまだ、一回も使ったことねぇわ。

 嫌な予感しかしねぇしあんまり使いたくなかったんだが、避けてもいられねぇよな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る