第497話

 ウムカヒメの背を追いかけ、霧の中を歩み続ける。


 ……しかし、まさか、こんなところで神の声に関する石碑なんてものが出て来るとは思わなかった。


 神の声が俺を思う通りに動かしたがっていることはわかっていたが、その先に何があるのか、それが俺にとってどういった意味のあることなのかはまるでわからずにいた。

 俺が下手に抵抗できるような知識を得ようとすれば敵対してくるんじゃねぇか、という不安もあるが……神の声の目的が何なのかに関わらず、あいつの人格が腐っていることはここまでで散々痛感させられてきた。


 無策でいれば、どんな目に遭わさせられるかわかったもんじゃあねぇ。

 あいつの意図を読むヒントを得られるなら賭けに出る価値はある。


 それに……リリクシーラとの決着がつけば、そのタイミングで奴が何か仕掛けて来るはずなのだ。

 人間と魔物の争いが神の声の計画した四つの神聖スキルの奪い合いであるのならば……この地で、奴の目的は果たされることになる。


 ウムカヒメが立ち止まり、俺達を振り返る。


『な、なんだ? ここなのか?』


 俺が問うと、ウムカヒメが首を振る。


「いや、ここからはそなた一人に向かってもらう。私も、ここで待たせてもらおう」


 お、俺一人……?

 その間、ヴォルク達にはここで待ってもらうことになるのか……。


 俺が少し考えていると、その間に俺の前にアロが降り立った。

 右腕に土を纏い、肥大化させている。

 せ、戦闘態勢に入ってやがる!


「……竜神さまにだけ進ませて、何をさせるつもり? あなたの言っていること、胡散臭い」


 ス、ストップ、アロ!

 お、穏便に行こう! 穏便に!


「我が主の遺言なのでな。従えぬというのか? そなたの主は、神の声に興味があるようだが……いいのかえ?」


 ……アロ達はあまり神の声について知らない。

 エルディアのいた巨大樹島で俺とリリクシーラの会話から存在を知り、後で移動の途中でヴォルクに聞かれた際に、簡単に答えただけだ。

 俺に付き纏い、あれこれと指図してきていた妙な声のことだ、と。 

 詳しく知らない分、アロ達にとってはウムカヒメの話が俺よりも胡散臭く聞こえるのかもしれない。


「仮に押し通るというのなら、私は容赦せぬぞ。本意ではないのだが……」


 ウムカヒメが目を細める。

 見かけはただの和装の美人だが、表情が人間のものではなかった。

 強い殺気を感じる。


「……私も、それなりにはやる自信がある。目標を絞り、勝つことを捨てれば……そうであるな、一、二、うむ、二体は殺せるか。やってみるか?」


 ウムカヒメはまずアロに指を向け、数を数える様にトレントさんへと指先を移す。

 トレントさんがびくりと幹を震わせ、くるりと回って顔を隠し、ただの木を装った。

 ……なぁ、トレントさんや、本気で今からそれで誤魔化せると思ってんのか?


『アロ、下がってくれ』


 確かにウムカヒメに従えば、戦力を分断されることになる。

 だが、嘘を吐くならここまで回り諄いことは言わない、とは思いたい。

 それに、シュブニグラスのあの意味深な様子を思い返せば、ウムカヒメを信用してもいいように思える。

 何より……神の声の情報は、しっかりと掴んでおきてぇ。


『多分、そいつの言ってることは嘘じゃねぇと思う。あの神の声とは多分、いつか何かの形で対峙しねぇといけない時が来る気がする』


「……わかりました」


 アロが頷き、その場から退く。

 ウムカヒメの表情が人間らしいものへと戻る。


「では、ここからまっすぐに山を登るがいい。石碑は山頂にある」


 俺はアロ達を軽く振り返り、頷いた後、ウムカヒメの横を通って先へと向かった。

 濃霧の中を進み続ける。


 途中、ぼんやりと霧に巨大な頭部が浮かび上がった……と思えば、クレイガーディアンであった。

 道の両脇に、等間隔で三体ずつ並んでいる。

 ピクリとも動かなかったのでただの石像かと思ったが……ステータスを確認してみれば、確かにクレイガーディアンであり、例の〖ダイレクトバースト〗も覚えていた。


 ……まぁ、攻撃してこないならば、こちらから仕掛けるのは今は控えておこう。


 山頂に近づくにつれて不毛な大地が終わり、緑の草が生えてくる。

 そして山を登りきったところで、ついに全長三メートルほどの大きな石板と出会った。

 石板の周囲は、カラフルな花畑に囲まれている。

 霧で視界が悪いが、幻想的で美しい光景だった。


 ……あの石板に、あのウムカヒメの主らしい、いつの時代かの魔王の記した、神の声の秘密に触れる記録が残っている。


 ふと、石板の死角に赤黒い不気味な輝きを放つ鎧が凭れ掛かっていることに気が付いた。

 いや、ただの鎧ではない。中に、何かがいる。

 ウムカヒメはこれを試練だと称していた。

 あの鎧に何かあるのかもしれない。


 俺はひとまず、距離を置いたところから、詳細を確認してみることにした。


【〖クレイブレイブ〗:A+ランクモンスター】

【五百年前、人の身でありながら魔王の力を得た、呪われた錬金術師アルキミアが生成したゴーレムの一体にして、彼女の半身。】

【かつての自身の愚かしさや後悔の象徴として造ったとも、単に不要になった武具を有効活用するために造ったともいわれている。】


 や、やっぱしあいつ、魔物なのか!

 中に何かいると思ったが、どうやらクレイで造られた人型の魔物だったらしい。


 しかし……これではっきりした。

 クレイブレイブやクレイガーディアンを造ったのは、クレイベアを造った奴と同一人物だったらしい。

 五百年前といえばエルディアが魔王に仕えていた時期のはずだが、エルディアは極度の人間嫌いだったはずだ。

 魔王の力を持っていても、人間に仕えたとは思えない。


 シュブニグラス、ウムカヒメのかつての主は……エルディアの仕えていた魔王から〖修羅道〗を何らかの手段で引き継いだ、錬金術師アルキミアだったのだろう。


 ……つーことは、あいつが最後の試練の番人ってことか。

 あっさり石碑を明け渡してくれる、なんてつもりはねぇんだろうな。

 クレイブレイブの鎧の奥の瞳に妖しい光が灯り、鎧が立ち上がって俺へと振り返り、手にした剣を構えた。

 

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