第413話

 ローグハイルの本体が這い回り、俺から距離を取った。


『ふー、ふー……少々、今のは危うかったの。ギガントに助けられたわい』


 ローグハイルの身体中の目が瞬き、蠢き、俺を観察する。

 気色の悪い視線だ。


 ギガントスライムが動いている限り、他の奴と乱戦になった時点で横槍を入れられる。

 だが、ギガントスライムから片付けようとこちらから向かえば、相手のトロルとローグハイルの分身体に囲まれる。


 俺としては、速度の利を活かし、トロルとローグハイルの分身体を削っていきたいところだが……それは、ローグハイルの策に掛かって戦うことになる。

 ローグハイルの目的は俺の消耗だ。

 ちまちまと戦わせて、HPとMPを削り切るつもりだろう。


 ここは、賭けに出てでも、ローグハイルかギガントスライムの、どちらかを落とすしかない。

 あまり使ったことのあるスキルではないが、ギガントスライムには〖デス〗が通るかもしれない。

 ギガントスライムは魔力の値がA-ランクにしてはかなり低い。


『ツッテモ、アレアンマリ射程ネェゾ? ドノ道、近ヅカナキャナンネェ』


 あのタフそうな野郎相手に、チマチマ殴って体力削るよりはマシだろう。

 片方が落ちれば、一気に楽になる。多少ダメージを負ってでもゴリ押しする意味はあるはずだ。


 先にローグハイルを叩き潰せれば話が速いのだが、あの爺はギガントスライムとトロルを嗾けた後は、完全に安全地帯からの挑発と妨害に専念している。

 あそこまで思い切って引きこもっている奴を叩くのは難しい。


 後に魔王との連戦になる可能性がまだある以上、MPを消耗させられるのは致命的なのだが、ローグハイルの周囲から一つ一つ潰していくしかない。

 敵を撒いて逃げ回るローグハイルを今追い掛けても、捕えきれない上に、こちらが何度も隙を晒すことになる。


 ギガントスライムは移動は遅く、モーションも大きいが、一度攻撃に入ってからの触手の加速の伸びは要注意だ。

 とんでもリーチの鞭の先端だ、遅いわけがない。

 デカイってのはそれだけで脅威だと、改めて教えてくれた。


 ……ん?

 あれ、ひょっとしてこれ、行けるんじゃねぇのか?

 〖神の声〗の説明では、ギガントスライムは無差別攻撃する分別のない化け物だったはずだ。

 上手く調教したのか、魔王という立場のなせる技なのか、ギガントスライムは今はローグハイルに従うだけの知能は持っているらしい。

 だが、その行動は時折俺をぶん殴るだけで、あまり理知的には見えない。

 上手くいけば、利用できるかもしれない。


 俺は周囲を見回し、俺とギガントスライム、ローグハイル、分身体とトロルの全体の位置関係を把握する。

 ……賭けにはなるが、相手の手のひらの上で動くよりは、ずっといいはずだ。


 俺は首を曲げて〖転がる〗を使い、一気にギガントスライムの許へと向かった。

 三体のトロルと四体のローグハイル分身体が、陣形を組みながら俺を追う。


『さて、別に儂は、五体までしか〖ドッペルゲンガー〗を使えないわけではなくての……』


 ローグハイルの不気味なスライム体が膨張し、ブチブチと音を立てて分離する。

 また〖ドッペルゲンガー〗による新たな分身体が四体生成された。

 これでローグハイルの分身体は五体から一体潰れ、四体増えての八体になった。

 本当に切りがねぇ。


『ヒョヒョヒョヒョ! どうだ? 驚いたかの? ここまでわざわざ足を運んだ時点で、貴殿に勝利はない。戦いとは、戦う前に結果が出るものなのだよ』


 目玉だらけの異次元ナメクジが固まっている様は、あまりに醜悪だった。

 何度見ても慣れそうにない。

 ローグハイルの本体が下がり、新たに生み出された四体の分身体が俺へと迫ってくる。


『ウゲェ……ナンダアイツ、切リガネェ、無敵ジャネェカ。先ニアイツドウニカシネェト、話ニナンネェゾ』


 相方がゲンナリしたように言う。

 聖なる剣でも森の畏れ神でも美味しくいただきかねない相方の悪食も、アビスとローグハイルは無理らしい。


 だが、ローグハイルの〖ドッペルゲンガー〗が無敵だというのは間違いだ。

 むしろあいつが使えば使うほど、あのスキルの弱点が見えて来る。


 〖ドッペルゲンガー〗の分身体は、各個体の維持にも恒常的にMPを消耗する。

 それはローグハイルのステータスを定期的にチェックしていれば、自動MP回復量の微妙な揺れ幅から薄っすらと察することができる。

 それにそうでないのなら、事前に分身体のストックを作って溜めて置いておいた方がいいに決まっている。


 敵を前にした状態で、HPとMPを削る〖ドッペルゲンガー〗を行うのは、ローグハイルにとっても好ましくないはずだ。

 さっきまでは連発せずに回数を押さえてたのに、俺がギガントスライムに直進するのを見るなり〖ドッペルゲンガー〗を補充した。


 高みの見物を決め込んでいる間に、失くした分のMPを回復する予定だろう。


 追加された四体のローグハイルが、壁を這って全速力で俺を追い掛けてくる。


 生成だけして、自身の護衛は残さなかった、か。

 いや、この距離ならば、敵の不審な行動を感じ取った後に、近い分身を呼び戻せば問題ない、と考えているのかもしれない。

 

 俺は転がりながら地面を蹴り、方向を換えてギガントスライムを回り込む様に走る。


『やれ、ギガントよ!』


 ローグハイルの命令が聞こえて来る。

 ギガントスライムが、巨大な触手を持ち上げる。


 回避している間に他の魔物達に追いつかれて囲まれる、イヤなタイミングだ。

 だったら、当たってやっちまえばいい。

 逆転の発想だ。

 受けるのに専念しておけば、被ダメージも抑えられる。


 ギガントスライムの触手が振るわれる。

 俺は地面を蹴って跳び上がり、まだ初速の乗っていないギガントスライムの触手の頭へと飛びつき、爪を立てた。


 次の瞬間、俺を乗せたまま、豪速でギガントスライムの触手が伸びていく。

 この延長線上にはローグハイルがいる。

 俺がギガントスライムを回り込み、この方角に誘導した。

 今、ローグハイルは〖ドッペルゲンガー〗を連打して体力をすり減らした上に、せっかく生み出した分身体を俺の許へと送り込み、本体は無防備となっている。


 俺は触手を蹴って離脱し、地面へと降り立った。

 触手が壁に当たり、金属製の壁を大きくへこませ、地下全体を揺らす。

 触手は巻き取られる様に、ギガントスライムの許へとするすると戻っていった。


『バ、バカな、ギガントの触手を、移動手段に用いただと……!?』


 俺の目前で、ローグハイルが狼狽える。

 即座にローグハイルの分身がこちらへ方向を移すが、まず間に合うまい。

 


『〖聖柱〗、〖聖柱〗!』


 二本の青い金属の柱が、俺目掛けて迫ってくる。

 俺は力いっぱい前足を振るい、払い飛ばす。

 柱は俺のすぐ横へと刺さった。


 次の奴の動きは予想がつく。

 俺は姿勢を屈め、翼を張った。


『な、ならば、〖ドッペルゲンガー〗!』


 ローグハイルの身体が後退しながらブチブチと引き千切れ、膨張し、五体のローグハイルが生み出された。

 俺は翼を羽搏かせ、送り出した風を腕を伝わせ、前脚の爪先から打ち出す。

 〖鎌鼬〗のスキル、四連打だ。

 ローグハイルの分身が、わっと散って回避に動く。

 だが、うち二体のローグハイルの分身を風の刃が叩きのめす。


 分身体は身体が折れ曲がり、ドロドロに溶けて消失する。


 随分と、使い渋っていた〖ドッペルゲンガー〗を、敵前目前で連発するんだな。

 それだけ後がもうないってことだろ?

 そろそろ終わりにさせてもらうぞ、ローグハイル。


『……安全策が、裏目に出たかの。できれば魔王様に経験値として献上したかったが、殺してしまっても仕方あるまい』

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