第265話

「くっ、くそっ! 来るなぁっ!」


 男は子供を背に隠し、槍を構える。


「ヴェェェ……」

「ヴェァアエ」

「ヴェヴェヴェ」


 三体のアビスは奇怪な鳴き声を上げ、歯を打ち鳴らしながら詰め寄って行く。

 あの調子だと、長くは持たねぇ。


「グォオオオオッ!」


 俺は〖咆哮〗を上げてアビスを脅してみたが、アビスは三体揃って俺の方にちらりと顔を向けると、次の瞬間、男へと脚をくねらせて猛ダッシュを始めた。


 逆効果だったかクソッ!

 さっきはこれで逃げてくれたのに、今回は獲物を狩る方を優先しやがった!


 前回はアビス二体、リトヴェアル族が三人だったから、狩るのに時間が掛かると踏んでくれただけだったようだ。

 俺は地面を足で蹴り、翼を広げて低空飛行した。


「き、君は家の中に戻りなさい!」


 男が言うと、子供が泣きながら家に向かう。

 壁を突き破り、四体目のアビスが現れた。


「ヴェァアッ!」


「きゃぁぁぁぁっ!」


 子供が叫び、その場に倒れる。

 俺も叫びたくなった。

 あいつら容赦なさ過ぎんだろ。


 こうなりゃ、一旦アビス共をビビらすしかねぇ。

 俺は翼を傾かせて高度を上げ、宙で前足を大きく持ち上げる。

 そのまま急降下し、前足で地面を踏み鳴らした。


 〖勇者〗によって得た、〖地返し〗のスキルである。

 辺りが揺れて地鳴りが響き、大地に罅が入る。

 驚いたアビスが動きを止めた隙を狙い、翼をはためかせて〖鎌鼬〗を四発放った。

 少々遠いが、動きの止まっている今なら当たるはずだ!


「エァアッ!」「ヴェッ!」


 二体のアビスが〖鎌鼬〗を身体に受け、宙に吹き飛ばされる。

 空中に身体の一部が舞い、体液が噴き出す。

 長い脚が微かに揺れるが、じきに動きを止めた。


【経験値を360得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を360得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが66から67へと上がりました。】


 残り二体にはギリギリ〖鎌鼬〗を躱されちまった。

 だが脅しには充分だったようで、リトヴェアル族から目を放して逃げて行く。


 俺は地面を後ろ足で蹴って接近し、前足に体重を掛けてアビスを踏み潰した。

 ブチャッと音が鳴り、前足の裏にアビスの脚の蠢く感触が伝わってくる。

 俺は急いで引き、前足を砂に擦り付けてアビスの体液を拭った。

 ……不快感はあるが、どんどんアビスに慣れて行くこの感じが嫌で仕方がねぇ。


 しかし、集落に来ているアビスは二十体以上だったか。

 俺が来たことで、何体かは帰ってくれたと思いたいもんだな。


「あ、ありがとうございます竜神様……あの、この子を地下集会所へ連れて行くまで、ついてきてもらえないでしょうか」


 男は息を荒くしながら座り込んでいたが、いくらか落ち着いたところで俺へとそう声を掛けてきた。

 アビスがどこにいるかもわかんねぇんだから、断る理由もねぇ。

 今の状況で大人が一人だと、その避難所になっているらしい地下集会所まで、安全に行けるかどうか怪しい。

 俺は頷いて了承し、二人について一度地下集会所へと向かうことにした。


 二人に先導してもらって集落の中を進む。

 アビスが派手に暴れた後があちこちに残っていた。

 倉庫は柱が齧られて倒れており、家畜小屋には鶏のような生き物の脚と羽だけが転がっている。

 人間の死体がないのがまだ救いか。

 何やかんやいって、アビスの襲撃の対処には慣れているのだろう。


 と、すぐにガチュガチュという奇怪な音が聞こえてきた。

 何かを喰い荒らしているような、そんなふうに俺には思えた。

 もしやと思い、さぁっと血の気が引いていく。


 俺は男に目配せした後、音の許へと走って行く。

 道端の真ん中でアビス三体で顔を突き合わせ、何かを喰らっているようだった。

 中心にいる者が生きているとはとても思えない。


「グォォオオオッ!」


 俺は吠えながら地面を蹴って飛び上がる。

 無防備に食事を続けるアビス達を、落下と同時に爪で切り裂いた。

 一瞬だった。爪はアビスを貫通し、その身体を引き裂いた。

 逃げようとしたアビスも動きが鈍く、その背を真っ二つにしてやった。

 残骸と体液が辺りに舞う。


【経験値を558得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を558得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが67から68へと上がりました。】

【称号スキル〖害虫キラー〗のLvが4から5へと上がりました。】


 三体分の経験値が一気に入る。

 だが、そんなことに気を留めている場合じゃねぇ。

 俺は目を背けたい気持ちを抑え、アビスの喰らっていた死体を確認する。


 アビスだった。

 アビスが、アビスを喰っていた。

 俺も混乱したが、それは間違いねぇ。

 アビスの身体は噛み千切られており、脚なんて一本しか残っていなかった。


 と、共喰いしてやがった、あいつら……。

 一層と気分が悪くなってくる。

 そういや以前にアビスの説明を見たとき、そんなことが書かれてたな。


 アビスの死骸には、矢が五本ほど刺さっていた。

 矢の先端の方に、青紫色の液体がべったりと塗られている。


 これって、ナグロムも使ってたモルズの毒って奴か?

 毒矢突き刺してから槍で刺し殺したのか。

 アビス単体なら、リトヴェアル族が囲めば十分倒せるみたいだな。

 ちょっとほっとした。


 悪いが、死骸掃除はリトヴェアル族に任せよう。

 俺の方が楽に運べるだろうが、ちょっと精神衛生上よろしくない。


 俺はアビスの体液塗れになった爪を地面で拭く。

 ……アビス喰ってるだけだったら、こんな焦んなくてよかったな、クソ。

 普通に〖鎌鼬〗で倒せばよかった。


「向こうの建物が集会所です! ありがとうございます! ここまで来られたら、後は自分だけで大丈夫……」


 男が言い切るより先に、その集会所とやらへ二体のアビスが突っ込んでいった。


「「ヴェェェェエエェ!」」


 扉を喰い破って押し入って行く。


「大丈夫……大丈夫……」


 男はぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。

 その足に、子供が不安そうに抱き付いていた。


 ……あれ、地下集会所、大丈夫だよな?

 入り口に頑丈な扉くらいはあると思いたい。

 と、とにかくあっちに向かわねぇと。

 あそこにアビスが居座ってたら、避難に来た人間も喰われちまう。

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