第51話

 俺は黒蜥蜴と共に洞穴まで帰還し、干し肉を食べてから眠りについた。


 いや、眠りについた振りをして、黒蜥蜴が熟睡するのを待っていた。

 途中で洞穴隅に寝ていた黒蜥蜴がゴロゴロ転がって俺の傍まで来たので一旦移動しようかと思ったが、下手に動いて黒蜥蜴の眠りを妨げてもアレなのでじっとしていた。


「キシ……キシ……」


 黒蜥蜴の寝息が聞こえてきてきた。

 こうなったらもう、ちっとやそっとじゃ起きないはずだ。

 物音を抑えながらこっそりと立ち上がる。


 いや、別に〖人化の術〗の実験がしたいだけで、後ろめたいことは何もないけどな、うん。

 なんていうかほら、急に俺が人間になったらビビった黒蜥蜴が襲いかかってくる可能性もあるわけで、そういう事態を避けるためにも黒蜥蜴に見られるわけにはいかないだけだし。

 


「キシ……」


 立ち上がった俺の足に、黒蜥蜴が前足を伸ばす。

 寝ながらの無意識からの行動だったのだろうが、引き留められているような気がしてなんとなく心が痛む。


 黒蜥蜴、村生活に馴染めんのかな。

 無理だろうな……無理な気がすんな。

 黒蜥蜴が手出さなくても、村の人間が怖がってなんかする可能性もあるし。


「…………」


 ま、まぁ、俺も黒蜥蜴置いてくくらいだったら村になんか行かないから。

 安心しろって、な?


 ただ変わったスキルだし、咄嗟に必要に駆られるときもあるかもしれんから、詳細を調べといても悪くねぇと思うんだよな。

 使うかどうかは別としても、しっかり確かめておく必要がある。

 そう、これはただのスキルの確認だ。


 村行ってみたいとか、人と交流したいとか、言語スキルのLv上げたいとか、またミリアに会いたいとか、そんなことぜんっぜん考えてないこともないこともないけど、とにかく今は、手に入れたスキルの確認が第一目的だから!



 後ろ髪を引かれる思いの中、俺は洞穴を出て湖へと向かう。

 あそこなら自分の顔も確認できる。


 しかし……本当にどうしよ。

 え、なんでこんなタイミングで〖人化の術〗が来るの?

 なんで『なくてもいい』って思った瞬間に来るの? 一周回ってこれ嫌がらせか何かなんじゃねぇのか?


 ひょっとして見間違いか?

 俺の深層心理の見せた幻覚的な何かだったんじゃないのか?

 もっかい見たらなくなったりしてない?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:厄病子竜

状態:通常

Lv :37/40

HP :161/161

MP :157/157

攻撃力:141

防御力:120

魔法力:140

素早さ:129

ランク:D+


特性スキル:

〖竜の鱗:Lv2〗〖神の声:Lv3〗〖グリシャ言語:Lv1〗

〖飛行:Lv2〗〖竜鱗粉:Lv1〗〖闇属性:Lv--〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv3〗〖落下耐性:Lv4〗〖飢餓耐性:Lv3〗

〖毒耐性:Lv5〗〖孤独耐性:Lv4〗〖魔法耐性:Lv2〗

〖闇属性耐性:Lv2〗〖火属性耐性:Lv1〗〖恐怖耐性:Lv1〗

〖酸素欠乏耐性:Lv2〗〖麻痺耐性:Lv1〗


通常スキル:

〖転がる:Lv5〗〖ステータス閲覧:Lv5〗〖ベビーブレス:Lv5〗

〖ホイッスル:Lv1〗〖ドラゴンパンチ:Lv2〗〖病魔の息:Lv1〗

〖毒牙:Lv1〗〖痺れ毒爪:Lv1〗〖ドラゴンテイル:Lv1〗

〖咆哮:Lv1〗〖星落とし:Lv1〗〖くるみ割り:Lv2〗

〖人化の術:Lv1〗


称号スキル:

〖竜王の息子:Lv--〗〖歩く卵:Lv--〗〖ドジ:Lv4〗

〖ただの馬鹿:Lv1〗〖インファイター:Lv4〗〖害虫キラー:Lv3〗

〖嘘吐き:Lv2〗〖回避王:Lv1〗〖救護精神:Lv5〗

〖ちっぽけな勇者:Lv2〗〖悪の道:Lv3〗〖災害:Lv1〗

〖チキンランナー:Lv2〗〖コックさん:Lv3〗〖卑劣の王:Lv1〗

〖ド根性:Lv1〗〖|大物喰らい(ジャイアントキリング):Lv1〗〖陶芸職人:Lv4〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ある。

 やっぱりあるじゃん。


 え、俺どうなるの?

 もしも人間になれたとして、俺どうしたらいいの?


 黒蜥蜴と別れるのは嫌だが、正直、人化できるんだったら村で暮らしたいというか……。

 やっぱり黒蜥蜴を村に連れて行くのが、いやでも、モンスター連れて村に入るって絶対ヤバいよな。


 三日ごとに村で暮らしたり洞穴で暮らしたりする?

 いや、でも……でも……。

 と、とにかく〖人化の術〗の詳細をチェックしよう。


【通常スキル〖人化の術〗】

【人間に化けることができる。】

【スキル発動時にHPの半分を失い、発動中は〖攻撃力・防御力〗が半減する。また、MPが減少し続ける。】


 ……デ、デメリットちょっとデカくないですかね。

 MP減るのか……だったら、結局長時間村に滞在するとかはできないんだな。度合いにもよるけどさ。


 でもこれがあったら今までとは全然違う。

 人間の姿で仲良くなって、信用を得てから実はドラゴンなんですみたいな事情を話すことだってできちゃう。

 前回接触した瞬間スキル乱打されたことを考えれば、それを防げるだけでもかなりデカイ。

 つーか、普通に挨拶できるようになるだけでも俺泣いて喜ぶぞ。

 最終的に俺がMPの塊みたいな化け物になれば、ずっと人間形態でいられるわけだし。


 あ、ヤベ。超ワクワクしてきた。

 俺イケメンだといいな。

 これで人化して俺が女だったらどうしよ。

 前世の記憶曖昧だから、ないとも言い切れないんだよな。

 美女だったらどうしよ。



 湖を覗き込む。

 黒いゴワゴワした体表、見ていると自分だということさえ忘れて身震いしてしまいそうになるほど凶悪な牙、突き刺しただけで人間を殺せてしまいそうな爪、背を覆う荘厳な翼。

 後ろには満月が浮かんでいて、月明かりが俺を照らしていた。


 本当に……俺は、人間になるのか? なれるのか? なっていいのか?

 一度人間になったら、ドラゴンの姿で暮らすのが苦痛になってしまうんじゃないのか?

 あれほど大事な黒蜥蜴のことも、ただのモンスターとしか見れなくなってしまうんじゃないのか?


 俺は浮かび上がった疑問から目を逸らす。

 無視していい問題だと思ったからではない。考えて、堂々巡りに陥るのが怖かったからだ。


 いくら考えようが答えは出ないが、一度人化さえしてしまえば、すべて明らかになるはずだ。


 〖人化の術〗


 使った瞬間、自分の身体が圧縮されて小さくなっていくのを感じる。

 体表が黒から赤へと変色していく。

 それと共に全身を行き交う強烈な激痛。


 痛い痛い痛い痛い!

 ちょっと待って! 本当に痛い! 死んじゃう!

 大袈裟じゃなしに身体全身あっつ熱の鉄を押し当てられてるみたいな感覚があるんだけど!

 聞いてねぇぞこんなもん!


「ガァァァァァァッ!」


 痛みに駆り立てられるように、或いはそれから意識を背けるため、俺は真夜中の湖で絶叫する。

 その場に伏せ、思わず体内のものを吐いてしまう。

 おげぇ……何、俺なんか悪いことした?


 そのまま水面を見る。

 全身赤黒い鱗に覆われた、不気味な人型の何かがいた。

 小型化したものの、牙と爪がほとんど変わっていない。

 つーか、目が鱗に覆われてて全然見えないのに、口だけ馬鹿デカイ。


 ちょっと待って、コレ、〖厄病子竜〗よりグロテスクなんだけど。

 何回俺を上げて落としたら気が済むのクソ神。

 今まで俺が悩んでたのが馬鹿みたいなんだけど。

 つーか他の〖厄病子竜〗はこのクソスキルをどうやって悪用してたんだ。

 なに? 俺の人化がヘタクソなの?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:厄病子竜

状態:人化Lv1

Lv :37/40

HP :80/161

MP :142/157

攻撃力:70(141)

防御力:60(120)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 うわ、MPの減りもメッチャ速い……。

 1秒毎にMP1の勢いで消費してない?

 二分半しか変身できないんだけど。

 仮にこれ完全な人間の姿だったとしても、挨拶して走って逃げることしかできないぞ。


 つーか、ひたすら気分悪い。

 なんかドラゴンを無理矢理人の形にしました感半端ない。

 臓器が正しい位置に嵌ってない気がする。


 俺はすぐさま〖人化の術〗を解除し、湖の畔でぐったりと横になった。


 もう、もう二度と使わねぇ……。

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