第293話

 川に沿い、上流の方へと向かった。

 川を覗き見れば、腹を上にして流されている魚の死体が目についた。

 ……確かに、川であっていたようだ。


 途中で振り返り、後ろを大槍を手にしたバロンが追いかけてくるのを確認して速度を上げる。


 川沿いの木の根に凭れ掛かり、熊のような姿をした魔物がぐったりとしていた。

 ステータスを確認してみれば、〖毒〗と〖麻痺〗が入っている。

 バロンも呪いにやられた魔物を見て、ごくりと息を呑んだ。


 更に進んだところで、バロンが辺りを気にし始めた。

 何かあるのかと思って〖気配感知〗を使ってみたが、特に何も引っ掛からない。


 疑問に思っていると、バロンが俺を抜かして前に跳び出た。


「竜神様ッ! 竜神様ッ!」


 手を慌ただしげに動かし、俺に何かを伝えようとしているふうである。

 ……わ、わからねぇ……口で言ってくれる方が速いんだが……。


「……グゥオ?」


「奴らっ! この先、奴らの領域の近くです! 今の集落の状況で、奴らを刺激するのは避けた方がよろしいのではと……いえ、奴らなど、竜神様の敵ではないでしょうが……」


 奴ら……ああ、そういやもう一つの集落は上流の方だったか。

 しかし、呪いの大元を断たねぇと……。


 そう考えていると、ふと〖気配感知〗が禍々しい邪気を捕らえた。

 方向は川の底からである。


 川の近くの草が血で汚れている。

 あれは、ヒビが刺されたときの血だ。

 俺はそう考え、ぐっと牙を噛み締めた。


 あの血がヒビのものならば、ここに仕掛けがあるはずだ。

 俺は脚を止め、川へと首を伸ばした。

 川底に怪しく光る石がいくつか転がっており、石を閉じ込めるように魔法陣が光っている。

 魔法陣からは紫の光が漏れており、光は水と混じって下流へと流れていく。

 どうやら、これが呪いの大元と見てよさそうだ。


「グオッ!」


 俺が吠えると、大槍を構えて周囲を警戒していたバロンが駆け寄ってきて、川を覗き込んだ。


「あ、あれが、毒……見たことのない仕掛け、やはり外から来た人間が……」


「ガァッ!」


 相方が唱えると、優しげな光が現れ、川底へとゆったりと沈んで行った。

 魔法陣に触れるとカッと光が弾け、魔法陣が薄れて消えた。

 石も光を失い、粉々になって水に流されていく。


【通常スキル〖ホーリー〗のLvが1から2へと上がりました。】


 ……うし、グッジョブ相方。

 これで時間が経つごとにどんどんと薄れていくだろう。


「おおっ! さすが竜神様!」


 バロンが嬉しそうに叫ぶ。


 これで毒が消え去った。

 リトヴェアル族達への説明も、バロンに任せることができる。

 次は……恐らく直接攻めて来るであろう、デレク一派への警戒、か……。


 敵が何人いるかが気にかかる。

 五、六人……多くても、二十人くらいならいいのだが……それ以上だと、集落全体をカバーして守ることは難しい。


 集落の人達も回復はさせたが……あくまでも、命に危険がない範囲で、である。

 戦闘の場に立てるのはごくわずかだろう。


 今の巫女がいねぇ状態だと、集落の人間達に思うように動いてもらうことも難しい。

 多方向から攻め込まれるようなことがあったら、また死傷者が出るかもしれねぇ。


「では早速、皆へ知らせに戻りましょう竜神様!」


 バロンが大きく腕を動かしながら俺へと伝える。


「……グオオオ」


 俺は低く唸りながら、首を振った。


 やっぱし、まだ戻れねぇ。

 まだ、こっちでやっておきたいことがある。

 できればそれもバロンに手伝ってもらいたい。


「竜神様?」


 俺だけだと集落を守り切れねぇリスクがあるのなら……反竜神派の集落に、警備へ入ってもらうしかねぇ。

 向こうにも確か、〖気配感知〗を持っている女がいたはずだ。

 恐らくそれが、名前を出すのを憚られていた巫女のことなのだろう。

 協力を取り付けられれば、俺のできることを明確に集落の人間に伝えられる。


 俺は前回、反竜神派の子供を助けてマンティコアを倒した。

 悪い印象だけではねぇはずだ。

 タイミングを待てば竜神派と反竜神派を和解させることもできるのでは……と、前から考えていた。


 少し前倒しになるが、時期を探っていたのは、竜神派と反竜神派を納得させられるかどうかに不安があったからである。

 竜神派は危機に陥っている以上、選択肢はないだろう。

 反竜神派も、放置しておけば自分にまで被害が及ぶ可能性があるのだから、手を貸す理由はある。

 それに前竜神の正体はわかったので、反竜神派の説得に入る材料はある。

 悪い案ではないはずだ。


 それに……この位置に呪いの源があったことは、ある意味奇跡だ。

 恐らくデレクの一派は、集落が仲違いして分かれていることを知らなかったのだ。

 単に集落より上流の方へ魔法陣を仕掛ければ、全体をカバーできると踏んでいたのだろう。

 更に上流にあった反竜神派の集落は、全員ピンピンしているはずだ。

 せっかく近くまで来たのだし、頼み込む価値はある。


『アイツラ、オレ、嫌イ……』


 なんでだよ。

 子供にチヤホヤされて、MP厳しいのにバンバン〖ハイレスト〗撃ってたじゃねぇか。


『クソジジイト、法螺吹キ野郎』


 ……クソジジイ……法螺吹き野郎……ああ、ナグロムとヤルグか。

 確かに、どっちもあんまり好きにはなれなさそうな奴だったな。


 ヤルグは……特に、根に持ってるかもしんねぇな。

 片手の指、相方が全部喰いちぎっちまったから。


「竜神様、この近くは奴らも来るかもしれませんし……ここは一旦……」


 バロンがばったばったと両腕を動かし、ジェスチャーで俺に伝えようとする。

 ……言葉、わかんだけどな……。


「グゥオッ」


 俺は唸り、目線でバロンについてくるように指示を出して上流の方へと向かった。


「りゅっ、竜神様ァッ! 今回毒を仕掛けたのは、奴らではないと思うと言いますか!」


 大慌てでバロンが後を追いかけてくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る