第213話
俺は勇者の後を追って走る。
辺りの人は避難したらしく、すでにほとんど人影はない。
騎士が遠巻きにこちらの様子を窺いながら狼狽えている程度である。
ニーナやアドフの親族達も、もう残ってはいない。
解かれた縄が残っているばかりだ。
いったい、どこにいったのか。
まだ自由に動ける身ではないはずだが……。
「ガァッ!」
相方が鳴く。
相方の視線の先へと目をやる。
建物の陰にアドフと玉兎、ニーナが隠れているのが目についた。
捕らえられていたアドフの親族や騎士もいる。
上手くやってくれているようだ。
騎士はアドフの元部下なんだったか。
こうまで教会や勇者に不審なことが続けば、信用を得るのも容易いか。
安堵し、俺は息を吐く。
「ガァッ!」
……と、気を緩めてる場合じゃねぇな。
相方の鳴き声を聞き、気を引き締め直す。
一件落着だといえるのは、逃げる勇者をどうにかしてからだ。
ここで野放しにしたら大人しくなってくれるような性根じゃねぇということは、嫌というほどわかっている。
前を向き、勇者の後を追う。
奴だってそろそろタマ切れのはずだ。
剣は一本はぶん投げ、もう片方は相方が食った。
ペガサスも負傷で戦闘不能。
奴のMPは……。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
〖イルシア〗
種族:アース・ヒューマ
状態:物理耐性(大)
Lv :78/100
HP :471/602
MP :144/552
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……144、か。
あんだけ補助魔法連打したんだ、そりゃそうなるか。
逃げてる途中なのにクイックを使わねぇのは、MP温存のためか?
残りMPが最大の四分の一っつうのは、向こうからしてみれば最悪の状況だろう。
好き放題できていたさっきまでとは、動き方も変わってくるはずだ。
ステータス上での素早さは俺の方が勝っている。
走っていれば、すぐに追い付けるはずだ。
住宅街にまで逃げられると戦い辛い。
なんとか、それまでに……。
「〖サモン〗! 〖サモン〗! 〖サモン〗!」
俺と勇者の間に、三柱の光が浮かぶ。
ペガサス以外にも召喚できたのか。
光った地面が、次々と砂埃を上げて弾ける。
そうしてできた穴から、赤黒い何かが這いずり出てくる。
細長く、横幅は人間サイズだが高さは三メートル近くはある。
「クヮシャァァアッ!」
顔いっぱいに口らしきものが広がっている。
その内の一体が建物に伸し掛かり、壁を崩した。
絶対勇者の召喚するようなモンスターじゃねぇ。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:グランドワーム
状態:通常
Lv :21/55
HP :244/244
MP :52/52
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:グランドワーム
状態:通常
Lv :24/55
HP :255/255
MP :54/54
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:グランドワーム
状態:通常
Lv :21/55
HP :244/244
MP :52/52
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
……邪魔臭い。要するに、でっかいミミズだな。
赤蟻と比べ、全部ちょっと劣っている程度のステータスだ。
完全に時間稼ぎだな。
MPの続く限り召喚できるなら確かに便利ではあるだろうが。
俺が地面を蹴ると、相方が首を引っ込めた。
俺の行動もだいたいわかってきたらしい。
俺は宙で身体を丸め、〖転がる〗でグランドワームへと突っ込む。
尻尾で三体ごと巻き込み、引き摺ってやった。
「グワシャァッ!?」
二体が途中で弾き出され、一体の身体が引き千切れた。
俺の身体に体液や肉片が掛かる。
【経験値を456得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を456得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが57から58へと上がりました。】
悪いが、こんなのじゃ時間稼ぎにもならねぇぜ。
残り少ないMP削って召喚した最後のとっておきがこれなら、残念だったな。
「なっ!?」
勇者がこちらを振り返る。
そのまま〖転がる〗で一気に距離を縮め、勇者の背へと体当たりをかます。
勇者は身を翻して俺へと振り返り、三本目の剣を抜いた。
禍々しい光を放つ、真紅の刀身が露になる。
砂漠でアドフを刺した状態異常の剣だ。奴の剣は、これで最後だ。
「しっ、しつこいんだよぉっ!」
解除して一旦避けるか、このまま突っ込むか。
助走のついた〖転がる〗で攻撃できる機会を逃すのは痛い。
それに追いかけっこが長引けば、ハレナエへの被害も大きくなる。
俺は速度を引き上げる。
中途半端は、最悪の結果を招く。攻撃に出るのなら攻撃に全力だ。
「殺す! ぶっ殺してやる!」
剣が俺の鱗を砕く。
身体に痺れるような感覚が走った。だが、それだけだ。
「ぐぼぉっ!」
勇者の悲鳴が聞こえてくる。
手応えはあった。
勇者が血を撒きながら宙を舞うのが見えた。
数メートル程先に落下し、大きな音を立てて身体を打ちつける。
【耐性スキル〖混乱耐性:Lv1〗を得ました。】
やったかと思いきや、脳の揺らぐような感覚が俺に襲いかかってきた。
耐性を得たということは、裏を返せば状態異常をもらっちまったということだ。あの剣の効果か。
〖転がる〗の軌道がぶれ、壁に激突して止まる。瓦礫が俺の上に落ちてきた。
俺は瓦礫の山から這い出て、首を振って頭についた砂を払い落す。
……もらったのは、毒と混乱……麻痺もあるな。
ただ、どれもそれほど強くはねぇ。混乱も、今のショックで大方は抜けたはずだ。
麻痺も動けないってほどじゃあねぇ。
勇者は建物の壁に凭れかかっていた。
いや、背の建物に罅が入っている。俺の〖転がる〗で横に弾かれ、叩き付けられたばかり、というのが正解か。
頭と腰からだらだらと血を流している。
流血のせいで片目が塞がっているようだった。
肩で息をしながらも、左の手ではがっしりと剣を掴んでいた。
握り締める手に力を込めているのが、遠目からでもはっきりとわかった。
かなり住宅街の方にまで来てしまったようだ。
処刑場から逃げている人達や、それを案内している騎士がすぐ近くに見えた。
勇者は立ち上がろうとし……すぐ、その場に倒れた。
あの様子じゃ、腰の骨に罅でもいっているのかもしれねぇ。
あれだと〖ハイレスト〗で回復したとしても、本気で走ることもできねぇはずだ。
「ふっ、ふふ、ふふふ……僕を、本気で怒らせてくれたな。もう、いい。この国ごと、呪い殺してやる。ホーリーを持っている僕以外、誰も助かりゃしない。お前も、アドフも、馬鹿司祭も、あの獣人も、全員苦しんで死ね! お前が、しつこく僕を追いかけ回したのがいけないんだ。地獄で後悔すればいい」
勇者は不穏なことを口走りながら、俺へと手を向ける。
俺は咄嗟に〖鎌鼬〗を二発放った。
「〖サモン〗!」
俺と勇者の間に、紫の光が上がった。
その光は膨れ上がった後すぐに圧縮されていき、人の形へとなって輝きを失った。
な、なんだよ、アレ。
紫の塊へと〖鎌鼬〗が炸裂する。
紫の塊が、緑の体液を散らす。だが、仰け反ることさえしない。
あれは本当に生き物なのか?
【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】
頭に神の声のメッセージが響く。
い、今ので死んだのか?
いや、そんなわけねぇ。今も、腕らしき部位がゆっくりとながら動いてやがる。
目らしき窪みが、俺を見た。
血の気の引く思いがした。嫌悪感が掻き立てられる。
落ち着け、俺。
あれがモンスターならば、神の声で詳細情報を調べられるはずだ。
【〖ムスカス・デミリッチ〗:F-ランクモンスター】
【呪法により、強大な魔力を得た小蠅。一体一体が呪いの塊。】
【かつて永遠の命を得ようとした魔術師が、小蠅の群れに自らの肉体を形成させることで魂の維持を目論んだ。その成れの果て。】
【今や魔術師の自我はほとんど残っておらず、ただ人を呪う蠅の集合体となっている。】
【数が減ると蠅が飛び散って子供を産み、欠損した数を補ってからまた人型へと戻る。】
……あれ、蠅の塊なのかよ。
うげぇ、気色悪い。
いや、いってる場合じゃねぇ。あれに飛び散られたら、終わる。
どうにかしてあれをどかせる方法を考えねぇと。
最後の最後で、とんでもない爆弾持ってきやがった。
俺は動きを止め、
何があれを刺激するか、わかったもんじゃねぇ。
弱点、弱点を……一か八か、〖灼熱の息〗で焼き払うか?
いや、あの勇者が妨害して来たら、何体か取り逃がしかねねぇ。
勇者が剣を杖代わりにして立ち上がり、ムスカス・デミリッチへと歩いていく。
「ふ、ふふ、ふふふ……」
まずい、自分の剣でアレをぶった斬る気だ。
まだ考えは纏まっていなかったが、とにかく俺はムスカス・デミリッチへと飛び込んだ。
一体一体はFランクモンスターだ。
何か、手があるはずだ。
そ、そうだ!
「グォッ!」
俺は相方へと吠える。
「グ、グァ?」
相方が不安気に俺を見る。
「グォォッ!」
〖デス〗だよ〖デス〗!
あれに〖デス〗を使え!
格下の魔物ならあれで確実に狩れるはずだ!
残りMP全部吐き出すつもりであれにぶつけろ!
これで伝わらなかったら、時間切れで全部終わりだ。
頼む、相方。
思えば、相方が俺の意図を汲んでくれた場面は意外と多い。
玉兎も異様に察しが良く、最終的にアイツは〖念話〗を覚えた。
ひょっとしたら相方にも、スキルになりかかっている何かがあるのかもしれねぇ。
相方は進化時、最初に顔を合わせたときに暴れていたが、あれは双頭への俺の不安を感じ取ったからだったのかもしれねぇ。
実際、俺がこいつも俺の一部なんだと、そう思ったときに急に暴れることを止めた。
もしも俺の思考を、ちょっとでも読み取れるのなら、まだ可能性はある。
【特性スキル〖意思疎通:Lv1〗を得ました。】
相方が、こくりと頷いた。
「ガァッ!」
相方がムスカス・デミリッチへと吠える。
黒い光が、ムスカス・デミリッチの全体を覆う。
本当にありったけのMPを注ぎ込んだらしい。
赤蟻の女王を殺したときとは、規模も消耗具合も段違いだ。
何かが切れたような、名状し難い不快な音がした。
【ランク差が開きすぎているため、経験値を得ることができませんでした。】
【通常スキル〖デス〗のLvが1から4へと上がりました。】
ムスカス・デミリッチの身体がぐにゃりと歪み、手が空を向いた。
「お”、お”お”、お”……」
ムスカス・デミリッチの口が蠢き、声のような音を漏らした。
直後、真紅の剣が、ムスカス・デミリッチの上半身を斬り飛ばす。
死骸の山が崩れ、地面へと転がった。
「ふ、ふふっ、これで、これで…………あ、ああ?」
勇者が、虫の死骸を見て間の抜けた声を漏らす。
【称号スキル〖ちっぽけな勇者〗のLvが7から9へと上がりました。】
確かにムスカス・デミリッチは死んだらしい。
一気に2つも上がった。相当ヤバい奴だったみたいだ。
「こんな、こんなはずは……ぼ、僕が、こんな……」
勇者は死骸の山へと剣を二度、三度振るい、力なくその場に膝を着く。
素手で蠅の死骸を掬い、顔を青褪めさせた。
自分の血塗れの腰に手を当て、手のひらを自分の顔へと向ける。血塗れの手を見て、顔から表情を消した。
「は、〖ハイレスト〗! 〖ハイレスト〗! 〖ハイレスト〗ォッ!」
勇者が叫ぶが、もう光は出てこない。
ようやくMPも尽きたらしい。
さすがにもう、何もできねぇだろう。
俺は勇者へと飛び掛かり、思いっ切り爪でぶん殴ってやった。
「がはぁっ!」
勇者は反対側まで飛び、建物に身体を叩きつける。
落としかけた剣をしがみつくように拾う。
「ひぃっ! 来るな、来るなバケモノォッ!」
喚きながら剣を振るい、自分が身体をぶつけた壁へと叩き付ける。
罅の入っていた壁が砕け、隙間ができる。その中へと、勇者は転がり込むように逃げていった。
どこまで往生際が悪いんだ。
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