第212話
勇者はどんどん高く高くへと飛んでいく。
どこまで行くつもりだよアイツ。
ちらりと下を見る。ハレナエが、小さく見えた。
とりあえず飛びながら〖自己再生〗を使う。
斬られた顔の傷がどんどん修復されていく。
左目に光が戻った。
やっぱしすげぇ。レスト系じゃ、傷は塞がってもこうはいかねぇだろうな。
顔の傷が治ってから、俺は再び飛ぶことに集中する。
一気に速度を上げ、勇者への距離を縮めにかかる。
「〖クイック〗! 〖パワー〗! 〖クイック〗!」
勇者の身体とペガサスの身体を光が包む。
ペガサスの飛行速度がぐんと上昇し、再び距離を開けられた。
本体と別に足があると、逃げながらでも集中して魔法を使えるのが強みだな。
どこまで飛ぶ気だよ。
障害物もねぇから見逃さねぇし、自動回復のある俺としてはありがてぇけどさ。
「〖ミラージュ〗!」
勇者の身体が三重にぶれる。
「〖ルナ・ルーチェン〗!」
勇者が天へと剣を掲げる。
幾多もの光の球体が俺へと落ちてくる。
普通に使っても十近い数の光の球体が出て来る技だったのに、〖ミラージュ〗の幻覚が混じっているせいで、三十近い数の光の球体が生み出されている。
おまけに高速で動いていたせいで見切り辛い。
嫌なタイミングで嫌なスキルを使ってきやがる。
一気にスピードを落とし、身体を側転させて大きく回避する。
残像含め、どうにかすべて避け切った。
勇者とまた距離を作られたか。
首を上に向ける。勇者は、俺のすぐ目の前にまで降りてきていた。
「グゥァァァッ!」
慌てて前足で思いっきり勇者をぶっ叩く。
手応えは、なかった。
さっきの〖ミラージュ〗の幻覚だったのだと遅れて気が付く。
敵を見失ったからといって止まるわけにはいかねぇ。
上昇と降下ならば、勿論降下の方が速い。
この巨体を支えて飛ぶのは結構しんどい。
俺は首を回して勇者を探しながら急降下する。
背中に、激痛が走った。
勇者は俺の落下に並行に降りてきていた。
死角から尻尾を伸ばすも、悠々と回避された。
空中戦に慣れてやがる。
俺の周囲を飛び回り、身体のあちこちに剣を突き立ててくる。
魔法で強化されたペガサスが速すぎる。
決定打は打たず、〖ミラージュ〗を交えながら浅い攻撃で手数を狙ってくるから捉えづらい。
「グゥォォォオッ!」
俺は〖灼熱の息〗を吐き散らす。
捉えきれないなら、広範囲技で牽制するしかねぇ。
そう思っての攻撃だったのだが、勇者は火の中を真正面から突っ込んできた。
勇者の下から上へと掬い上げるように放たれた剣が、俺の顎を捉えた。
「グゥッ!」
頭が大きく上に向き、無防備に身体を晒してしまう。
勇者は火の耐性は持っていなかったが、〖精霊の加護〗だの〖妖精王の祝福〗だのを持っていやがったな。
ひょっとしたらアレのせいかもしれねぇ。
スキルが見えても、中身がわからねぇんじゃ対策の立てようがねぇ。
「ちまちま攻撃しても仕方がないからね、しぶとい奴め」
視界端に、勇者が大きく剣を構えたのが見えた。
その構えに、強烈な既視感を覚えた。
「これで終わりだ! 〖天落とし〗!」
前回とは違う、本気の一撃が俺の胸部に叩き込まれた。
一瞬、視界が歪んだような錯覚を覚えた。
体内の空気が、内部から押し出されるように口から出ていく。
悲鳴を上げることさえできなかった。
無防備に落下する俺を、勇者が追ってくる。
体勢を整えようとするも、身体が上手く動かない。
軽いが、麻痺が入ったかもしれねぇ。最悪だ。
とにかく〖自己再生〗で胸部の怪我の修復を急ぐ。
なんとか身体を翻し、仰向けに落ちることだけは免れた。
安堵する間もなく、俺に追い付いた勇者の剣が俺の背をぶっ叩く。
「〖地返し〗!」
その衝撃のあまりに、周囲の地表が押し出されるように上昇する。
まるでここだけ重力が反転したかのようでさえあった。辺りの建物は反動で発生した風圧に抉られ、地盤の崩れに巻き込まれて倒壊する。
意識が、遠のいていく。
身体が動かねぇ。ただただ、背から血が流れ出ていくのがわかる。
「はぁー……はぁー……。これだけやれば、さすがに……」
「ガァッ!」
相方が鳴く。
身体の重みが和らいでいく。
思考能力が戻る。俺はすぐさま〖自己再生〗を使った。
「グォワァッ!」
声の聞こえた宙を目掛けて前足を振って〖鎌鼬〗を飛ばし、そのまま頭を上げる。
「うぉっ!」
ペガサスが更に上空へと飛んで風の刃を回避する。
勇者がペガサスにしがみつくのが見えた。
勇者の身体能力が、落ちている?
大技の二連打の反動は、勇者も堪えたらしい。
身体強化魔法は便利だが、その分身体に負担が掛かるはずだ。
大猩々もその気があった。
だとすれば、反動が抜けきっていない今が好機か。
「なな、なんで!? なんであれだけやったのに死なないんだよっ! クソッ!」
こっちは元より、体力底なしのウロボロスだ。
これくらいでへばってたら〖神の声〗にクーリングオフするっつうの。
つっても〖天落とし〗と〖地返し〗をもらう間に〖自己再生〗を挟まなければ危なかったかもしれねぇが。
「雑魚の癖に、面倒臭いんだよっ!」
ペガサスが再び上昇し、逃げていく。
勇者が反動から立ち直る前に決定打を叩き込んでおきたい。
俺は再び、勇者を追って飛び上がる。
「ガァッ!」
相方が〖ハイレスト〗を使ってくれた。
回復しきっていなかったダメージが抜けていく。
〖自己再生〗の欠損回復はありがたいが、基本的に〖ハイレスト〗の方が効率がよさそうだ。
後者は俺が使用決定権を持っていないのがちょっとネックだが。
〖鎌鼬〗を勇者の頭を掠める位置に撃ち込む。
少し遅らせ、ペガサスの足を狙って二発目を撃つ。
「おい! 僕に当たるだろうが!」
勇者の声を聞き、ペガサスが飛行速度を落とす。
勇者に当たりそうだった一発が、頭の先を掠める。
その後、ペガサスの足の付け根に二発目がヒットした。
「ヒヒィインッ!」
白い太股が深々と抉れ、血飛沫が舞う。
両翼を狙い、三発目、四発目を続けて撃ち込む。
「う、動け! おい! こ、この役立たずが! 早く動けぇっ!」
翼が風の刃で引き裂かれ、ペガサスが飛行能力を失った。
ペガサスが俺へと落ちてくる。
「ク、クソ!」
勇者が剣を構える。
腕が、震えている。まだ反動が残っているのだろう。
俺は真上に上昇し、ペガサスの背に乗る勇者の背に噛みつき、引き離した。
ペガサスが一体で落下していく。
「は、放せっ! 僕を放せぇっ!」
勇者の背に喰らいついたまま上昇し、それからくるりと方向転換し、頭を下に向けて一気に落下する。
「や、やめろぉっ! 僕を放せ、僕を放せェッ! 誰か、この邪竜を殺せェッ!」
「〖フィジカルバリア〗! 〖フィジカルバリア〗! 〖フィジカルバリア〗ッ!」
俺の頭が、勢いよく地に激突した。
辺りに砂埃が舞う。
首が痛い。回復魔法があるからと、少し無茶をし過ぎたか。
「グ、ガァッ!」
すぐに相方の〖ハイレスト〗のお蔭で受けたダメージが回復していく。
……なんか、鳴き辛そうな声だな。どうしたんだ?
噛んでいた勇者の姿がないと思えば、遠くに血塗れで転がっていた。
もう終わったかと思ったが、勇者は瓦礫に手をつけながら起き上がった。
「あ、あ、ぐ、クソ……なんで、なんで僕が、こんな目に……あ、あれ?」
勇者は不思議そうに自分の手元を見て、それから周囲を見回す。
それから俺を見て、鼻頭に皺を寄せる。
いや、俺じゃなくて相方か?
視線の先を見る。
相方の口許に、勇者の剣が咥えられていた。
【〖聖剣ラディム:価値A+〗】
【〖攻撃力:+112〗】
【闇を払う力を持つ退魔の剣。数多くの悪魔がこの剣の前に朽ちた。】
【長い間、ハレナエの聖堂奥にて保管されていた。】
おお、この補正値は魅力的……じゃなくて、なんでお前が持ってるんだ。
勇者が弾き飛んだ際に掠め取ったらしい。
「それは僕のだぞ! か、返……」
相方が上を向くと、口の奥へと落ちていった。
ごくんと、それから大きく息を呑み込む。
……あれ、喰って大丈夫なのか?
闇、払われない? 退魔されない?
勇者が信じられないものを見る目で相方を見ていた。
それから、目線を下げる。
勇者の視線の先には、血塗れで倒れているペガサスがいた。
「どいつもこいつも、役立たずの屑ばかり……」
勇者は俺に背を向け、走り出した。
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