第52話 side:メルティア
「え~メルティア様、Cの依頼取って大丈夫なんですかぁ? 他のメンバーとは入れ違いになっちゃいましたしぃ、今日お供するのはユノちゃんだけなんですよぉ?」
依頼書を受け取って戻ってきた私に対し、ユノがいつも通りの締まりない声で文句を言ってくる。
ユノは〖カニス・ヒューマ〗、つまりは犬の獣人だ。
国によっては差別の対象になるらしいが、私には犬耳と尻尾がくっついているだけの〖アース・ヒューマ〗にしかみえない。
価値観の違いについて、ただ理解できないといっても仕方のないことだが。
「逆だ。付き添いがお前だけだと、いざというとき躊躇うことなく逃げられるからな」
「そこまでユノちゃん、足に自信ないんですがぁ!? それ、信頼してるってことじゃなくて死んでも問題ないって意味じゃありませんよねぇ!?」
うむ、いい反応だ。
ついこの前堅物といわれたので少し砕けてみたのだが、ユノもしっかりと便乗してくれた。
この手のコミュニケーション能力を身に着け人間関係を円滑にすることもまた、冒険者にとっては大切なことだ。
信用と信頼がなければ、上手く連携など取れないからな。
あれ、ユノ、ちょっと泣いてる?
確かにユノの言う通り、ユノと私の二人でCランクの依頼を受けるのは些か危険だ。
通常ならばCランクの依頼とは、Cランクのモンスター単体の討伐に相当する難易度の依頼である。
だが、今引き受けた依頼は一風変わったものだった。
内容を見る限りはCランク以上の魔物と闘うことはなさそうだし、記載ランクよりも危険度は低そうに思えた。
それに、少し興味を引く内容だったのだ。
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〖人捜し〗:rankC
場所:ノアの森
死んだはずの男を森で見た、という噂が村に広がっている。
その真偽を確かめていただきたい。
詳細については後で話すため、まずは森近くの村に来てもらいたい。
村一番の年長者に用事があるといえば、私の居場所はわかるはずだ。
ただ繊細な問題であるため、他の村人には依頼について黙っておいてほしい。
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ノアの森については知っていた。
森近くには小さな村がある。
村人は森を神聖視しており、あまり森の深くに人が侵入することをよく思っていない……という話を聞いたことがある。
確か、森浅くに守り神の祠があるのだったか。
そこより奥には足を踏み入れてはいけないしきたりなのだとか。
近年では森の神聖視も薄れており、ノアの森に押し入る冒険者も少なくはないらしいが、万が一村人と拗れることを考えれば、わざわざ狩り場にあそこを選ぶ意味もない。
人が長らく立ち入っていない場所が多いため、変わった魔物や植物がいるのではないか、という噂はある。
噂はあるが、その具体的な成果を耳にしたことはない。
せいぜい強いモンスターでもDランク止まりであり、さほど他の森と変わり映えしないというのが一般的な見解だ。
Bランクモンスターであるロックドラゴンもいることにはいるらしいが、ロックドラゴンは足が遅く、また気性が温厚であるため、下手に人間から攻撃を仕掛けない限り逃げるのは容易い。
だから森の探索程度ならば交戦の必要はない。
普通に考えれば、Dランクが妥当な依頼だ。
高額な報酬を必要とするCランクに設定する意味はない。
田舎なので後回しにされてなかなか冒険者が来ないことを恐れているのか、それとも森には冒険者の間でいわれているよりももっと手強い魔物がいるのか。
普通に考えれば前者だ。
最近凶悪な魔物が発見されたというのならば、こんなまどろっこしい書き方はしない。
幽霊探しなんかよりも魔物の討伐がメインになるだろう。
前者だとすれば、単に美味しい依頼だ。
元々、私はノアの森に興味があった。
噂を聞いて一度は行ってみたいと思っていたのだが、近隣の村の年寄り勢から怪訝な目で見られると聞いて尻込みしていたのだ。
この依頼を受ければ、村の最年長者の頼みで森に入るという免罪符が得られる。
村公認のようなものだ。
多少の採取や狩りも許されるだろう。
「安心しろ。ユノが思っているほど危険な依頼ではない」
私が依頼書をユノに向ける。
ユノはそれをひったくるように手に取り、掴んだ端を握り潰しながら文面に目を走らせる。
「なんですかこのオバケ探しってぇ! 絶対ダメな奴ですよこれ!」
「田舎や宗教などの偏ったコミュニティでは、そういう突拍子もない話が信じ込まれるものだ。依頼主の真の狙いは、『村に蔓延している嫌な噂を取り払ってほしい』ということだろう。
恐らく、王都から来た冒険者がきっぱり否定してくれれば、妙な噂も薄まると思っているのだ。あまり素人が来ても説得力に欠けると考えて、Cランクとして発注したのだろう」
ユノを説得するための憶測だが、的外れではないと思う。
これなら多くの不可解な部分に納得がいく。
「で、でもぉ、ひょっとして、ネクロマンサーとかじゃないですよねこれぇ……」
「あり得ないな。そんな高ランクのモンスターが出没すれば、とっくに亡霊捜しなんて悠長なことをやっている場合ではなくなっているだろう。私達が到着したときに村がなくなっていれば、その心配をしてもいいかもしれない」
「えぇ……そのときはユノちゃん、生きて帰れますかぁ?」
どうにもユノは乗り気ではないらしい。
私はちょっと、こういう胡散臭い依頼の方が燃えるのだが。
「無理に誘っては悪いし、仕方がないな。お前にとっても楽に稼げるいい依頼だと思ったが」
仕方がない。
気の知れない者と組むつもりもないし、ユノが来ないのならばキャンセルさせてもらうことにしよう。
ノアの森に入る正式な許可が得られ、おまけに報酬よりも簡単な依頼だと思い、先に取られてなるものかと慌てて取ってしまった私の落ち度だ。
「あ、あの……Cランクって、そんなに儲かるんですかぁ? ユノちゃん、受けたことないんですけどぉ」
「む、そうだったか? 下限が30000G前後といったところだな」
私が金額を口にした瞬間、ユノは目を輝かせながら、依頼書を握る手の力を強めた。
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