第491話

「あそこに何かいたようだな。獲物がどこに消えたか、わかるか?」


 ヴォルクが俺へと尋ねる。


『逃げたのは間違いねぇ。幻影じゃあない。空か、地中の可能性も残っている。……この霧の中だと、それなりに近づかねぇと俺でも〖気配感知〗を逃すかもしれねぇ。相手も同じ条件なら、不意打ちは出来ねぇと思うけど……』


「ふむ、特殊なスキルで補っている可能性はあるな」


 ヴォルクが顎に手を当て、頷く。


「魔物が自ら距離を置くときの行動原理はそう多くない。逃走か、卵や子供が襲われることへの警戒か……」


 おお、竜狩りの知恵袋だ。

 さすが百戦錬磨の冒険者は違う、参考になる。


 逃走はひとまず考えないものとしよう。

 卵や子供がいるかもしれない、というのは危険だな。

 アビスの巣みたいになっているのはちょっと勘弁してほしい。


「スキルで自身を強化するなどの準備時間が欲しいのか……仲間と合流する目途があるのか、よほど感知に優れていて不意打ちを目論んでいるか、戦いやすい地形があるか、くらいだな」


 け、結構多い……!

 それに、どれもあんまり想定したくない!


「どのパターンであろうが、先に敵の行動を察知し、対応することが大事だ。敵の戦闘の定石を見破ることができれば、戦闘のペースを敵に取られる危険は大きく下がる」


 一理ある。

 どう仕掛けて来るのか、切り札は何なのか。

 それがわかっていなければ不必要に警戒を強いられ、思い切った行動が取れなくなる。

 その点、俺の〖ステータス閲覧〗は本当にチートだな。

 ……もっとも、前回も今回もまともに直視できていなかったので、真っ当に情報が探れないのが歯がゆいところだ。


 ヴォルクの指示の元、アロ達は俺の後方や左右を補う様に陣形を組んだ。

 俺はアロ達の様子を見守りながら、先へと進む。


 ……因みに、トレントさんは俺のすぐ後ろに張り付いている。

 速度がないので、咄嗟の事態に反応できる可能性が低いためだ。

 致命的に遅いんだよなあ、トレントさん。


 警戒しながら進んでいると、霧の中に肉塊が蹲っているのが見えた。

 異様に長くて関節の数が不揃いな五つの獣の脚に、肥大化した腫瘍の塊、幾つもの裂けた大きな口と、並ぶ不気味な牙。


「ウ、ヴゥ、ヴェ……オヴェェエ……」


 以前にも見たシュブ・ニグラスに違いない。

 肉塊から無数の口が開き、恐ろしい呻き声を上げる。

 俺は本体かどうかを確かめるためにも、すぐさまステータスの確認を行うことにした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:シュブ・ニグラス

状態:通常

Lv :125/125(MAX)

HP :1811/1811

MP :1568/1568

攻撃力:1224

防御力:1534

魔法力:1584

素早さ:1375

ランク:A+


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv8〗〖肉塊鎧:Lv7〗〖土属性:Lv--〗

〖MP自動回復:Lv9〗〖飛行:Lv2〗〖触手:Lv7〗

〖気配感知:Lv9〗〖恐怖の魔眼:Lv6〗〖並列詠唱:Lv--〗


耐性スキル:

〖毒耐性:Lv7〗〖呪い耐性:Lv7〗〖幻影耐性:Lv7〗

〖物理耐性:Lv7〗〖魔法耐性:Lv7〗〖火属性吸収:Lv--〗


通常スキル:

〖病魔の息:Lv7〗〖念話:Lv7〗〖人化の術:Lv8〗

〖クレイ:Lv8〗〖クレイスフィア:Lv8〗〖クレイウォール:Lv8〗

〖ガーデナ―:Lv8〗〖ハイレスト:Lv7〗〖触手鞭:Lv7〗

〖呪禍の爪:Lv6〗〖呪禍の牙:Lv6〗〖グラビティ:Lv7〗

〖仔山羊ノ宴:Lv8〗〖災禍ノ宴:Lv6〗〖収穫ノ宴:Lv7〗


称号スキル:

〖元魔王の配下:Lv--〗〖最終進化者:Lv--〗

〖狂気孕ム黒ノ山羊:Lv--〗〖豊穣の女神:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 俺は警戒心を高める。

 間違いない、奴が本体だ。

 A+、最大レベル……ステータス面だけならば、あのベルゼバブにさえ勝っている。


【〖シュブ・ニグラス〗:A+ランクモンスター】

【知性と戦闘能力に優れた、異形の肉塊の怪物。】

【人の姿を取って飢餓の村に訪れ、正体のわからない肉を振る舞ったり、枯れていた作物を蘇らせたことがあるとされている。】

【そのため一部の国では〖豊穣の女神〗と崇められている。】

【だが、〖シュブ・ニグラス〗の怒りを買ったとされる地は、全ての住人が消え去り、代わりに同じ数の何かの肉塊が残されていたという……。】


 口の中から何かを吐き出していた。

 口から転がり落ちた肉塊から細長い脚が伸び、持ち上がっていく。

 よくよく見てみれば、シュブ・ニグラスの周囲に、同様の肉塊が無数に転がっている。

 霧のせいで数が把握し辛いが……十体以上はいる。

 少し距離を置いたところにも何体か潜んでいるようだった。


 シュブ・ニグラスが一度引いたのは、あの小さい肉塊共と合流するためだったらしい。

 俺は小さい肉塊共のステータスの確認も行った。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:黒キ仔山羊

状態:眷属

Lv :44/75(Lock)

HP :642/666

MP :66/66

攻撃力:111

防御力:111

魔法力:444

素早さ:444

ランク:B-


特性スキル:

〖地属性:Lv--〗〖黒キ焔:Lv--〗〖HP自動減少:Lv--〗

〖スキルレベル固定:Lv--〗〖経験値ゼロ:Lv--〗


耐性スキル:

〖呪い無効:Lv--〗


通常スキル:

〖噛みつく:Lv1〗〖引っ掻く:Lv1〗

〖クレイガン:Lv1〗〖身代わり:Lv1〗


称号スキル:

〖シュブ・ニグラスの眷属:Lv--〗〖最終進化者:Lv--〗

〖スケープゴート:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 な、なんだこの気味の悪いステータスは……。

 こいつもベルゼバブの眷属同様、数が多い上に経験値未所持、か。


 薄っすらとシュブ・ニグラスの戦い方は見えて来た。

 どうやら眷属を囮や攻撃手段にして立ち回るのだろう。


 だが……だったらなぜ、わざわざ動きの遅いクレイガーディアンをお供に引き連れ、自分の武器であるあの化け物達を固めて残し、山の周囲を見回りしていたのか。

 クレイガーディアンを嗾けておいて共闘しなかったところを見るに、まるでこっちを試しているのかの様にも思える。

 それにこいつは〖グリシャ言語〗のスキルレベルも高く、情報を見る限りでは知性もある様に窺える。


『……少し、話がしたい。場合によってはこっちも山を降りてもい……』


 シュブ・ニグラスの前方に土塊が浮かび、球を象っていく。

 離れた位置から俺目掛けて、一直線にそれが射出された。

 奴の魔法スキル〖クレイスフィア〗だ。


 俺は前足を前に突き出す。

 俺を中心に、黒い光が円状に展開された。

 〖グラビティ〗だが、今回はかなり範囲を絞って威力を上げている。

 俺の突き出した前足に到達することなく、〖クレイスフィア〗の土球が地面へと落ち、地中へめり込んだ。


『……〖念話〗に応じるつもりもねぇらしいな』


 〖念話〗も〖グリシャ言語〗も持っているのに会話ができないはずはないのだが、シュブ・ニグラスは答える様子を見せなかった。

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