第215話

「誰か、僕を助けろぉっ! ふざけるな、僕がどれだけお前達を助けてきてやったと思っている! 僕が死んだらこんなゴミみたいな国、一気に貧困国へと逆戻りだからなぁっ! わかってるのかぁっ!」


 民衆は大半が逃げた後だった。

 だが事の顛末を見守ろうとしてか、十数人ほど残った者達がいた。

 しかし当然、誰も動きはしない。


 俺は勇者を押さえつけているのとは逆の前足を持ち上げる。

 これでもう、終わりだ。


「ひぃっ! やめろ! 僕が、勇者が死んだら、魔王が出てきたときに誰も対処できなくなるぞ! いっぱい死ぬぞ! お前が、お前が殺すんだぞぉっ! やめろぉぉおおっ! 放せ、放しやがれぇっ! 僕は、勇者様だぞ!」


 勇者が俺の前足へと爪を立て、歯を立てる。

 今更どう足掻こうと無駄なことはこいつもわかってるだろうに。


【称号スキル〖ちっぽけな勇者:LvMAX〗と〖救護精神:LvMAX〗が、〖勇者:Lv1〗へと変化しました。】


 うん? なんだ?


【神聖スキル〖人間道〗の譲渡条件が成立しました。】


 神聖スキル?

 そういや勇者は認識不能スキルを持っていたような気がするけど……あれのことか?


「ど、どういうつもりだ! ふざけるなぁっ! 僕を散々利用しておいて、いらなくなったら捨てるつもりかぁっ! お前みたいな奴の、何が神だぁっ!」


 勇者には別のメッセージが送られているらしい。

 宙を掴むよう我武者羅にもがきながら、表情に憎しみの色を浮かべていた。


【神聖スキル〖人間道:Lv--〗を得ました。】

【特性スキル〖神の声〗のLvが4から5へと上がりました。】

【称号スキル〖ラプラス干渉権限〗のLvが1から2へと上がりました。】


 な、なんか悪関連とは別の意味で上げたくなかったスキルLvが上がって行くんだけど……。

 勇者のステータスはどうなってやがるんだ?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:アース・ヒューマ

状態:流血

Lv :65/65

HP :18/398

MP :2/355

攻撃力:272

防御力:214+76

魔法力:252

素早さ:240


装備:

体:〖水竜の衣:B+〗


特性スキル:

〖精霊の加護:Lv--〗〖妖精王の祝福:Lv--〗〖グリシャ言語:Lv6〗

〖剣士の才:Lv9〗〖気配感知:Lv6〗〖忍び足:Lv7〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv6〗〖魔法耐性:Lv6〗〖闇属性耐性:Lv7〗

〖幻覚耐性:Lv5〗〖毒耐性:Lv5〗〖呪い耐性:Lv3〗

〖石化耐性:Lv5〗〖即死耐性:Lv4〗〖麻痺耐性:Lv3〗


通常スキル:

〖衝撃波:Lv6〗〖十連突き:Lv5〗〖ルナ・ルーチェン:Lv7〗

〖サモン:Lv7〗〖ミラージュ:Lv3〗〖ハイレスト:Lv5〗

〖クイック:Lv4〗〖パワー:Lv5〗〖マナバリア:Lv2〗

〖フィジカルバリア:Lv4〗


称号スキル:

〖元英雄:Lv--〗〖蟲王との契約者:Lv--〗

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……ね、ねぇ。

 〖神の声〗が消えてやがる。

 あれだけあった称号スキルが嘘だったかのようにスカスカだ。

 伏字スキルも見当たらねぇ。

 ステータスすら下がってやがると思ったら、レベルの最大値が減少している。


 わかってはいたことだが、本当にロクでもない。

 綺麗さっぱり捨てやがった。


「ふざけるな! ふざけるなぁっ! 答えろラプラス! 僕は、僕はどうなるんだぁっ!? 答えろぉっ!」


 俺もいつか、足下で騒いでいるこいつのように切られるんだろうか。

 ……いや、考えねぇようにしよう。それはまた〖神の声〗持ちを見つけたときに考えればいいことだ。


 あれだけ憎かった勇者も、こうなってしまえば憐れみさえ感じる。

 見ちゃられねぇ。さっさと終わりにしてやろう。


 そう思ったとき、こちらを見ている民衆の後ろの方にアドフの姿が見えた。

 俺を追いかけて様子を見に来たのだろう。


「ガァッ」


 俺がアドフへと鳴く。

 アドフは小さく頷いた後、民衆を押し退けて前へと出て来る。

 それを確認してから、俺はそっと前足を上げた。


 勇者は俺の足下から這って出て、剣を拾いながら立ち上がる。


「はー、はー! 気が緩んだな! 僕は、僕はまだまだ、動けるぞ! ははははははぁっ!」


 勇者はそう叫ぶと、左右によろつきながら走って行く。

 あの様子だとまともに前が見えているのかどうかも怪しいものだ。


「この国も! お前も! あのクソみたいな神も! いつか絶対に殺してやる!」


 勇者が掠れ声で吠える。

 前にアドフが立つと、勇者は口を大きく開いて笑った。

 アドフを斬ってHPを回復しようと考えているのだろう。


「雑魚が、僕に何の用だよ!」


 勇者が剣を振るう。

 それに対し、アドフも剣を振るう。


「『剣を下ろせ』ェッ!」


 アドフの大剣が止まる。

 〖囚人の刻印〗はまだ生きていたらしい。


「今度こそ、死ね!」


 勇者の剣を、アドフはしゃがんで回避する。

 そのまま前転して勇者の背後へ潜り込み、素早く立ち上がる。


「あ、ああ……?」


 勇者がアドフの姿を見失う。

 アドフが勇者の死角からタックルをくらわす。

 体勢が崩れたところへ、剣の腹を叩きつけた。

 勇者は転倒し、背を地面へ打ち付ける。


「がぁっ!?」


「俺程度ならどうとでもなると、よほど自信があったのだろうが……別の命令を出すべきだったな」


「アドッ……」


 アドフは勇者が何かを口にするのを待たず、大剣を胸部へと突き刺した。


【経験値を1040得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を1040得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが58から60へと上がりました。】


 ついに、勇者が死んだ。

 大ムカデ程度の経験値しかないのは、ステータスが大幅に下がっていたせいだろう。


【スキル〖魂付加フェイクライフ:Lv1〗を得ました。】


 今、さらっと恐ろしいスキルが手に入った気がするぞ。


「……感謝する、竜よ」


 アドフが大剣から手を放す。


「もう、剣を振るうつもりはない。そいつはくれてやる」

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