第32話

 向こうはまだこちらに気付いていない。

 このアドバンテージを活かさない手はない。

 元より勘が鈍い方なのだろう。ぜんっぜんこっちに気付いてない。


 つうか、ぶっちゃけ熊の形した粘土だもんな。

 制作途上のフィギュアみたいな外見してやがる。あの耳と目がちゃんと機能しているかも怪しいぞ。

 完全にただの飾りになってねぇかアレ。


 ……まぁ、そんな相手の事情は知らねぇけど、強みは徹底的に利用しねぇとな。

 不意打ちで後ろから殴り掛かるとか、そんなことでは甘っちょろい。

 最低でもそのまま二発はブチかましてやりたい。


 徹底的に張り付いて、アイツが大きな隙を晒したときを狙ってボコボコにする。

 食事時や排泄時に襲撃すれば、ほぼ間違いなくそのまま殴り倒せるはずだ。

 食事時や排泄……アイツ、もの喰うのか? 喰えるのか?


 とにかく張り付いてみるか。

 確実に経験値と壺が手に入るのなら、一時間や二時間くらいの待ち惚けなんざ怖くない。

 遠くの草むらからクレイベアを観察する。クレイベアが移動すれば、その後を追った。



 ……クレイベアに張りついてから、三時間近く経過した。

 こっちが腹減ってきたぞ。一旦戻って、道中に転がしといたホーンラビットでも喰って来ようかな。


 因みにこの間、クレイベアは行動らしい行動を何一つしていない。

 のっしのっしと歩き、来た道を戻ったり、そんなことばかり繰り返している。

 アイツ、本当に生物なのか?

 それさえ怪しくなってきたぞ俺は。


 クレイベアの近くをダークワームがのっそのっそと通って行く。

 お互いに無視しているようだった。


 あれ、ああいう感じなの?

 ダークワームから見てもやっぱアレ生き物じゃなくて、ただ動いてる物体って認識なの?

 

 ……なんかもう、クレイベアがただの粘土にしか見えなくなってきたぞ俺。

 あほらしくなってきたな。普通に正面から殴って持って帰るか。


 俺が痺れを切らし立ち上がりかけた、その時だった。


 クレイベアが素早く身体を回し、すれ違ったばかりのダークワームの背に土塊の拳を叩き込んだ。

 ダークワームは声を上げる間もなく呆気なく潰れ、腹の中身を遠くまで吐き出した。


 俺は口をポカンと開け、ただ見ていることしかできなかった。


 クレイベアがひしゃげたダークワームへと覆い被さると、腹部が裂けて大きな口が現れた。

 ぐちゃぐちゃと、血飛沫を飛ばしながら残酷に喰い散らかしていく。


 熊じゃねぇ! あれ熊じゃねぇぞ!

 アイツにベアなんか名乗る資格はねぇぞ! 俺が許さねぇから!

 改名しろ!


 と、取り乱してる場合じゃねぇな。

 待ちに待ったクレイベアの捕食シーンだ。

 どんな生き物も、生理的な欲求を満たしている間は恐ろしく無防備になる。

 それはモンスターとて例外ではない……と、思いたい。そう信じたい。


 正直こんなバケモノと闘いたくなどないが、壺が欲しい。

 我が家のインテリアを充実させたい。


 たまたまあの洞穴を見つけた人間が『あれ、ドラゴンって結構頭いいし、大人しそうだな。ちょっと仲良くしてみっか』とか思うようになるぐらいの感じにまで発展させたい。

 そのためにはクレイベアの土が欲しいのだ。



 俺は〖転がる〗で雑草を掻き分けて突進し、食事に夢中なクレイベアの背へ、思いっ切りタックルを決める。


「ベェッ!」


 クレイベアの背が、大きくへこんだ。

 熊らしくない声を発しながら、クレイベアは腹の口からダークワームの残骸を吐き出す。


 素早くターンし、再度へこんだクレイベアの背を狙う。

 どっせい! 更にもう一発!


「ア”ァ”ッ!」


 クレイベアは転がり、近くの大木に身体を打ち付ける。


 しかし、まだ手を緩めはしない。

 何が起こったか理解できないでいるクレイベアへ、三発目の突撃をかます。

 軽く弾んで飛び、クレイベアの腹を狙う。


「ウベヘェッ!」


 クレイベアの背の木を粉砕し、そのまま突き進む。

 が、クレイベアの腹が開くのを感じ、俺は〖転がる〗を中断する。

 肩辺りを蹴っ飛ばしてその反動で間合いを取り、二本の足で地に立つ。


 クレイベアの腹から覗く巨大な口が、俺を睨んでいるようだった。

 危ない危ない。回避が遅れたら齧られていた。


 まぁ避けれたのは良しとして……倒しきる前に戦闘態勢入られちまったな。


 つっても、三発ぶち込んだんだから結構効いただろ。

 実際、クレイベアの様子は腕が千切れかけで胴体もベコベコ。

 後一発トドメと行きたいところだが、手の内の分からない臨戦態勢の相手に飛び込むのはキツイ。

 とりあえずステータスチェックとしますかな。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:クレイベア

状態:憤怒

Lv :25/40

HP :57/178

MP :100/100

攻撃力:75

防御力:136

魔法力:56

素早さ:65

ランク:D+


特性スキル:

〖ゴーレム:Lv--〗〖土属性:Lv--〗


耐性スキル:

〖精神汚染耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖噛みつき:Lv6〗〖変形:Lv2〗〖自己再生:Lv4〗

〖クレイ:Lv4〗〖砂嵐:Lv1〗


称号スキル:

〖土塊:Lv3〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 俺とほぼ同Lvか。

 防御力高いけど、しっかりダメージ通ってるな。

 使い倒して〖転がる〗のスキルLv上げた甲斐があった。


 しかし、〖噛みつき:Lv6〗はヤバいな。

 不用意に飛び込まなくて良かった。返り討ちにされかねない。


 〖憤怒〗がついちまったのは……まぁ、当然だわな。

 食事時に襲われたら誰だって怒る。俺だって怒る。


「ベアァァッッ!」


 クレイベアが腹の口を開けて吠える。

 みるみる内にへこんだ身体、千切れかけの手が再生していく。


 〖自己再生〗か、まーた高防御力の持久型かよ。

 どいつもこいつもぽんぽん回復しやがって。

 回復魔法覚えようと苦労してたのに〖人化の術〗に唆されてその道を断たれた俺に土下座するべきだろ。

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