第492話

 俺はシュブ・ニグラスと奴の眷属である黒キ仔山羊のスキルを確認する。

 初出が多い上に、名称からまるで中身が想像できない。

 シュブ・ニグラスのスキルは〖仔山羊ノ宴〗、〖災禍ノ宴〗、〖収穫ノ宴〗を確認する。


【通常スキル〖仔山羊ノ宴〗】

【自身の口から〖黒キ仔山羊〗を産み出すことができる。】

【ただし、〖黒キ仔山羊〗は継続的に体力が減少するため、何もしなければ一日と経たない間に死に至る。】


 これは大体想像がついていた。

 単に〖黒キ仔山羊〗を生み出すスキルだ。

 奴は〖レスト〗も持っていたので、〖黒キ仔山羊〗の延命も恐らくこれで行って数を増やしていたのだろう。


【通常スキル〖災禍ノ宴〗】

【黒い光を放出する。】

【光を浴びた者は、魔力が低ければ〖黒キ仔山羊〗へと変えられる。】

【範囲を絞ることでスキル対象を広げることが可能となる。】


 ……多分これが、説明にあった村を滅ぼしたスキルだと思われる。

 一番ランクで劣る黒蜥蜴もB級なので対象外になっているとは思いたいが……奴の注意をアロ達に向けさせることは避けるべきだろう。

 赤蟻の巣の様なところがなくてよかった。

 下手したら数百体の〖黒キ仔山羊〗に囲まれることになっていたかもしれない。


【通常スキル〖収穫ノ宴〗】

【自身の周囲に存在する特性スキル〖黒キ焔〗を持つ者か、自身のスキルによって〖呪い〗の状態異常を付与した者に対して発動することができる。】

【内側から激しく燃え上がらせることができる。】


 ……これはまた面倒臭そうなスキルが出て来やがった。

 さっき確認した黒キ仔山羊は特性スキル〖黒キ焔〗を保有していた。

 黒キ仔山羊自身のステータスはさほど高くないが、纏わりつかれたうえで〖収穫ノ宴〗で着火されれば、俺に対してもダメージを通してくるかもしれない。

 なるほど、そういう戦い方を仕掛けて来るのか。


 続いて黒キ仔山羊のスキル、〖身代わり〗を確認する。


【通常スキル〖身代わり〗】

【近くにいる主がダメージを受ける際に、自身がそのダメージを肩代わりすることができる。】


 ……これが一番厄介かもしれねぇな。

 シュブ・ニグラスの攻撃力の高さと素早さは今の俺でも侮っては掛かれない。

 なのに、あの周囲を這い回っている黒キ仔山羊の数だけ攻撃を無効化できると考えると、さすがにしんどいことになる。


 ウロボロスだった俺にはわかる。

 黒キ仔山羊の数に余裕がある間は、シュブ・ニグラスは相打ち覚悟での強引な攻撃ができる。


 ……まさかここに来て、こんなしんどい敵が出て来るとは思わなかった。

 先に眷属全員を始末して回るしかない。

 しかも〖身代わり〗の近くがどの程度の範囲を示しているのかもわからない。

 逃げ回られたら、潰すのは困難になる。いや、既に眷属の仔山羊共は散らばりかけている。


『……周りの小さいのがいる限り、本体にはまともにダメージが通りそうにねぇ。一応色々試してはみるが……どっちにしろ、あいつの手下をなるべく減らしてほしい。ヴォルク達は、別れて散った奴らを中心に狙ってもらっていいか? あの本体は、それまで俺が抑える』


「わかった、周囲の奴らは引き受けよう。口惜しいことだが、我ではあの中央の怪物に敵いそうにない」


 ヴォルクが目を細め、シュブ・ニグラスを睨む。

 奴のヤバさがわかるらしい。

 ……あの肉塊は、竜王エルディアや魔王スライムよりも強い。

 この世界がゲームなら完全に裏ボス枠の存在だ。

 単純な強さだけなら、聖女より遥かに危険だ。


『周りの奴はそれほど強くねぇ、トロル・マンドラゴラより速いが、攻撃手段は〖クレイガン〗だけだ。それ以外は無視できる。ただ、本体の近くにいる間は突然燃え上がる可能性がある』


「少々物足りんな。少し、我儘を言わせてもらっていいか?」


『ん?』


 意外な発言だった。

 このタイミングで、ヴォルクが私欲を出す様な面があっただろうか?


「念のため、レチェルタとトレントが致命傷を受けないための補佐が必要だ。だが、今回、我は単独で動きたい」


 ヴォルクが黄金剣を振るう。

 ああ、存分に使ってみたいのね……。


 俺はちらりとアロ達を見る。

 アトラナートは腕を組んで興味なさげにしているばかりで反応がなかったが、アロと黒蜥蜴、トレントさんは頷いていた。

 問題ねぇな、うん。


「ならば、アロと黒蜥蜴の組み合わせがいいであろう」


 アロと黒蜥蜴が、ぴくりと身を震えさせる。

 それからお互い納得いかなさそうな顔で目を合わせていた。

 ……な、仲が悪いってほどじゃあなさそうなんだけど、お互い苦手なんだろうか。


 トレントさんがアロと黒蜥蜴を見守っていた。

 表情はいつもと変わらないが、どこか微笑まし気に思える。


 トレントさんよ、自分が必然的にアトラナートと組むってことを忘れてないか?

 俺がトレントへと投げかけると、アトラナートが先に反応した。


「……ッ!? ナゼ!」


 アトラナートが遅れて非難の視線をヴォルクに送る。

 そんなにトレントさんがダメか!? トレントさんの何がそんなにダメだというんだ!!


 だが、ヴォルクは既に前へと跳び出していた。

 俺も続けて出なければ、シュブ・ニグラスがヴォルクを標的にしかねない。


 ヴォルクの考えを確認せずに勝手に組み合わせを変えるのは気が進まない。

 悪いが、今回はそれで行ってくれ。

 つーか、もうちょっと仲良くなってくれ。


 トレントも困惑気に幹を左右に振っていたが、アトラナートに睨まれるとピンと幹を張る。

 ……トレントさん、B+になったときには下克上かましそうな雰囲気だったのに、また元の関係に戻っちまったな。


 大丈夫だ、トレントさん。

 トレントさんにはまだ進化の余地がある。

 次に進化したときにはL+級になって、アトラナートどころか俺を顎で使ってくれると信じているぞ。


 ……さて、俺はアロ達が身代わり山羊を減らしてくれてる間に、本体を引き付け続けないとな。

 それに一回ダメージを与えれば、一体は殺すことができる。

 引き付けながら、数を減らさせてもらうこととしよう。


「オォ、オォオオオオオオォオ……」


 シュブ・ニグラスの無数の口が声を漏らす。

 奴の周囲に、二つの土塊の球が浮かび上がる。

 二発同時の〖クレイスフィア〗……奴も、そろそろ仕掛けてくるつもりらしい。

 周囲を這い回っていた黒キ仔山羊も、こちらへと接近し始める。


 まずは一気に間引かせてもらおうじゃねぇか!

 俺は前足で周囲を薙ぎ払い、〖次元爪〗を最大範囲で放った。

 地面に巨大な一閃が入り、延長線上にいた四体の黒キ仔山羊共の身体が裂け、緑の血を飛ばした。


 シュブ・ニグラスにも当たった。

 奴の巨体が揺れ、周囲に浮かべていた二発の〖クレイスフィア〗が消失した。

 身代わりになったらしい横にいた黒キ仔山羊が、全身から緑の血を放出して爆ぜた。


 シュブ・ニグラスが、不気味な走りで俺へと向かって来る。

 今の技を連発されたらまずいと踏んだのだろう。

 A+級の最高レベル、さすがに足が速い。

 俺も奴を迎え討つべく、前へと出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る