第493話

 シュブ・ニグラスが、俺と衝突する前に自身の左右に魔法陣を浮かべる。


「オォ、オオォオオオオオオ……」


 無数の口から放たれるおぞましい鳴き声と共に、二つの土塊の球が生じる。

 〖クレイスフィア〗のスキル……それも、〖並列詠唱〗のスキルで数を増やしている。

 奴の魔法力の高さは、この地でも他の魔物共より一回り高い。

 俺でも安易に受けるわけにはいかない。

 

 ここは、〖ミラーカウンター〗を使っておくか。

 元々リリクシーラ戦の前に試しておきたいスキルだった。


 俺の前に光の壁が生じる。

 土の球体が光の壁に触れ、シュブ・ニグラスへと照準を合わせて戻っていく。

 こりゃいい、魔弾系スキルを完封できるぞ。

 最初からスキルレベルが最高クラスだったので使いやすいのもありがたい。

 ただ、どこまでのスキルに対応できるのかが少し不安なところだが……。


 俺は腕を振り上げる。

 このまま続けてシュブ・ニグラスへと〖次元爪〗を放ってやるつもりだった。

 だが、シュブ・ニグラスは俺が反射した〖クレイスフィア〗を無視し、肉塊から触手を俺へと弾き出す。

 ……どうせ仔山羊にダメージが流れるから、被弾ガン無視で突っ込んでくる気だな。


 俺は〖触手鞭〗を前脚で直接穿った、はずだった。

 だが、触手は千切れなかった。

 代わりに近くにいた仔山羊の身体が緑の血を飛ばして爆散し、臓物を散らした。

 軌道は俺から逸れたが……触手も無敵状態になってんのなら、ちょっと分が悪いぞ。


「オォォォオオオオ!」


 シュブ・ニグラスの大量の口から黒い霧が漏れ始める。

 これは奴のスキル〖病魔の息〗だ。


 塞がった視界の中から無数の触手が伸びる。

 ……目晦ましとして使いやがるのか、なるほど。


 視界を潰してからの無差別攻撃は悪くない手だ。

 だが、俺にも〖グラビティ〗があるんでな!


「グゥオオオオオオオッ!」


 俺を中心に黒い光が広がり、シュブ・ニグラスの触手が地面へと垂れる。

 勢いの落ちた触手を爪で掴み、力を込めて握った。

 これでまた一体、奴の仔羊が潰れたはずだ。


 〖病魔の息〗が薄れる。

 俺の周囲を囲む様に、黒い肉塊……奴の眷属、黒キ仔山羊が配置されていた。

 な、なんでだ!?

 奴らのステータスは低い。

 俺の〖グラビティ〗の中を自在に動き回ることができるはずがないのだ。


 遅れて理解する。

 恐らく、シュブ・ニグラスが触手伝いに仔山羊を放ったのだ。

 眷属のステータスは低いが、こうして俺を囲んだという事は、狙いは一つだろう。


「オォォオオ、オォオオオオオオオ!」


 シュブ・ニグラスが鳴き声を上げる。

 俺の周囲の黒キ仔山羊が、黒い炎を纏って燃え始める。


「ベメェェェエェエ!」「メガァアアアア!」


 仔山羊共が断末魔を上げる。

 山羊要素が足の形状くらいしかなかったが、鳴き声は不思議と山羊に似ていた。

 来やがった! 奴のスキル、〖収穫ノ宴〗だ!


 い、いや、落ち着け、こんなときこそ〖ミラーカウンター〗がある!


「グゥオオオオッ!」


 俺が声を上げる。

 魔法陣が広がり、光の壁が俺を包んだ。

 へっへ、これなら反射はできないが、防御はでき……。


 〖ミラーカウンター〗の障壁が割れる。

 目前までシュブ・ニグラスが迫ってきていた。

 光の障壁が消え始めていく。

 黒い炎が雪崩れ込んできた。


 こ、こんな炎の中突っ込んできたら、眷属を大量消耗するぞ!

 い、いや、違う。そ、そうか、奴には〖炎属性吸収〗があった!

 自分で山羊を焼いて回復ができるのか!


 俺の首元にシュブ・ニグラスが喰らいついた。

 また別の口が、肩へと喰らいつく。


 身体に激痛が走る。

 肉が抉れる。奴の唾液と合わさった血が零れる。


 少しの間、忘れていた感覚だった。

 死へと繋がりかねない、恐怖を伴った痛みだ。

 黒い猛炎と、奴の牙が、俺のHPをがんがん削っていく。


「グゥ、グゥオオオオオオオッ!」


 俺は奴の身体を大振りで殴った。

 だが、肉塊ががくんと大きく揺れただけで、牙を俺から放す気配がない。

 ダ、ダメージが伝わらねぇから、ちょっとやそっとじゃ剝がれねぇのか!?

 こっ、こんなもん、噛まれたら対処不可能じゃねぇか!


 い、いや、まだ手はある!

 俺は身体を持ち上げ、奴の図体を浮かせた。

 そして地面を蹴って宙へ跳ぶ。


「オ、オォオオ……?」 


 そのまま〖竜の鏡〗で、自分の身体を変形させる!

 一時的に〖ベビードラゴン〗の姿へと変わったのだ。

 奴の牙が、宙を喰らった。

 状況を理解できていないらしく、動きが止まっていた。


 俺は即座にエルディアの種族である〖ディアボロス〗へと変わった。

 俺の知る中で、最も大きいドラゴンである。

 ステータスは【攻撃力:3462(2770)】となっていた。

 なるほど、〖竜の鏡〗でステータス変動があるのは知っていたが、大小で半減から二割強程度のステータス変化があるようだ。

 巨大化は燃費が悪いのであまり使えそうにないが、ここぞという場面では必要になる時もあるかもしれない。


「グゥオオオオオオオオオッ!」


 俺は宙に浮いたシュブ・ニグラスを殴り飛ばした。

 ダメージは無効化できても、支えのない空中では吹き飛ぶしかない。

 肉塊が斜めから地面に落下し、身体で大地を削っていく。

 俺は〖竜の鏡〗を解除しつつ猛炎から離れ、奴から受けたダメージを〖自己再生〗で回復する。


 一度、奴から距離を取りたかった。

 もっとも奴のターゲットがアロ達に向くのは危険なのですぐさま追撃は仕掛けるが、一度体勢を整えたかったのだ。

 それにあの方向は奴の眷属山羊共がいないので、急に着火される心配はない。

 どうせまた寄ってくるのだろうが、しばらくの間時間は稼げるはずだ。


 それにもう一つ、試しておきたいことがあった。

 奴の戦闘パターンを知るためにも正面からぶつかったが、俺の考えていたことがあった。

 もしかしたら勇者の称号スキルのレベル最大で覚えた〖闇払う一閃〗ならば、眷属山羊の〖身代わり〗を貫通できるかもしれない。

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