第298話
薬やら武器やらの準備が終わった頃には辺りがすっかり暗くなってはいたが……敵が夜襲を仕掛けて来ることも考えられたし、それに俺が毒の魔法陣を解いちまったことで、敵が作戦が露呈していることに気が付いて攻撃を焦る可能性もあった。
竜神派の集落の者達も、緊急事態中にふらっと俺がいなくなって不安がっているかもしれねぇ。
夜の間に反竜神派のリトヴェアル族の戦士を連れ、竜神派の集落へと向かうことにした。
ただ、戦力を全て引き抜いて、反竜神派の集落へと敵が攻めてきたら大変なことになる。
ベラや他の発言力を持つ者と話し合い、反竜神派の集落の総人口である約二百名の内の半数についてきてもらうことにした。
万が一に反竜神派の集落へ敵が攻めて来たときを想定して避難ルートを予め組み、殿要員も残してあるので大事にはならないはずだ、ということだった。
俺は百人近い数の反竜神派のリトヴェアル族の戦士を連れ、川沿いに来た道を歩いた。
……さすがにこんだけの加勢が入れば、敵が多少多かろうと対処しきれるんじゃなかろうか。
リトヴェアル族の竜神派の集落でも約三百人程度だと、さっきベラから聞いた。
その内、戦闘要員が二百人以上はいると言う。
合わせれば三百人の戦士である。
竜神派の集落の人間は、まだ呪い水の影響が抜けきっていない者も多いだろうが……もう元凶は断ったから、以前より悪化していることはねぇだろう。
それに反竜神派の集落の説得で余計なMPを使用せずに済んだので、向こうに着く頃にはほとんど全快しているはずだ。
〖ハイレスト〗なり〖ホーリー〗なりを撃って、戦闘要員の確保に当たることができる。
それに、俺もいる。
単に戦うだけならば、人間大勢程度屁でもないはずだ。
厄病竜の時分から人間複数相手取って善戦できるだけの力はあった。
長期戦特化のウロボロスなら、丸一日掛けて戦い続けることもできるはずだ。
だからリトヴェアル族の戦士達に頼みたいのは、敵の撃退よりも時間稼ぎである。
俺が敵を撃退して回れば、それだけで戦闘は終わるはずだ。
俺が考え事をしながら先へと進んでいると、相方がヒクヒクと顎辺りの筋肉を震えさせていた。
様子が変だと思って観察していると、目を定期的に動かしているようだ。
なにか、変な気配でも拾ったんじゃなかろうか。
どうした相方、なんか気付いたなら教えてくれよ。
『……大シタコトジャネェヨ』
俺が訊けば、相方は短くそれだけ返してくる。
それから意識して目の動きを抑えているようだった。
俺としては、そんなことをされたら余計に気掛かりだ。
なぁ、なんかあったなら……。
『……イヤ、後ロン連中ガ落チツカネェ』
そう言われて改めて俺は後ろを確認してみた。
整列してゾロゾロと歩く、リトヴェアル族の大群がいた。
槍を持っている者もいれば、壺の入った荷馬車を引いている者もいる。
……確かに意識すると、ちっと落ち着かねぇな。
竜神派の連中が、ビビんなきゃいいんだけど。
竜神派の集落が見えて来てから、俺は〖ホイッスル〗……もとい、口笛を使った。
ヒューーーイッと音が響き渡った。
多分……集落の中にまで聞こえたはずだ。
病人を夜中に叩き起こすことになって悪いが、一大事である。
そんなことを気にしてはいられねぇ。
ヒューーーイッ!
続いて、第二声が鳴る。
俺ではない、相方である。
俺が目をやると、相方は澄ました顔で前を向いていた。
おい、お前使ってみたかっただけだろ。いや、いいんだけどよ。
俺達の口笛に応じるように、甲高い妙な音が少し離れたところから聞こえてきた。
すぐに見回りをしていたらしい竜神派のリトヴェアル族の戦士の五人グループが三組、それぞれ別の方向から現れた。
彼らの内の一人は、魔物の骨から作ったらしい笛のようなものを手にしていた。
さっき聞こえてきた甲高い音の正体と見て間違いないだろう。
集落に異変を知らせるためのものなのかもしれねぇ。
「こ、これはいったいどういう……りゅ、竜神様、一体何が起こっているのですか?」
竜神派のリトヴェアル族は俺を見て困惑し、ベラへと槍を向けようとして相方から睨まれて武器を下ろしていた。
緊迫した空気の中、バロンが飛び降りて両足で着地した。
「……安心してくれ。彼らは、我らの危機だと知って駆けつけてくれたのだ。竜神様が仲介を行ってくださった。いがみ合いは、ひとまずは停戦だ」
「りゅ、竜神様が……!」
バロンの声を聞き、武器を構えたままだった者も武器を下ろした。
「解毒薬や、貴重な薬草もいくつか持ってきてもらっている。集落の皆にも知らせてくれ!」
バロンの言葉を聞き、竜神派の集落全体へと知らせるために数人が集落へと戻っていった。
やや時間は掛かったものの、集落の内部へと入る許可が降りた。
もうちっと拗れるんじゃねぇかと思ったが……思いの外、すんなりと行った。
今は単に選択肢がねぇ、ということも関係しているかもしれねぇが。
竜神派の人間と反竜神派の人間は少しバツが悪そうと言うか、気まずげではあったが、これでもそこまで大きな問題ではないだろう。
不謹慎かもしれねぇが……反竜神派離脱の直接の原因になった、竜神の巫女の不在もプラスに働いているのかもしれねぇ。
巫女一族に罪を押し付けたような形になっちまった。
悪ぃな、ヒビ。
でも、絶対リトヴェアル族は俺が守ってみせるからな。
集落の中に入ってからは、反竜神派の中で発言力のあるベラなどが集会所へと招かれた。
状況の整理と、今後の行動についてだろう。
その間、俺は反竜神派の集落の人間が治療に回るのを補佐することにした。
反竜神派の人間は毒と薬の扱いに慣れているとは言え、回復魔法じゃ相方の右に出る者はいねぇだろうし、俺がいれば余計な争いが起こりそうになっても即仲裁に当たることができる。
〖ハイレスト〗を使って回り、戦闘要員の確保と毒によるダメージが深刻な者の治療に当たった。
治療が落ち着いてから、気になって仕方がなかったので、集会所の様子を見に行くことにした。
できれば俺が単独で攻めて、単体で敵の親玉を叩いて脅しを掛けられるのが一番いい。
ただその場合は絶対すれ違いがあって、俺が敵を捜している間に敵が攻め込んでいました、なんてことになってはいけない。
そのためにも、勝手に動かずリトヴェアル族間で決めた判断に従いたかったのだ。
だが、ベラ達はなかなか集会所から出てこない。
敵がいつ攻めて来るかもわかんねぇんだ。
できれば俺は集落の内部よりも、一刻も早く見回りをして敵の探知に当たった方がいいはずだ。
俺はつい、集会所の壁に耳を当てて中の声を聞こうとした。
あまり中の声は聞こえねぇ。
俺は焦れて、つい窓から中の様子を覗き込んだ。
中では、各派閥のトップらしき人間が三人ずつ椅子に座って長机越しに顔を合わせており、それぞれの陣営には五人の護衛がついていた。
向こうが妙な動きをしないよう、警戒しているようだ。
……今は、リトヴェアル族間でいがみ合ってる余裕はねぇんだけどな。
ベラとバロンが主に話を進めているようだった。
……とはいえ、バロンは槍を持って立っているので、本来は護衛要員のようではあったが。
ふと、竜神派の椅子に座っていた婆さんが窓に貼り付く俺に気が付き、その場でひっくり返った。
す、すいません……じっとしていられなかったもんで。
俺はそそくさと首を引っ込めた。
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