第296話

 ベラが目を閉じたまま、俺へと向く。


『竜神よ、先ほどの経緯を……』


 そん前に、話しておきてぇことがある。

 ちと長くなるかもしれねぇし、訳のわかんねぇ話だと思うかもしれねぇ。

 だが、とりあえずは最後まで止めたり、ナグロムに指示を仰いだりせず、最後まで聞いてほしい。


『…………』


 ベラはやや戸惑っているようだった。


「なんだ、ベラ、どうしたのだ?」


 ナグロムがベラへと詰め寄るが、ベラはどうしたらいいかわからず狼狽えるばかりだった。

 俺は構わず、続きをベラへと念じることにした。


 俺は、前の竜神とはまったく別のドラゴンだ。

 たまたま縁があって、リトヴェアル族に肩入れしてるに過ぎねぇ。

 ただ前の竜神について、わかったことがある。

 多分……お前の姉ちゃんであるヒビも、巫女に就くまでは知らなかったことのはずだ。


 いいか、前代の竜神は、あれこれ考えてマンティコアとの和解案を提示できるほど賢くねぇ。

 お前らの言うような冷血だとかどうだとか、絶対に当て嵌まんねぇ。

 アビス狩ってる間に祀り上げられて喜んでる、暢気なドラゴンだ。


 ベラが顔を青くした。

 やはりこの様子を見るに、竜神の巫女になったことのないベラは、知らなかったようだ。

 巫女の一族しか入れねぇ倉庫があったりすっから、よっぽど隠してぇことがあるのは間違いないと思ってたが……どうやら、ビンゴみてぇだ。


 マンティコアへ生贄を差し出して暴れるのを控えてもらうっつー案を提案したのは、竜神じゃねぇ。

 恐らく、九年前当時の竜神の巫女だ。

 ヒビはまだ幼かっただろうから、その前任者だろうな。

 それが一番被害を抑えられると判断してのことだろうがな。


 竜神の巫女の取れる最善策ではあったんだろうが……問題なのは、巫女が言っても全員が従うとは思えなかったことだな。

 一人でも言うことを聞かねぇ奴が出たら、全員崩れて一人も生贄が出なくなっちまうだろう。

 あいつは嫌だって言ったから俺が生贄になるなんて、まず納得できることじゃねぇからな。


 だから竜神からの命令だったと、勝手にでっち上げたんだ。

 いや、代々竜神の声を聞いて集落を取り仕切ってきたという話だったから……恐らく、元々竜神が言ったという箔を付けて、決まり事を厳守させる役割が巫女にはあったんだろう。

 竜神であるアンフィスに集落の政治を行う知恵があったとは思えねぇから、それしか考えられねぇ。


 と……一気に伝えたが、〖念話〗で拾えただろうか。


「そ、そんなこと……あるはずが、ない……だって、そんな、じゃあ……」


 ベラはすでに目を開いており、口をパクパクさせていた。

 ……この様子を見るに、ベラも、心当たりがまったくねぇってわけでもなさそうだな。

 仮説の裏付けも取れちまった。


「……ベラ?」


 ナグロムが声を掛けると、ふらりとその場に倒れる。


「ベラ様、しっかり!」


 二人の男が槍を捨てて飛び出し、ベラの身体を支えた。


「ベラ様、お気を確かに! ベラ様!」


「あ、ああ……ああ……。だ、誰か……水を……」


「すぐにお持ちしますので!」


 取り乱すのも無理はねぇだろう。

 リトヴェアル族の竜神崇拝がただの政治の道具だったと、竜神本人……本竜から聞かされたんだから。

 

 おまけに、今までの対立が完全に茶番であったことも明らかになってしまった。

 マンティコアに生贄を差し出して見逃してもらうこと自体は、反竜神派でもやっていたことだ。

 問題なのは、信仰対象であった竜神が戦う素振りも見せずにそれを提示したことで、この先も信じていくことができなくなってしまったことである。

 竜神に指示を出す能力がなかったとわかった今、もう対立の要因もねぇだろう。


「ナ、ナグロム様……その、伝えなければならないことが……」


 ベラが息を荒くしながらナグロムへと話しかける。


「ちょ、直接話すでない! 余計な混乱を招くであろうが!」


 ベラは少し黙った後に、また目を閉じて呪文を口にする。

 それからナグロムへと〖念話〗で説明を始めたようだった。


「そ、そんな話……信じられるか! あり得ん、でたらめだ! 惑わされるでない!」


 ナグロムは信じていないというよりも、話されたくないというふうだった。


「……皆さん、聞いてください」


「や、やめろ! この一大事に、混乱させるわけにはいかん。な? 話すにしても、ワシから誤解がないように話す。だから……」


「竜神の巫女に選ばれた者にしか知らされていない、口伝の役割があったようです。私も、把握はしていませんでしたが、心当たりが……」


「やっ、やめ、やめんかぁっ!」


 ナグロムがベラへと掴みかかった。

 片手で頭を押さえ、もう片方の手で首を絞める。


「げ、げほっ……」


 ベラを支えていたため近くにいた二人の男が、大慌てでナグロムを引き離した。

 ナグロムの手が離れ、ベラはその場に倒れ込む。


「落ち着いてくださいナグロム様!」


「おっ、落ち着けるかぁっ! こんな、馬鹿にされた話を聞かされて! ベラまでっ……こんな大法螺、信じる奴がおるか!? あの竜は、どれだけ我らを馬鹿にすれば気が済むのだ!」


 ナグロムは喚いている中、ベラが立ち上がった。


「……と、とにかく、このことだけは聞いてもらわないと……」


「やめっ、やめろと言っておるだろうがぁっ!」


 ナグロムは二人の男を振り払い、吠えながらベラを蹴り飛ばした。

 そのまま覆いかぶさり、腕を振り上げる。


 俺は咄嗟に尾先を伸ばしてナグロムを弾き飛ばそうとしたが、ナグロムは俺が動いたのを見ると、口許を歪めて笑った。

 まさか……この期に及んでまだ、竜神が攻撃してきただの宣って、場を有耶無耶にしようとでも考えてんのか?

 俺は迷い、尾の速度を緩めてしまった。


 ナグロムの拳がベラを襲う前に、ナグロムの背にリトヴェアル族の槍が刺さった。


 ナグロムは前のめりに倒れ、手を地面に付いた。

 脇腹とはいえ、ざっくりと貫通している。

 夥しい量の血が地面の上へと広がっていく。


 槍を手にしていたリトヴェアル族の男が、顔を真っ青にした。


「おおお、おおおおおおおおっ!」


 ナグロムが獣のような雄叫びを上げながら地面を掴んだ。

 指にかなりの力を込めているようで、土が削れて五本の溝ができていた。

 のた打ち回れば槍に体内を掻きまわされると理解しているのか、身体をピクピクと痙攣させながらも必死に跳ね回るのを堪えているようだった。


「お、おい! 深いぞ!」

「と、止めようとして咄嗟に……」

「馬鹿っ! 無暗に抜くな!」


 あ、相方……あの、〖ハイレスト〗頼むわ……。

 気が進まねぇのはわかるけど。


「ガァッ」


 相方が吠えると、ベラを優しい光が包んだ。

 ナグロムに首を絞められた上に蹴飛ばされたせいで意識が朦朧としていたようだったが、〖ハイレスト〗の光を浴びると顔色が戻った。


「あ、ありがとうございます……」


 ベラが戸惑い気味に答える。

 ……あ、あの、ナグロム爺さんも一応助けてやって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る