第141話

 俺は石礫を受けた痛みに堪えながら、突き出した肩を引いて体勢を整える。

 焦るな、俺。

 今の〖クレイ〗と〖クレイガン〗で、二体の赤蟻はほとんどのMPを吐き出しちまってるはずだ。

 もう〖自己再生〗の余力はないはずだ。

 二対一だから均衡しているが、どっちかを優先的に叩き潰せばそれだけでほとんど勝敗が決まる。


「クチャッ!」「クチャッ!」


 二体並んでいた赤蟻が、また前後に分かれる。

 さっき俺が対処しきったにも関わらず、相変わらず前回と同じフォーメーションだ。


 一回駄目だったもんが通用すると思ってんのか?

 それともこの陣形が赤蟻の基本戦略なのか?

 片方やられたら終わりだっつうのに、よく一体を囮にするような策を取ってくるな。


 とはいえ、このステ差だと一発もらってこっちの体勢が崩れた隙に畳み掛けられたら普通にキツいからな。

 なんで蟻がCランクなんだよ。

 リトルロックドラゴンが二体同時に走ってくるようなもんだ。

 この砂漠、いくらなんでも地獄過ぎんだろ。


 俺は前方の赤蟻へと意識を集中する。

 とにかく、前の奴を優先的に倒す。

 一体倒せば俺の勝ちだ。


 尻尾を横薙ぎに振るい、赤蟻の顔面へと打ち込む。


「グヂッ!」


 赤蟻は口を限界まで開き、俺の尻尾に喰らいつく。

 狙い通りだ。

 尻尾でブッ飛ばすよりも、こうやって喰らいついてくれた方が今はありがたい。

 確実に仕留めておきたいからな。

 俺は尾を持ち上げ赤蟻の身体を宙に留め、首と蟻特有の腹部のくびれをがっちりと握り潰す。

 

「グヂャッ!」


 赤蟻は爪の痛みに堪えかねて口を緩め、俺の尻尾を解放する。

 俺はなおも爪を突き立てたまま放さず、赤蟻の首許へと思いっきり噛みついてやった。


「グヂャッ! グヂャァッ!」


 赤蟻は苦し気に呻き、手足をもがかせる。

 本当にタフだな。

 でもかなりダメージは入ったはずだ、このまま噛み殺してやる。


 相棒の窮地を見て、もう片方の赤蟻が大急ぎで俺へと接近して来る。

 左側から回り込むように駆けてきて、そのまま俺の横っ腹へと飛び掛かってくる。


 ここは狭いので、横に避ける幅はない。

 ちょっと後ろに退いたって、この体勢からでは回避しきれない。

 普通に考えれば、俺が今両腕で掴んでいる方の赤蟻を放り投げ、二体目の突進への防御や迎撃に徹するのが定石だろう。


 が、それではキリがない。

 ここで確実に一体退場させておく。ちょっとくらいのダメージならもらってやる。

 二体掛かりで連続攻撃くらったらマズイが、一体からちょっと噛まれるくらいなら大丈夫だろう。

 いける、俺なら耐えきれる。


 俺は突っ込んでくる二体目をガン無視し、捕らえている赤蟻の首許へと再度喰らいつく。

 牙が赤蟻の首許に綺麗に喰い込む。このまま首を喰い千切ってやんよ。


 二体目は俺にシカトされたことが予想外だったらしく、一瞬動きを止めた。

 無感情なはずの虫の目が妙に感情的に見え、「え、マジで?」とでも俺に問い掛けてくるかのようだった。

 だが、それも一瞬のこと。

 二体目の赤蟻はすぐさま冷静になり、俺の腹へと飛びついてがっちりと歯を喰い込ませる。


「グゥ……」


 痛い。痛いが、HPはまだ持つはずだ。

 このまま堪えて一体目の赤蟻が潰し終わってから、二体目の赤蟻をゆっくりと引き剥がして倒せばいい。


 俺は痛みに堪えるために歯を喰いしばる。

 そのことが幸いし、牙がより深く赤蟻の体内へと刺さる。

 牙を突き刺しているところから、だらだらと透明な液体が流れ出てくる。

 まるで溢れてきているようだ。

 つーかやっぱり体液、透明色なんだな。


 余談ではあるが、蟻は関節部に気門があり、そこから酸素を取り入れて各部位に送り込むことができるため、赤血球が必要ない。そのため体液が透明色であるらしい。

 誰から聞いたのかは思い出せないが、漠然と知識として頭に残っている。

 なんか偉そうに講釈垂れられたような気がすんだけど……ひょっとして、俺の前世の知人で虫が好きな奴でもいたんだろうか。


 俺はしっかりと赤蟻へ噛みついたまま、爪を喰い込ませた手を遠ざけて赤蟻を引っ張る。

 千切れろっ! 千切れろっ!

 そろそろくたばりやがれっ!


「グヂャヂャヂァッ!」


 赤蟻が金切り声を上げて足をバタつかせる。


「アァ……」


 そしてついに、急に活発になっていた手足の活動を停止させる。

 うっしゃ、やったか!


【経験値を432得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を432得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが36から39へと上がりました。】


 シャアッ!

 経験値うめぇ! さすがCランク!

 確か最大がLv75だったから……ようやく半分超えたってところか。


 と、喜んでる場合じゃねぇな。

 腹に噛みついてやがる奴を早くなんとかしねぇと。

 赤蟻の亡骸を地に落とし、腹部に噛みついている赤蟻の背に爪を突き刺す。

 噛みつきが甘くなった隙を狙い、〖転がる〗で赤蟻を巻き込んだまま三回転してから急停止し、赤蟻を前方へと弾き飛ばす。


「グヂャァッ!」


 弾き出された赤蟻は天井に背を打ち付けてから床に落ちる。

 俺は再び〖転がる〗を使い、仰向けになっている赤蟻の上を容赦なく通過する。


「ヴァッ!」


 短い悲鳴を残し、二体目の赤蟻が力尽きる。


【経験値を432得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を432得ました。】

【〖厄病竜〗のLvが39から42へと上がりました。】


 俺は〖転がる〗を解除し、立ち上がる。

 ふう……なんとか勝ったが、腹のダメージが結構キツイな。


【特性スキル〖竜鱗粉〗のLvが4から5へと上がりました。】


 あっ、それも上がっちゃうの……。


「ぺふっぺふっ!」


 後ろから玉兎が近付いて来て、〖レスト〗を掛けてくれた。

 ステ差のせいかなかなか効かなかったが、三発掛けてもらったところで腹の傷口が塞がり始める。


 ありがとよ玉兎。

 でも〖念話〗の分も残しといてくれよ。


「ぺふっ!」


 つーか玉兎って〖クリーン〗による浄化ができて、回復魔法も持ってて、その上〖念話〗までできるんだよな。

 後、〖体内収集〗で今もニーナ運んでるし。

 コイツ、最初はただの大飯喰らいだと思ってたが、意外と有能だな。

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