第294話
バロンを背に乗せ、俺は反竜神派の集落へと向かった。
「グゥオオオオオオッ!」
鳴き声を上げて存在をアピールしながら突き進む。
どれくらい猶予があるのかはわかんねぇ。
慎重に……なんてことは言ってらんねぇ。
今回ばっかしは、少々無茶でも押し進ませてもらう。
俺の鳴き声を聞きつけてか、すぐに反竜神派のリトヴェアル族が、俺の前に姿を現した。
「出たぞっ! 竜神だ!」
「お、おい、どうしたらいいんだ? この前来たときはマンティコアを倒してくれたんじゃ……」
「ナグロム様は殺せと仰っていたぞ! 人を喰ったら落ち着くマンティコアとは違うんだ、俺達が追い払うしかない! 従わねぇ俺達を、今度こそ皆殺しにするつもりなんだ!」
数は三人だ。
ナグロムの奴、まだ俺に殺意向けてやがんのか……誤解は綻んできているはずだと思っていたんだが、やっぱり溝は相当に深いみたいだな。
あの爺さんがトップだと考えると、協力の要請もちょっと厳しいかもしれねぇな……。
「竜神様、降ろしてくだされ! このバロンめも参戦いたします!」
バロンが叫ぶと、三人に一気に警戒心が募った。
……い、いや、そういう目的で来たんじゃねぇんだけど。
「お、おお、怖気づくな! バトラは戻ってナグロム様にこのことを報告しろ! ノバーレは俺に続いてくれぇっ!」
そう叫んだ男が槍を突き出して突進してきた。
俺の前脚の付け根辺りを槍が当たったが、体表には刺さらずそのまま横に逸れて薄い切り傷を残した。
「やったか!」
相方が無言で男を咥え上げて、低めの宙へと放り投げた。
男が手から槍を放し、絶叫を上げながら落下していった。
地面に横っ腹を打ち付け、その場にゴロゴロと転がる。
「やられたっ! やられたぁっ! 仇を討ってくれぇッ!」
どうにも恐怖が先立っているようで、自分の怪我の具合がわからないようだった。
残された二人は、どうしたらいいかわからずにオロオロしている。
『コングライナライイヨナ?』
ああ、よくやってくれた。
この調子じゃ、下っ端呼んでも仕方ねぇな。
敵意ないことを伝えて、とっとと〖念話〗持ちを呼んでほしかったんだが。
存在アピールは止めて、とっととナグロムのところへ向かうとすっか。
向かって来る敵を無視し、時には咥えて放り投げながら、反竜神派の集落へと辿り着いた。
集落内は一気にパニックになっていた。
一斉に女子供が俺から逃げていく。
代わりに槍を持った男が必死の形相で飛び込んでくるが、あっさりあしらいながら先へ先へと進んだ。
その内に、他の者が逃げる中、一人の女の子が駆け寄ってきた。
「お、おい危ないぞ!」
「誰か、その子を連れて下がってくれ!」
反竜神派の男たちが騒ぐ中、女の子が笑った。
「竜神のおねーさんだ!」
「竜神の、おねーさん?」
俺が女の子を目前にして何もしないのを見て、ようやく敵意がないことが分かったのか、俺を止めに来ていた者達が動きを止めた。
その代わりに、辺りがざわつきに包まれていく。
「な、なぁ、やっぱり前も……俺達を助けるためにマンティコアを倒してくれたんじゃ……」
反竜神派の男達の態度が和らいできたとき、背の上から声が聞こえて来る。
「りゅ、竜神様……あの……これはいったい……」
若干オドオドしながらバロンが声を掛けてくる。
……バロンには悪いが、後で反竜神派の〖念話〗持ちさんの方から話は聞いてもらうとしよう。
道中に人化で先に伝えるという手もあったが、竜神派の人間が竜神が〖人化の術〗を扱うことを許容してくれるかは賭けになるし、竜神派の集落に戻ったときに自動回復したMPを使って〖ハイレスト〗をして回れるようなるべくMPは温存しておきてぇ。
どうしても必要に駆られない限り、〖人化の術〗は使いたくねぇ。
あれはMPを湯水の如く消費しちまう。
それに人間状態だと体格も身体能力も下がっちまう分、今使ったら何かを話す前に袋叩きが落ちだろう。
「落ち着かんか! 竜神より一度離れい!」
よく通る声が聞こえてきた。
目を向ければ、老いて見える割には体格のいい、ギョロ目の男が歩いてくるところだった。
反竜神派の長、ナグロムである。
集落の深くまで竜神が突っ切ってやってくるとは考えていなかったらしく、顔が青醒めていた。
護衛なのか、ナグロムは槍を持った若い男に囲まれていた。
そしてナグロムのすぐ隣には、以前反竜神派の集落の近くへ来たときに見た女がついていた。
恐らく……先ほど竜神派の集落の方で耳にした巫女一族の裏切り者、ベラだろう。
顔立ちや年齢から見るに、ヒビの妹なのかもしれない。
ナグロムは俺が何か話し合いに来たと悟って、〖念話〗役であるベラを連れてきたようだ。
「…………ッ」
バロンはナグロムを見て、やや嫌悪感を露にする。
敵対している派閥の長だ。色々と思うこともあるのだろう。
「ベラよ、気を付けるのだぞ。最初から、ベラとワシを呼び出させて喰い殺す腹積もりなのかもしれぬ」
ナグロムが女に声を掛ける。
やはり、ベラで合っていたようだ。
ベラはナグロムから声を掛けられ、こくりと小さく頷く。
「……それから、わかってはおるだろうが、余計な言葉を他の者に伝えるではないぞ。まず、ワシに伝えるのだ。皆へ知らせるかどうかは、後でワシが決める。余計な混乱を招くわけにはいかんし、ベラは竜神と対話をした経験はないのだろう? 何か思い違いがあってはならぬし、ワシにはワシなりの皆を導くための指針がある。集落のためにも……必ずワシを通すのだ」
ベラに諄く、念押ししているようだった。
やっぱし、この爺さんがネックだな。
集落全体に訴えた方が楽そうなんだが……今のやり取りを聞くに、まずはナグロムとベラの説得から入らねぇと駄目そうだ。
ベラはともかく……ナグロム、頑固で考え方が偏ってそうだからな。
……集落の危機を伝えたら、これ幸いと乗じて攻め込んできたりしねぇよな?
前回来たときも、他の者が神妙そうな顔をしていた中、この爺さんだけは笑って毒を盛ってきやがったからな。
今の念押しと言い、相当な食わせもんであることは確かだろう。
なるべく取りたくはない手であるが……最悪の場合、多少力を示してでも協力を強要することも必要かもしれねぇ。
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