第80話

 HPはもうない。

 重なる肉体のダメージに、運動能力もかなり落ちている。


 万全の状態でも逃げ回りながら地道に頭部を狙うしかない。

 それも〖地響き〗のタイミングを読み間違えれば体勢を崩し、尻尾の追撃で潰えるか細い勝算だった。


 視界は霞み、足は震える。

 動きの鈍った今この状態では、リトルロックドラゴンに抗える術は何もない。


 リトルロックドラゴンの周囲には、瀕死の村人達が転がっている。

 戦いが長引けば、全員死ぬ。

 いや、長引かなくともリトルロックドラゴンの行動ひとつで全滅する。


 特に間近でリトルロックドラゴンの〖地響き〗を受けたグレゴリーのダメージは大きい。



 今の状態で勝てる術がないのなら、もう後回しにしている余地はねぇ。

 進化を使うしかない。

 Lvがリセットされるため、進化先によってはステータスが大きく低下することになるかもしれねぇ。

 おまけに村人達の混乱も招きかねない。

 黒蜥蜴と再会しても、俺だとわからなくなるかもしれない。


 それでも、今ある唯一の勝算だ。

 使わないわけにはいかない。

 進化先が回復能力付きなら、まともに動けるようになれる可能性もある。


 俺は進化先を思い出す。

 何か、リトルロックドラゴンと渡り合えそうな進化先はねぇのか。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【未来】

〖ヨルムンガンド〗:ランクC+

〖リトルアークドラゴン〗:ランクC

〖アーティフィシャルドラゴン〗:ランクC-

〖ローリングドラゴン〗:ランクC-

〖ダルクドラゴ・ヒューマ〗:ランク--

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 ただの亜人種になる〖ダルクドラゴ・ヒューマ〗は選べない。

 憧れていた人間の姿だが、戦闘面に期待できるとは思えない。

 間が悪かった、そう諦めるしかねぇだろう。

 

 〖ローリングドラゴン〗も候補ではあったが、リトルロックドラゴン相手に善戦できる要素が見つからない。

 速さは既に足りている。

 威力が圧倒的に足りねぇんだ。


 〖アーティフィシャルドラゴン〗も駄目だ。

 手先が器用なことが最大の利点だが、ただそれだけだ。

 ステータスもそれほど高くないという話だった。 



 〖リトルアークドラゴン〗か、〖ヨルムンガンド〗か。

 普通に考えりゃ、このどっちかだ。

 ランク的にも他より高い分、賭けにも分がある。


 〖リトルアークドラゴン〗なら、瀕死の村人も何人か回復させられるかもしれねぇ。

 残っている村人を治療し、逃がすことができる。

 その後存分に戦ってやればいい。

 村は滅茶苦茶になるが、死傷者は抑えられる。

 それにリトル系は成長が止まる分、手早く強くなれるという話だったはずだ。


 〖ヨルムンガンド〗は……〖ヨルムンガンド〗は……。


【〖ヨルムンガンド:ランクC+〗】

【別名、毒蛇竜。図太い蛇のような姿を持つ。全身が致死性の猛毒を帯びた鱗でできている。】

【戦闘能力は低いが、闘った相手は必ず毒で死ぬと言われている。】

【吐き出した毒を魔物に変え、使役する能力を持つ。】

【このモンスターが通過した土地は、二度と草木が生えないといわれている。】


 〖ヨルムンガンド〗なら、倒せる見込みは、ある。

 リトルロックドラゴンは止められるはずだ。

 岩の塊のような見かけだが、〖毒耐性〗は持っていない。


 ただ、多分、村周辺の土地は枯れるし、何人も死ぬことになる。

 それに〖厄病子竜〗と違って、もう取り返しがつかなくなる。

 間違いなく人里に入ることはできなくなる。



 やっぱり〖リトルアークドラゴン〗しかねぇ。

 これなら、今にも息絶えてしまいそうなグレゴリーも助けられるはずだ。

 詳しいステータスやスキルがわからない以上、これより先の予測はできない。


 どうなるのか、知りたい。

 もっと詳細を知りたい。本当に、リトルロックドラゴンを倒せるのか。

 村人を助けられるのか。


 これしかねぇと意気込んだものの、いざとなると不安が込み上げてくる。

 あの大雑把な説明文に命運を託すなんて、正気じゃねぇ。できるはずがない。

 なんでもいい。後一歩、俺の背中を押してくれる保証が欲しい。



 思考がぐるぐる巡り、すっと俺の身体から力の一部が抜け落ちるのを感じた。

 〖ベビーブレス〗を吐き散らした後のような疲労感が俺の身体を襲う。

 MPが、減ったのか?

 結構ごっそり持ってかれたぞ。


【称号スキル〖ラプラス干渉権限:Lv1〗を得ました。】


 なんだ?

 ラプラスって……〖神の声〗のLvが上がったとき、チラッと見たような気も……。

 シミュレーションがどうのこうのって……。


【〖リトルアークドラゴン〗に進化した場合の勝率4%、負傷者全員の救助成功率1%未満。】


 頭をぶん殴られたような、そんな気分だった。

 決まりかけていた覚悟が、俺の中で音を立てて崩れて行った。


【〖ヨルムンガンド〗に進化した場合の相討ち成功率98%、村が崩壊する確率94%。】


 おい、もう、やめろ。

 ふざけんじゃねぇぞ。


 こんなもん、俺の心を折るために用意したようなもんじゃねぇか。

 まさかあの〖神の声〗、これを見せるためにわざわざ声掛けてきやがったのか?

 俺を、弄んでやがるのか?


【〖ローリングドラゴン〗に進化した場合の勝率1%未満、逃走成功率99%以上。】


「ガァァァァァァッ!」


 やめろっつってんだろうがぁっ!


 俺が大声で鳴くと、頭に浮かんでいた画面がさっと消えた。


 俺の叫びを聞いたリトルロックドラゴンは一度足を止め、それから一気に駆け出してきた。

 本格的に俺にトドメを刺すつもりらしい。


 あんな〖神の声〗の予測なんか、信じられねぇ。

 〖リトルアークドラゴン〗だ、それしかねぇ。

 この状況から逃げるなんて、そんな真似できるかよクソ神が!


 グレゴリーを助けられるのも〖リトルアークドラゴン〗しかない。

 怪我の酷いあいつは、出血のせいでもう力尽きようとしている。今すぐ回復魔法を掛けねぇと、手遅れになる。

 俺を名前で呼んでくれた、二人目の人間だ。

 なんとしても助けなければならない。

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