第496話
「勝ったようだな。我の方は問題なかった。〖クレイガン〗を避け、あの化け物を斬って回っただけだ」
ヴォルクが黄金マギアタイト爺の剣を担いで言う。
山を少し歩き回り、無事にアロ達との合流も果たした。
「竜神さま、聞いてください! レチェルタが毒沼に沈めて、私が押さえつけていたんです!」
アロが嬉しそうに言う。
な、なかなかエグイことを笑顔で仰る。
アロは黒蜥蜴と一緒に行動していた。
黒蜥蜴にはベネム・ゴデスレチェルタに進化した際に得た、〖ポイズスワンプ〗というスキルがある。
調べたところ、地面を崩して毒沼を作り出す範囲攻撃スキルの様だった。
……恐らく、〖ポイズスワンプ〗とアロの〖未練の縄〗を併用して、土の腕で眷属共を沈めていたのだろう。
強烈なコンボではあるが、絵面を考えるとなかなか凄まじい。
黒蜥蜴は黙って物静かに歩いてはいるが、どこか得意げな様に見える。
……トレントとアトラナートのコンビは大丈夫だったのだろうか?
アトラナートは問題なさそうな様子だが、反対にトレントはどこかげっそりとして見える。
『だ、大丈夫か、トレント?』
『主殿……頑張りましたぞ。少しでも効率よく動くため、ひたすら〖デコイ〗で敵を集めておりました』
『そ、そうか、よくやってくれた……』
……多分、アトラナートの指示だったんだろうなぁ。
しかしこれまではガード役のステータスだったのに手頃な敵がいなくてまともに殴られれば死ぬという残念な結果に終わっていたトレントさんだったが、今回のお陰でガード役も立派に熟せるステータスに成長していたのだということがわかった。
B+級に進化したことで、ここの魔物の強さにトレントさんが追いつけたのが大きいだろう。
ささっとトレントさんが俺の背後に回り、幹を伸ばしてアトラナートを睨む。
『アトラナート殿! 主殿がいなければ私が強く出れないのをいいことに、私を都合よく使い過ぎではないか!』
トレントさんが物凄くぶっちゃけた発言でアトラナートを責める。
俺がいたら強く出れるのか……そうか……。
一応元先輩なんだけどなあ……。
アトラナートが腕を組み、仮面の下からトレントを睨む。
トレントさんがささっと全身を俺の身体に隠した。
「ソウダナ、頑張ッテイタ」
アトラナートが面倒臭そうに、淡々とした調子で言う。
やや低めのアルト声だ。ナイトメア時代に人化していた頃よりもはっきりとした声に思う。
あの頃の人化より、今のアトラナートの状態の方が、人間に近いのかもしれない。
……おい、相手にされてないぞトレントさん。
すげー大人に返されてるじゃねぇか。
『ア、アトラナート殿が、私を褒めてくださった……?』
トレントさんが俺の陰からそうっと首を出す。
お前、チョロ過ぎないか、トレントさん……。
本当にそれでいいのか?
何はともあれ、これで先に進むことができる。
俺は霧の中を、前へ前へと進む。
この先にクレイガーディアン、シュブ・ニグラスの護っていた何かがあるはずなのだ。
段々と霧が濃くなっていき、気分も悪くなっていく。
『……トレントさん、そっちじゃねぇぞ。ヴォルクも』
『か、かたじけない……』
「む、むぅ……我には、少しここの霧はキツいかもしれぬ。先程から、イルシアの姿がブレて見えるのだ」
……アロは耐性があるし、黒蜥蜴は俺に張り付いていたので無事だったようだ。
アトラナートはいつの間にやら俺の尾先に糸を吐きかけており、それを手繰って追いかけてきていた。
本当に要領がいいんだなお前は。
つーか、お前の糸、〖吸魔闇粘糸〗の特性で魔力と体力を吸うんじゃなかったのか……?
多分これ、オンオフ効かないタイプのスキルだろ。
微量だから俺には無問題だが……こう、ちょっとは遠慮というか、先に許可を取ってほしいんだけど……。
『どうする? ここから先は厳しいか?』
「笑止、こんな面白そうなところから途中で降りられるものか」
さすがヴォルク、強い。
「アトラナートよ、我に糸を掛けて引っ張ってくれ」
……そいつの糸、体力と魔力吸われるんだぞ、本当にいいのか?
細くすれば微量では済むだろうが……。
アトラナートは仮面をつけているので表情は見えないが、身振りから若干ヴォルクに引いているようだった。
そんなこんなで、俺、アロ、そしてアトラナートがフォローを入れつつ、どうにか霧の中を突き進むことができた。
山頂に近づき、いよいよ霧が深くなってきたとき……濃霧の中に、一人の女の姿がぼんやりと浮かんでいた。
切れ長の目をしており、着物に近いデザインのドレスを身に纏っている。
ただの美人に見えるが、こんなところで普通の人間と出会うわけがない。
【〖ウムカヒメ〗:A+ランクモンスター】
【広範囲を幻影の霧で覆い尽してしまう程、強大な力を持った魔物。】
【様々な姿へと化けることができ、目にした姿を模し、対象の使用したスキルを完全に近い形で再現することができる。】
【その恐ろしい性質から、正体はまったくの不明であり、神や災害そのものとして畏れられてきた。】
【大昔に人間の男と結ばれたが、彼が不興を買ったために村を含める周囲一帯に混乱の霧が撒かれ、周囲の生物は皆何日も呑まず食わずで歩き続け、苦痛さえも感じずに死に絶えて行ったという。】
【正体は大きな貝の化け物である。】
こ、こいつもA+なのか!?
「身構えなくてよい、こちらにこれ以上、敵対する意図はない。ただ、試したかったのだ。そなたらに六道スキルの継承者がいるのか、の」
ウムカヒメが口を開く。
り、六道スキルってことは……やっぱし、こいつも昔の魔王の関係者なのか?
シュブ・ニグラスが妙に好戦的だったのも、俺を試すためのことだったのかもしれない。
「そして、神の声に刃向かえる器であるのかどうかのな」
『か、神の声に刃向かう……? こうしている間にも、奴に見張られているんじゃねぇのか?』
本当に、そんなものが通用するのか?
あいつは、戦いの土台に立てるような相手なのか?
確かに奴が野放しになっている限り、俺に安寧があるのかどうかはわからない。
だが……そもそも、戦って勝負になる様な相手なのか、俺にはわからない。
「興味はあるようだな。奴の狂信者でなくてよかった。であれば、敵わずともこの場で私が喰いとめねばならなくなるところであった」
ウムカヒメが続ける。
「我が主は、元は神の声に従い、世界をあるべき姿にしようと奮闘なされていた。だが、奸計に嵌められ、奴の身勝手な願望のための便利な道具にされていたことに嘆き、この地で奴を倒すための準備を行ったのだ。だが、それも虚しく失敗に終わった。しかし……この先で、我が主が残した、奴についてわかったことを纏めた石碑がある。最後の試練を受けるつもりなら、私を追いかけて来るがいい」
ウムカヒメの姿が、霧の中を動いて更に奥へと進む。
俺はアロ達の顔を見る。
彼女達が頷いたのを確認し、先へと進んだ。
『最後の試練って、まさかお前と戦えっていうのか?』
「準備を整えたシュブ・ニグラスに勝った相手に、私が戦って何が試せようか。私ではない」
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