第53話 side:メルティア

 数日掛けて、私とユノはノアの森近くの村に到着した。

 村一番の年長者に会いたいと伝えると、村奥地の変わった屋敷に案内された。


 尖がった屋根と風見鶏が特徴的で、なんというか……魔女の家といった印象だ。


 低い柵の中には花壇が並んでいるがどこか寂しげで、その傍らには三本ほど十字架が並んで地面に刺されていた。

 お墓だろうか?

 墓地なら途中で目にしたはずだが……。


「あの、あのーメルティア様? ひょっとしてここに住んでる人が死体弄ってるとかぁ、そういうオチじゃないんですかこれぇ……」


 ユノが尻尾をだらりと下げ、私の背に隠れるようにしがみつく。



 庭先のベルを鳴らすと、自動で扉が開いた。

 入ってこい、ということだろう。

 私は脅えるユノを半ば引き摺るようにしながら家の中へと入る。


 暖炉の前にテーブルがあり、それを挟むようにして二人の少女が座っていた。

 栗色の前髪を切り揃えたおかっぱの少女と、明るいオレンジの三つ編みを持つ目つきの悪い少女だった。


「どうやら客人のようじゃ。ミリア、席を外せ」


 三つ編みの少女が容姿に似合わぬ取って付けたような年寄りのような話し方で言うと、ミリアと呼ばれた少女はこちらに小さく頭を下げ、家を出て行った。


「あのぅ……村の最年長者である依頼主ってぇ……」


 ユノが遠慮がちに聞くと、オレンジ髪の少女はこくりと首を頷かせる。


「うむ、ワシのことじゃ」



 彼女は名をマリエルといい、エルフとの混血であって成長が遅く、寿命が長いらしい。

 エルフのような排他的な種族が人間と子をなすなど聞いたことはないが、あり得ない話ではない。


 オーバーリアクションを取り続けるユノを無視し、私はマリエルと依頼の話を進める。



 村の者が三人でノアの森へとロックドラゴンを狩りに行き、一人が死亡、一人が行方不明という結果に終わったらしい。

 その唯一の生き残りが先ほどの少女、ミリアなのだとか。


 行方不明者であるドーズを森浅くで見たというものが村の中に二人おり、マリエルは混乱を避けるため黙っておくよう命じたのだがそのときには遅く、すでに村中その噂で持ち切りだったらしい。


 別に村に奇妙な噂が蔓延すること自体は問題視すべきことではないのだが、ミリアが一人で生き延びたことに責任を感じているようで、噂を聞いてからこっそりと何度もドーズを捜して森奥に足を運んでいるのだとか。

 噂の原因を明らかにし、ミリアが森奥にドーズを捜しに行くのを止めることが依頼の一番の目的らしい。



 話の終わりに、他の村人達には単に『興味本位で森に立ち入る冒険者』という体裁を取ってほしいと付け加えられた。

 私としては村人から怪訝な目で見られずにノアの森に入れることを利点の一つして考えていたのだが、仕方ない。


 村の年長者の立ち場で余所者の森深くへの侵入を正式に許可したとなれば、それはそれでまた問題が発生するらしい。

 元々今となっては形骸化した掟であり、多くの村人も依頼のことを察しているだろうし、嫌がらせ等を受ける心配はしなくてもいい……とのことだったが、私としては少し残念だった。

 せっかくなのだから、後ろ暗い想いなしに存分に探索を行いたかった。



 とりあえずノアの森に行くよりも先に、村を回って情報収集を行った。


 まずは行方不明になった後にドーズを見たという二人に話を聞いた。

 ドーズは片足を引き摺っており、顔には血の気がなく、明らかに正気ではない様子だったというのが二人の共通の認識のようだった。



 それからは小さな露店広場を訪れ、酒場にも入ってみた。

 一応、村の墓場が荒らされていないことも確認する。ネクロマンサーの線はなさそうだ。


 村を回ってわかったが、マリエルの言っていた通り、森目当てに来た冒険者を嫌っているのは年寄りくらいのようだ。

 むしろ変化の少ない田舎暮らしの中の一大イベントといったふうに扱われている雰囲気が強い。

 単なる世代による意識の移り変わり以上のものを感じるのは考え過ぎだろうか。


 気になる噂は、『森へと大きなドラゴンが飛んでいくのを見た』というものくらいだった。

 大型ドラゴンが絡んでいるとなるとBランク上位の依頼になるが、さすがに無関係だと思いたい。

 森の死体とドラゴンではいくらなんでも共通点がなさ過ぎる。


 村の歴史や風習なんかも調べておきたかったので書庫にも入らせてもらったのだが、集中力のないユノが本を床に並べて遊び始めたので一時間と経たぬ間に追い出されることとなった。

 気になっていた点は調べきれていないが、仕方ない。

 ノアの森の調査に入るとしよう。 

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