第214話
〖気配感知〗で勇者が逃げ込んだ建物の中を探る。
中にいるのは一人だ。建物の中に転げながら走る男がいる。
男が建物の中を通って反対側の通路へと逃げていったのがわかった。
建物を飛び越えて追い掛けるのはタイムロスに繋がる。
俺は背を屈め、建物の壁を崩して無理矢理押し入った。
背に落下物の衝撃を感じながら、そのまま逆側の通路へと這い出る。
俺が出た途端、背後の建物が完全に崩壊した。
……持ち主の人には悪いが、仕方ねぇよな。
左側から気配がした。
首を向けると、勇者がいた。
血塗れで壁に寄りかかり、座り込んでいる。
出血が酷く、もう満足に動けないようだった。
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〖イルシア〗
種族:アース・ヒューマ
状態:流血(大)
Lv :78/100
HP :32/602
MP :6/552
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今すぐにでも死にそうなステータスだ。
勇者から少し離れたところに人だかりができていた。
皆、唖然としたように勇者を眺めている。
だが俺を見つけてから、群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
勇者は逃げて行く群衆を睨み、足を震わせながら立ち上がる。
「こ、答えろ、ラプラス! 僕は、僕はどうなる! どうすればいい!? ラプラス! 答えろォッ!」
その名称を聞いて、思わず俺は動きを止めてしまう。
ラプラス……物事の確率を明かしてくれる、神の声の機能の一つだ。
確か勇者も持っていた。
急に聞いたから驚いたが、あいつがこの土壇場で頼ろうとしても、別におかしなことはない。
不吉な気がするので、俺は触らないようにしているが。
俺は腕を振り上げながら勇者へと飛び掛かる。
それと同時に群衆の中から一人、女の子が勇者の方へと飛び出してきた。
「ゆ、勇者様っ!」
勇者は今までずっとハレナエで英雄だと讃えられていた。
この騒動の状況を把握しきれていない人達も多いだろう。
子供ともなれば尚更だ。
子供の前で悪いが、こいつだけは殺させてもらう。
爪を振り下ろすと、勇者がさっきまでの状態からは考えられない速度で動いた。
跳んで身体を丸め、走ってくる女の子へと近寄る。
ヤケクソではなく意志のある動きだった。
そのまま勇者は女の子を抱きながら地面へと倒れ込む。
「きゃぁっ!」
そのまま素早く身体を起こし、真っ赤な刃を女の子の首へと突き付けた。
「来るなぁっ! それ以上近づいたらこいつを殺すぞぉっ! いいのかぁ? どうするぅっ! ほら、下がれぇっ!」
「ど、どうして……う、嘘……こんな……」
「黙れぇっ! 僕は、ガキが嫌いなんだよぉっ! 耳元でごちゃごちゃと煩い、ぶっ殺すぞぉッ! おら、下がれぇっ! 下がれって言ってるだろうがぁっ!」
う、嘘だろ、おい。
いくらなんでも、そこまでやるのかよ。
群衆からも悲鳴と困惑の声が上がっている。
「ど、どうして勇者様があんなことを……」
「何かの間違いだって、俺、そう思ってたのに……なんで……」
勇者がそれらに耳を貸す様子はない。
「ふふっ、あはははははぁっ! 本当に躊躇うとは思わなかった! 馬鹿がぁっ! 魔物の癖に、気持ち悪いんだよお前っ!」
勇者が剣先を女の子の首から外す。
解放するのかと思いきや、そのまま女の子の腹を剣で斬りつけた。
「あっ、あ、ああ……」
女の子が口から血を吐く。
「グォォォオッ!」
俺は再び大きく前進し、前足を振り下ろして勇者の頭を狙う。
勇者は爪と自分の間に、死にかけの女の子を蹴り上げた。
思わず俺は、爪を立てないように女の子を前足で掬う。
無防備になった俺の前足を、勇者が剣で斬りつけた。
「グォッ!」
「あはははははぁっ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿がぁっ! 何度も何度も同じ手に掛かりやがって!」
勇者は剣を振り上げたまま民衆を追いかけていく。
あの出血で、あそこまで動けたはずがねぇ。
いや、出血量が減っている。勇者の怪我が、治っているのか?
血を被った勇者の剣の鞘が、どくどくと脈打っているように見えた。
まさか、あの剣、人の血を吸って持ち主のHPを回復するのか。
民衆を追いかけていったのも、他の人を斬ってHPを確保するためか。
……相方、頼む。
「グァァッ!」
相方が鳴くと、女の子が光に包まれる。
それから俺はそっと女の子を地面に置いた。
「ど、どうして……」
そう呟く女の子に背を向け、勇者の姿を捜す。
【称号スキル〖ちっぽけな勇者〗のLvが9からMAXへと上がりました。】
「ほらほらぁ! こっちも回復しないと死ぬぞ、はは、あはははぁっ!」
勇者は二人目を斬ったところだった。
勇者は今斬った男を、道の端へと蹴り飛ばす。
俺は飛び、勇者の進行方向を塞いだ。
「……え?」
その背に爪を立てて持ち上げ、勢いをつけてから地面へと叩き付けた。
「あがぁっ!」
勇者は回復は行ったが、それも大した量ではない。
勇者の動きは万全ではなかった。
今の行動は、完全にただの悪足掻きだ。
いったいラプラスが何パーセントだと言ったのかは知らねぇが、元よりまともな勝算があったとは思えねぇ。
「ガァッ!」
相方が吠えると、端に倒れていた男の人を光が包んだ。
生きている。
恐らく、俺の気を引くために敢えて殺さなかったのだろう。
【称号スキル〖救護精神〗のLvが9からMAXへと上がりました。】
〖ちっぽけな勇者〗と〖救護精神〗、両方の善性スキルがカンストした。
「ラプラス! 話が違うぞ! 僕を、僕を助けろォッ! どうすれば、どうすれば助かる! 教えろ、教えろォッ! ふざけるなぁっ!」
手足をばたつかせながら勇者が喚く。
俺は勇者を押さえつけている前足に力を加える。
勇者越しに床の地面が割れる。
「おぶっ! あ、ああ……」
勇者の手が、剣を放した。
刃が地面に当たり、ガランと音を立てた。
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