第79話

 村人が弓を構えて並んで立ち、弓を構える。

 十近い数の矢が一斉に放たれるが、リトルロックドラゴンの体表は容易くそれを弾く。


 リトルロックドラゴンが村人に身体を向け、尻尾を持ち上げる。

 その隙を突き、グレゴリーが動く。


「ちょっとは、くらいやがれぇっ!」


 グレゴリーが槍を振り回して勢いを乗せ、リトルロックドラゴンの身体を突いた。

 これもリトルロックドラゴンは弾く。

 が、鬱陶しそうにその目をグレゴリーへと移す。


 俺から簡単に目を離しやがった。

 リトルロックドラゴンから見れば、俺なんて取るに足らない雑魚の一体に変わりねぇんだろう。

 別にんなことに苛立ちはしねぇ。

 むしろありがたい。


「ガァァァァッ!」


 俺は気力を振り絞り、痛みを押さえ込んで走る。

 リトルロックドラゴンの身体に足を掛け、飛び上がる。

 遅れて俺を見上げたリトルロックドラゴンの頭を、思いっ切り蹴飛ばす。


「ウルグァァァァァァッ!」


 手応えあった。

 リトルロックドラゴンは長い首を大きくがくんと揺らす。


 心臓と頭部を繋ぐ大事な部位。

 巨大な岩そのものである身体ではなく、身体と比べて細い首が、リトルロックドラゴンの弱点だ。

 重たい頭をどついてやれば、細い首がその重量で撓る。



【称号スキル〖ド根性〗のLvが1から2へと上がりました。】

【称号スキル〖ちっぽけな勇者〗のLvが3から4へと上がりました。】


 悪くねぇ評価だが、粋じゃねぇな。

 戦闘ちゅうにんなもん持ってくんなっつうの。



 俺は宙で回転して体勢を整え、リトルロックドラゴンの正面へと綺麗に着地する。

 自然と、互いに視線がぶつかった。


「グゥゥゥ…………アガァァッ!」


 俺を睨んで唸っていたリトルロックドラゴンが、再び悲鳴が上げる。

 目に、矢が命中したのだ。


「や、やった! 目だ! 目を狙え! 俺とイルシア……あの子竜が気を引く! その隙をやれ!」

「はいっ!」「わかった!」


 行ける。

 絶望的なステータス差を詰める算段が、ようやく見えてきた。


 リトルロックドラゴンの残りHPを確認して後何度攻撃すればいいかを算出し、なるべく村人へリトルロックドラゴンの矛先が向かない算段を……。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:リトルロックドラゴン

状態:憤怒(大)

Lv :24/55

HP :241/262

MP :81/117

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 確認して、唖然とした。


 今の二発で削れたのが、たったの21?

 単純計算、後十回頭を蹴飛ばし、同じ数だけ目玉に矢を討ち込んでもらう必要がある。

 いや、それだけじゃねぇ。

 リトルロックドラゴンはあの頑丈さとHPに加えて、〖自己再生〗まで持っている。

 決定的に、与えることのできるダメージが足りなすぎる。



 リトルロックドラゴンの足に、ぐっと力が籠るのが見えた。

 〖地響き〗が来る!


「ガァァァァァッ!」


 俺は戦っている村人達へと吠える。

 俺の様子に何かを察したようで、全員がリトルロックドラゴンから距離を取る。


 リトルロックドラゴンが、前足後ろ足を激しく地面に打ち付ける。

 後方で弓を構えていた村人はまだしも、前線で槍を振るっていたグレゴリーは、充分な距離を取れていない。

 あんな近くで〖地響き〗を受けたら、あのステータスで対処できるはずがない。


 俺は慌ててグレゴリーの元へと駆け寄るが、遅かった。

 リトルロックドラゴンを中心に、辺りの地形が変形する。


 グレゴリーは裂けた地に挟まれ、腰を跨いだ上体から先が捻じ曲げられる。


「あ”……あ”あ”……」


 骨がへし折れるような音がして、グレゴリーは苦悶の声を上げた。

 かなりの重傷だ。

 このまま戦いが長引けば、グレゴリーは死ぬ。


 俺が吠えるのを聞いて距離を取った村人達も、無傷とはいかない。

 皆地面に跳ね上げられ、どこかしらを負傷している。



 無理だ。

 どう足掻いたって、勝ち目がない。


 グレゴリーに手を伸ばす姿勢のままに立ち竦んでいる俺の背を、リトルロックドラゴンの尻尾が薙ぎ払った。

 建物に叩き付けられ、背の体表に裂かれたような痛みが走る。


 俺のHPも、もうほとんど底を尽きかけていた。



 頭がぼんやりする。

 視界が揺らぐ。喉の奥が熱く、酷く乾いていた。


【逃げ。】【ろ。】


 ああ、何かと思ったら神の声か。

 確か、前も似たようなことがあったっけな。


【逃。】【げ。】【ろ。】


 懐かしい。

 あのときも確か、リトルロックドラゴンと対峙したときだったか。

 あれから順調にLvもステータスも上がったっつーのに、結局こいつには敵わねぇんだな。


 いや、欠片でもダメージは与えられたし、粘れた方か。


【特性スキル〖神の声〗のLvが3から4へと上がりました。】

【MPを消費することで〖ラプラス〗による簡易シミュレーションの結果を表示することができるようになりました。】


 は、〖神の声〗のスキルLvが上がったのか?

 このタイミングで?

 つっても、今更んなもん上がったって……。


【キミはきっと。】【逃げないんだろうね。】


 あ?

 なんだ? 今までより、具体的に語り掛けてくるような……。


【残念だ。】【期待はしていたが。】【ここでお別れらしい。】

【キミは色んな意味で特例だったから。】【楽しみだったのに。】

【でも。】【いつかこうなるとは思っていたよ。】


 ……な、なんだ、これ。

 こんなこと言うためだけに、わざわざ〖神の声〗のレベル上げたっつうのかよ!


【少しそれが早くなった。】【それだけのこと。】

【当て馬になっただけ。】【有意義かな。】


 一方的に、俺の頭に文字が刷り込まれてくる。


【はっきり言っておいてあげるが。】【逃げる以外に。】

【生き残る道はない。】


 一方的に決めつけやがって!

 ぐだぐだぐだ鬱陶しい!


【それじゃあ。】【ゆっくり休むといい。】

【キミは。】【見ていて。】【飽きなかった。】


 だから、お前は何なんだよ!



【特性スキル〖神の声:Lv4』では、その説明を行うことができません。】


 こっちから問いかければ、途端に慇懃さすら感じさせるような、形式ぶった文章に変わる。

 そしてそれを最後に、〖神の声〗は止んだ。



 掠れる視界の中、リトルロックドラゴンが近づいてくるのが見えた。


 俺は自分の腕に噛みつき、遠のく意識を呼び戻す。

 震える足で立ち上がる。

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