第110話

 巨大ムカデに追われている馬車も、そろそろ限界が近そうだ。

 馬の息が上がっているし、速度に耐え切れず、馬車の車輪の部分が軋み始めている。


 馬車は見栄えを度外視して頑丈さと大きさを意識した作りのものらしく、形は単純で装飾もなく、車輪が大きすぎて不格好だ。

 何を運ぶためのものなのかは知らないが、丈夫そうではある。

 だが、今の速度を続けていれば、いつぶっ壊れてもおかしくない。


 俺は充分に巨大ムカデの尾に接近してから転がりを緩め、爪を伸ばして飛び掛かる。

 〖麻痺耐性〗を持っているようだったが、ちっとは効いてくれればいいんだが。

 回転の速度を乗せ、〖痺れ毒爪〗を勢いよく叩き付ける。


 砂色の体表に弾かれ、爪が割れる。


 身体が硬すぎる。

 これ、防御力のせいだけじゃねぇな。巨大ムカデの持ってる特性スキル〖蟲王の甲殻〗によるものだろう。

 表面さえ突破できれば、ちっとはダメージを与えられそうなんだが。


 俺は崩れかけた体勢をなんとか持ち直しながら身体を強引に回し、爪を叩き付けたのとまったく同じ部位に牙を突き立てる。


 刺さったか?

 いや、浅い。巨大ムカデの体表が窪んで俺の上顎の牙がめり込んだものの、割れてはいない。

 ちょっと硬すぎねぇかな。牙、折れるかと思ったぞ。


 ここで放すわけにはいかねぇ。

 下顎の牙も引っ掛け、巨大ムカデに喰らい付く。

 なんとかしがみつけてはいるものの、俺の腹部が砂漠の地に擦りつけられる。


 背に比べ、腹は鱗も薄い。

 引き摺られると滅茶苦茶痛い。痛いっていうか、もう熱い。

 摩擦で発火しそうな勢いだ。


 しかもこの体勢、しがみつくのが精一杯で結局何もできない。

 かといって放すわけにもいかねぇ。

 ここで口を開いたら、後ろに弾き飛ばされる。これ以上馬車はあの速度に耐え切れねぇ。


「グゥゥゥゥウウ!」


 俺は口を閉じたまま、唸り声を上げる。

 巨大ムカデは無視して走り続けている。


 俺の五倍くらい体重がありそうにしても、ほとんど速度変わらねぇって反則過ぎるだろ。 

 何喰ったらここまでデカくなったんだこいつ。ああ、馬車とかか。そりゃ成長するわ。

 木ごとバリバリ喰らっちまいそうだもんな。


 ただ、僅かではあるが、間違いなく減速はさせられている。

 俺を引き摺っている状態だと、馬車の方が速い。

 地道にではあるが、馬車との距離が開き始めている。


 でも今の状態を続けて逃がすってわけにもいかねぇ。

 擦られ続けて俺の腹が限界に近いのはまだいいとして、あの馬の疲労度を見るに、馬車がそろそろ一気に減速してもおかしくない。

 そうなれば、この状態でも追い付いちまうだろう。


 かといって他の手も浮かばねぇし、そもそもこの体勢だと何もできねぇし、でも口を放したらその瞬間に巨大ムカデは馬車に追いついちまうだろうし、現状維持をすることしかできない。

 何か、いい手はねぇのか。


「ギギヂヂヂヂヂヂヂィッ!」


 巨大ムカデが、大声を上げて鳴く。

 それに脅えたのか馬の動きが少し乱れるが、すぐに持ち直した。


 危ねぇ、冷や冷やさせやがって。

 俺が安堵したその次の瞬間、巨大ムカデの頭部に赤い光が集まっていくのが見える。

 あれひょっとして、さっきチェックした巨大ムカデの遠距離技、〖熱光線〗じゃねぇのか。


 あんな巨体からビームなんか出たら、馬車なんか一撃でぶっ壊れるぞ。

 あのタメから見て、小技じゃねぇ。一撃必殺タイプの技だ。

 俺がなまじ喰らい付いて減速させたから、手段を変えやがった。大人しく標的を移してくれたらいいものを。


 どうにか止める手段はねぇのか。

 いや、無理だろ。〖転がる〗の最大速度でもビクともしねぇんだぞ。

 何か、止められなくてもいい。

 〖熱光線〗の軌道を逸らすことさえできれば、この場は凌げる。


 幸い、巨大ムカデは〖熱光線〗の準備に意識を割いているようで、更にちょっとだけ減速している。

 この状況なら、俺も体勢を整えられる。

 腹這いの姿勢から何とか足を持ち上げ、砂漠の砂に爪を立てて踏ん張る。


 これで、止まりやがれぇぇぇえ!


 砂煙を派手に散らしながら、それでもなお前へ前へと引き摺られていく。

 重ねて減速させることはできたものの、まだ、まだ巨大ムカデは止まらない。

 しかも頭部の先端をきっちり馬車に合わせ、〖熱光線〗を放つ準備をしている。

 もう、今にも何か撃ちだしそうな雰囲気だ。


 止めただけじゃあ駄目だ。

 今、この瞬間に、巨大ムカデの頭の向きをズラしてやらなければならない。


 だったら、これでどうだ。

 俺は後端に噛みついたまま翼を広げ、全力で地を蹴って飛び上がる。


 巨大ムカデの下半身が、宙に浮いた。

 俺の身体は凧のように空を舞い、ムカデの走りに振り回される。

 これ以上は持ち上げられない。

 あいつ、こんな状態でも走んのかよ。


 巨大ムカデの頭部から、真っ赤な光が一直線に放たれる。

 光線を通して見た先が、大きく揺らいで見える。かなりの熱を持ってやがる。


 巨大ムカデは強引に変えられた角度を調整しようと、頭部を動かす。

 砂を焼き払いながら、光線の狙いが大きく左右に動く。

 馬車の真後ろ、真横、反対側と光線の到着地点が揺れていく。

 光線の当たった砂はジュウッと音を立て、黒い焼け跡をその場に残していく。


 まずい、このままだといつか馬車に当たる。

 こうなりゃヤケだ。俺も空中で、がむしゃらに身体を動かす。

 光線の照準が滅茶苦茶になる。


 馬車の上部に、光線が掠った。

 その部位が砕け散り、火がついた。

 あれ……ヤバくねぇか?

 いや、あのくらいなら、走っていれば消える……のか。


 見当違いな方向にあるサボテンを焼き払い、〖熱光線〗が止んだ。

 なんとか逸らしきったか。

 とんでもない威力だ。あんなもん、まともに受けたら俺でも死ぬぞ。


 ほっと一息ついたところで、巨大ムカデが再加速を始める。

 〖熱光線〗に割いていた意識を走りに戻しやがったか。


 巨大ムカデが下半身に体重を掛け、地に戻そうとして来る。

 翼を羽ばたかせてなんとか後方に飛ぼうとするも、健闘虚しく、身体を砂漠の砂に叩き付けられることになった。


 牙に強烈な激痛。

 叩き付けられた衝撃で、折れた。

 あの強靭な甲殻に巨大ムカデの力で叩き付けられることになり、牙が、持っていかれた。


 当然しがみ続けることもできず、振り解かれた。

 俺は砂漠に勢いよく背を打ち付け、その場に転がることとなった。

 俺から解放された巨大ムカデは、どんどん加速して馬車を追っていく。

 身体が軽くなったのが心地よいのか、最初よりもむしろ速い。


 俺は慌てて起き上がるも、一瞬を争う事態であるにも関わらず、動きを止めてしまった。

 加速する巨大ムカデ、馬が疲弊し速度を落としていく馬車。

 俺が止められるかどうか云々の前に、俺が追い付くより先に事が終わってしまうのではないかと、そう考えてしまったのだ。

 そして、そうなるであろうことは明らかだった。


 俺は思考を無にし、痛みを無視して立ち上がる。

 視界に肉のついた自らの牙が見えるが、すぐに目前の巨大ムカデだけに意識を集中させる。

 余計なことは考えるな。

 今は、あれに追いつくことだけを考えろ。

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