第50話

 ようやく気付いたことがある。

 俺は、〖人化の術〗が欲しかったわけじゃない。

 ただ仲間として認め合える相手が欲しかったのだと。寂しかったのだと。



 森の中を、必死に〖転がる〗で走り続ける。

 だが今の身体では思うように動けず、頭が痛くて判断能力も上手く働かない。


 あっちへこっちへと身体をぶつけてHPを擦り減らしながら、それでも俺は走る。


 地面に残っている黒蜥蜴の走った跡は、段々と薄く、弱々しくなっていた。

 どころか地面に血のようなものが落ちていたり、極端に左右にぶれたりした跡がある。



 進むたびに嫌な想像ばかり掻き立てられていく。

 まさか、いや、あり得ない。

 そんな酷なことはねぇだろ、オイ。

 頼むよ神様。

 黒蜥蜴さえ生きていてくれたら、俺はもう〖人化の術〗をねだったりしねぇからさ。

 アイツがいてくれるのなら、もう村に降りられなくたっていい。

 詐欺だ詐欺だって愚痴を零すのだってやめる。

 お願いだから、黒蜥蜴を死なせないでくれ。



 段々と、動悸が荒くなってくる。

 せっかちな心臓が俺の体内をガンガンと打ち鳴らし、俺をからかっているようだ。

 普通に考えれば毒や疲労のせいなのだろうが、それだけだとは思えなかった。



 ぼとり、離れたところにある肉塊。

 慌てて転がるを止め、地面に投げ出されて横っ腹を打ち付ける。


 その片割れを手に抱え、ほっとした。


 なんだ、ツインヘッドの頭じゃねぇか。

 今俺が手にしているのが頭の上半分で、離れたところに転がっているのは下顎だ。


 上を見上げると、木の枝に肉塊が付着しているのが視界に入る。

 木に激突して、ツインヘッドのボロボロになっていた頭部が破裂したのだろう。


 ということは、黒蜥蜴は逃げ切ったはずだ。

 俺は身体中の痛みも忘れ、黒蜥蜴の転がった跡を走った。


 転がりの跡は、急なところで途切れていた。

 辺りを見渡すも、姿が見当たらない。


「ガァァッッ!」


 声を振り絞って鳴く。


 小さく「キシ……」と声が聞こえてきて、俺は声の方へと歩く。

 草むらに傷だらけの黒蜥蜴が倒れていた。

 あちこち喰い千切られたような痕がある。

 あの生首にやられたのだと思うとぞっとするが、とにかくは生きている。


 そのことに安堵し、黒蜥蜴のステータスをチェックする。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベネム・プリンセスレチェルタ

状態:流血

Lv :20/35

HP :28/110

MP :14/131

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 良かった。

 この傷なら止血効果のある薬草を巻いておけば大丈夫だ。

 あちこち調べ回っておいて良かった。


 俺は黒蜥蜴を抱き締め、ほっと安堵の息を漏らす。


「キシッ、キシィッ」


 黒蜥蜴がペロペロと俺の顔を舐め回す。

 犬の親愛表現のようなものかと思ったが、自分の毒が引いていくのがわかる。

 ああ、解毒のことをすっかり忘れちまってたな。


 ステータスをチェックして毒が消えたのを確認してから黒蜥蜴を抱えて歩き、止血効果のある薬草を探す。

 確か、途中で見つけたはずだ。


【〖クヌヌギ草:価値F〗】

【飲めば病魔に効くといわれているが、実際には気休め程度の効果しかない。】

【微量の血液を吸い取って張り付く習性があるため、止血の際に役立つ。】

【森中で友人に鈍器で殴られて荷物を奪われた商人が、クヌヌギ草の生(お)い茂っている地に倒れて奇跡的に一命を取りとめ、友人を告発して処刑台に送り込んだという逸話がある。】


 おう、これこれ。

 黒蜥蜴を丁寧に地面の上に座らせ、片っ端からクヌヌギ草を引っこ抜いて根を落とし、黒蜥蜴の出血部位に巻いていく。

 嫌がるかと思ったが、完全に無抵抗だった。

 黒蜥蜴のステータスから〖流血〗が消えたのを確認してから、俺もその場にしゃがみ込む。


【称号スキル〖救護精神〗Lvが4から5へと上がりました。】


「キシ! キシッ!」


 黒蜥蜴が俺の頬に舌を伸ばしてくる。

 おいおい、もう毒は消えたって。



【経験値を234得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を234得ました。】


 お、どうやらツインヘッドの本体が力尽きたようだ。

 なかなか通知が来ないから嫌な予感がしていたが、頭部が潰れてからもまだ生きていたのか。

 黒蜥蜴も結構Lv上がるんじゃねぇのかコレ。


【〖厄病子竜〗のLvが33から37へと上がりました。】


 うんうん、順調だな。

 〖救護精神〗もLv5になったし、これなら安全な進化先がきそうだ。

 あと三つ、サクっと上げちまおう。

 今日みたいな変なスキル持ったバケモノと戦うのは二度とゴメンだが。


 黒蜥蜴を危険な目に遭わせたくないし、堅実にコツコツと行こう。



【通常スキル〖人化の術:Lv1〗を得ました。】


 …………うん?

 え、マジで?

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