第54話 side:メルティア
ノアの森は噂以上に危ないところのようだった。
最初の内は灰色の狼や動くキノコを斬り倒して順調に進んでいたのだが、奥にある崖を回り込んだその先で、大型の蜘蛛に襲われることとなった。
うまく誘導してユノと挟み撃ちにして倒したが、一対一だと少し危なかったかもしれない。
長く歩いている間に、辺りが暗くなってくる。
ユノは森に生えていた発光するキノコを採ってきて、灯り代わりに使っていた。
森に入ってから半日ほど経つが、ドーズとやらの手掛かりは何一つ見つかっていない。
やっぱりただのタチの悪い噂だったのではないだろうか。
「あのぅ、さすがにここまで奥にはいないとユノちゃん思うんですけどぉ……」
「ここまで踏み込んだのは依頼の件というよりも、純粋に私の好奇心だな。魔物も強くなってきたことだし、そろそろ引き返すとしようか」
私が悪びれずに答えると、ユノはじっとりとした目で私を睨んでくる。
「まぁ、そんなことだと思ってましたけどぉ……」
踵を返そうとしたそのとき、遠くに妙なものが見えた。
洞穴の入り口の前に、二体の石像が置かれているのだ。
片方がドラゴンを模したもので、もう片方は人間を模したものだった。
村と森の狭間にも祠があったが、それと同系列のものなのだろうか。
ドラゴンを信仰する風習がこの村にあるなどという話はまったく聞いていないが。
「やっぱり、あそこだけ調べてみることにするぞ」
私がそう言いながら振り返ると、ユノはすんすんと鼻を鳴らしている。
「あれ……肉ですよねぇ、どう見てもぉ」
ユノの言う方向を見れば、葉の生えていない木に大量の肉が刺されている。
はっきりいって、異様な光景だった。
石像に気を取られていて見えていなかった。
「あ、ああいう習性を持つ鳥魔獣がいると、聞いたことがあった気がする」
「本当ですかぁ? 鳥さんが葉っぱ全部落としてあんなことしますかぁ? 肉もアレ、手頃なサイズに切られているように思うんですけどぉ」
「む……むぅ……」
納得のいく理由が欲しくて手持ちの知識で間に合わせようとしたところ、ユノにあっさりと言い返されてしまう。
「しかし、こんな森奥に人間がいるなどとは思えない」
口にしてから思う。
まさか、行方不明になって気の触れたという人間がここに住んでいるのか?
しかし、なぜそんなことを?
「や、やっぱりこの依頼おかしいですってぇっ! キャンセルしましょうキャンセル! 元々、Cランク依頼なんて二人ぽっちじゃ無理だったんですってばぁっ!」
「……もう少し、石像に近づいて観察してみよう。とにかく、ここは怪しすぎる」
私が石像に近づくと、嫌々といったふうにユノも後をついてくる。
「…………」
近くで見れば見るほど、よくできたものだとわかる。
しかし、造られた時期はまったく想像がつかない。
不自然なほど傷ひとつなく、劣化を防ぐ魔力を帯びているようだった。
十年前造られたといわれても、百年前造られたといわれても私は納得する。
だから、いつ頃のものなのかはわからない。
ただわかるのは、造られた当時、よほど大事な意味を持つところだったのだろうということだけだ。
「どうしたんですかぁ、そんな喰い入るように見ちゃってぇ」
「……この石像、傷がまったくない。かなり強力な魔力が練り込まれている」
「…………」
私の言葉を聞き、ユノが手に持っている発光するキノコと武器のハンマーを地に置く。
空いた手でペタペタと像に触りながら「へぇー」とか「ほぉー」などと興味深げに口にしている。
それからユノは傍に落ちていた木の枝を拾い、振りかぶって石像を叩く。
枝は折れて飛んでいったが、像に傷がつく気配はない。
「ふむ」
ユノは満足したようにそう言い、ハンマーを持ち上げ、両手で握り締める。
「武器の方が壊れるかもしれんぞ」
私が忠告すると、ユノは残念そうにハンマーを片手持ちにして、光るキノコを拾い直す。
「それでぇ……あのぅ……やっぱり、行くんですよねぇ?」
「依頼と関係している可能性も高いからな。ただ、いざというときはすぐに逃げられるように意識しておけ」
「ふぁい……」
灯り代わりのキノコを持っているユノを先頭に立たせ、洞穴の中を進む。
あまり広くはないようだ。
途中まで来たところで、足許に獣の感触を感じる。
咄嗟にモンスターかと思い、構えていた剣を一気に振り降ろす。
カンッと響く金属音。
冷静になって見れば、ただ床に毛皮の敷物があるだけだった。
「……な、なんだ。少し驚いた」
しかし、なぜこんなところに絨毯などが敷かれているのか。
目を凝らして見てみると、あまり状態のいいものではないことがわかった。
防腐加工も不完全で荒く、かなり傷んでいる。
この洞穴がもう少し暑ければ、虫が湧くかもしれない。
石像はともかく、これは何年も使えるものではないだろう。
そこからわかることは、少なくともこれを敷いた者が最近洞穴を出入りしたということだ。
「…………」
村の者か?
いや、単独でここまで来れるような者が村にいるのか?
何人もが絡んでいる? しかし、だとするとそのことを村の人間が把握していないはずがない。
それとも、森奥の祠が盗賊か何かの隠れ家として用いられているのか?
いったい、ここはなんなのだ。
どの仮説を考えても、うまくしっくり当て嵌まらない。
なんにせよ、一度引き返してこの場所について、マリエルに問いただす必要がありそうだ。
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