第297話

「――先代の竜神は、アビスの巣の跡地ですでに亡くなっているそうです」


 ナグロムを縛り終えてからは、話が順調に進んでいた。


 ベラは俺が伝えたことを、ほとんどそのまま反竜神派の集落の皆へと伝えてくれた。

 反竜神派の集落の皆は元より結束力は強かったようで、皆真剣に黙って話を聞いてくれた。


「じゃ、じゃあ俺達は今まで、何のために……」

「……憤りを利用されて、ナグロムに扇動されていただけだったのか」


 ベラからの説明が終わってから、ぽつりぽつりと皆、嗚咽混じりに言葉を漏らし始めた。


「それならそうと、集落が割れたときにヒビが伝えてくれさえしていれば……」


 誰かが恨み言を零した。

 しかし、それはできなかっただろう。

 集落が割れている間は、まともにマンティコア騒動の真っ只中である。

 生贄制を守っていた柱が途中で崩れてしまえば、集落が二つに割れる程度の騒動では済まなかったはずだ。


 集落は暗い雰囲気に包まれていたが、それでももう、俺に敵意を向ける者はいなかった。


「でたらめじゃ! でたらめじゃあっ!」


 ……大型魔獣用の縄で縛られながら叫んでいるナグロムを除けば。


『ナァ……ヤッパリ殺サネ? 今ナラ殺シテモ、誰モ文句言ワネート思ウゾ』


 ……い、いや、暴力で無理矢理協力させました、みたいな流れは作りたくねーし。

 集落の今後に禍根を残しかねねぇから、この場では荒っぽいことはできればしたくねぇというか……。

 あんな小者の爺さん放っておこうぜ。

 ナグロムの罪は、リトヴェアル族内で穏便にケリをつけてくれるだろ。


「……おい、ナグロムどうする?」

「集落の分裂に乗っかったのは俺自身だが……ベラ様を殴り殺そうとした件は見過ごせんぞ」


 お、穏便に……。


「ワシはただ、竜神に騙されたベラが余計な混乱を招く前に黙らせようとしただけじゃ!」


 ナグロムが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「このまま川に流さないか?」

「いや、それは駄目だ。向こうの集落に警戒されないためにも、ナグロムの首を持っていった方がいい。ナグロムの首さえあれば、余計な勘繰りをされることもないだろう」


 …………。


「でたらめじゃ! でたらめじゃああっ! 貴様らは騙されとるんじゃ、なぜそれがわからん!」


 見ていられなくなったので、尾で軽く頭部を弾いた。

 ナグロムの身体が揺れ、ぐったりと首を前に項垂れさせた。

 これでしばらくは静かになるだろう。


「……向こうの集落の皆には、このことは伏せておいた方がいいかもしれませぬ」


 俺の背に乗っているバロンが、神妙にそう言った。


「……バロン殿は、取り乱していないのですね」


 ベラが尋ねると、バロンは静かに頷いた。


「……先代の竜神様がただアビスを餌として食していただけであったとしても、我々の祖先の代からアビスから我らを護ってくださっていたことには違いはない。今代の竜神様にも、何度も集落の危機をお救いいただいております……。どちらにも敬意を払わぬ理由など、どこにもありませぬ」


 その言葉を聞いて思わず胸が熱くなった。

 竜神じゃないことを明かしたら神を騙った邪神として殺されるのではなかろうかと考えていた自分が恥ずかしい。


「しかし、皆がそう受けとめるかというのは、わかりませぬ。ましてや今の、時間に猶予がない状態……。上手く伝わらず、誤解が生じてしまうことも考えられます。とにかく今は竜神様の件を伏せて、和解と協力を優先するべきでしょう」


 俺はバロンの言葉に賛同するように頷いた。

 とにかく今は、協力関係を早くに作ることが大切だ。

 彼らが考えを曲げて助けに来てくれたことも、俺がいれば竜神が説得してくれたのだと思うだろう。


「準備を整えてから、向こうの集落の救援へ向かいましょう。とりあえずはナグロム様……ナグロムの命で洞窟に軟禁していた三人の解放を」


 そ、そんなにいたのか、やっぱし刃向かった奴もいたんだな。

 そんときに目を覚ましてくれてりゃもうちょっと話もスムーズに済んでたのに。


 俺がベラを見ながら考え事をしていると、ベラは俺が言いたいことがあるのかと思ったらしく、やや狼狽した様子を見せた。

 それから呪文を口にし、目を閉じる。


『な、何かお気に触ることでもあったでしょうか、竜神様……』


 え? い、いや、そういうのじゃなかったんだけど……。

 こ、この娘……ヒビに比べるとちょっと気が弱そうだな。

 ヒビが当代の竜神の巫女として鍛え上げられてきていただけなのかもしれねぇが。


 そ、そういや、その三人ってどういう理由で捕まってたんだ?


『アカナイは、ナグロムのやり方に反発して捕まっていました。タタルクはマンティコアへの生贄を逃がそうとした罪で……』


 タタルク……ああ、生贄の洞窟にやってきて脱走の手引きをしたり、相方の腕の縄を切ろうとしていたあの番の人か。

 あの後マンティコアは無事に倒したのに、結局捕まっちまってたんだな。


『ヤルグがナグロムに何度も竜神様を信用してもいいのではないかと意見し、それが元で洞窟に閉じ込められていました』


 え……?

 ヤルグ、そんなことやってくれてたのか。

 てっきり片手の指全部持ってったことを根に持ってんのかと思っていた。


 まぁ、俺と相方がマンティコア仕留めたときに直接見てた張本人だしな。

 相方を連行してるときも、指んことよりも旅人を捕まえて生贄にすることを気にしていたみたいだったし、根は悪い奴じゃなかったんだろう。

 案外好意的な人が多かったのは、ひょっとしたらヤルグのお蔭もあったのかもしれねぇ。


『デモオレ、許サネェゾ』


 ……顔合わせても、喰って掛かんねぇでくれよ。


『私はこの場にいない者への説明に向かい、薬と武器を調達してからあちらの集落へと向かう予定ですが、大丈夫でしょうか?』


 ……武器、下手に持ってたら騒ぎにならねぇかな?

 向こうにも余分な槍とかはあると思うし、準備に時間もかかるんじゃねぇのか。

 いつ敵が来るかわかんねぇから、なるべく急いでほしいんだが。


『……私達は、ナグロムの指示でモルズの毒の改良と、間違えて怪我を負ったときのための解毒薬の調合を行っていました。武器は、あちらのものより良質かと』


 お、おう……そりゃ心強ぇけど、その毒って多分、竜神刺し殺すために用意した奴だよな……。

 ま、まぁ、なんでも使い方だよな、うん。

 俺がいれば、向こうの集落は信用してくれるだろう。

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