第328話

 何かを踏みつけた感触がして、俺は咄嗟に〖転がる〗を解除した。

 マズい、集落の危機だと焦りすぎちまって、周囲が見えていなかった。

 もしかしたら、逃げるリトヴェアル族を撥ね飛ばしちまったのかもしれねぇ。


 俺は慌てて、弾き飛ばした何かを捜して首を左右に振った。

 大丈夫、軽く掠っただけだったはずだ。

 すぐ回復すれば、命に別状はないはず……。


『……アイツジャネ?』


 相方の首が示す方へと目を向けると、一人の男が息を荒げながら、木へと凭れ掛かっていた。

 綺麗に整えられた口髭が印象的な、小奇麗な雰囲気の男だった。

 ただ服はあちらこちらが破れており、全体的に土汚れが目立つ。

 肩には魔物に噛みつかれた様な跡があり、肩から先の腕が微かに紫色が掛かっている。

 どうやら毒のせいらしい。ということは、蜘蛛にやられたか。

 例の兵団と同じ格好をしていることから、奴らの仲間であることは間違いないだろう。


「く……くそ! くそ! 何と間の悪い……! 忌まわしい化け物めが!」


 俺と衝突した際に足を怪我したのか、膝を抱えながら息を荒くしていた。

 顔色は、耳の先まで真っ青になっている。


 既に満身創痍といった様子であった。


『ドウスンダ、コイツ』


「…………」


 戦意の既にねぇ奴まで殺すつもりはないし、そんな気にもなれねぇ。

 もう、戦いは概ね終わっている。

 それにこいつももう、まともに戦える身体じゃねぇだろう。

 わざわざ治療してやる義理もねぇが、敢えて殺していく理由もない。


 俺はこんな奴よりも先を急ごうと考えて去ろうとしたとき、男は大きく剣を空に掲げた。


「〖雷放散〗!」


 男の剣先に光が集まり、電撃が飛び散る。

 俺の顔面にも電気が走った。

 俺は目を瞑って対処した後、前足で顔を拭った。

 別にこの程度の攻撃、痛くも痒くもねぇとまでは言わねぇが、生死に関わってくるほどではねぇ。


 男は絶望しきった顔でその場に立ち尽くしていた。

 指を緩めて剣を取りこぼしそうになっていたが、再び剣を天に掲げ、吠える様に叫んだ。


「〖ワイドサモン〗! 現われろ、トレル・ラトン共!」


 男を囲むように光の輪が現れ、十数体の黄色いぶっとい鼠が現れた。

 額には、大きな白い角が生えている。


 全員きょとんとした様に首を傾げ、その場をウロウロと徘徊を始め出した。

 こっちはわざわざ構ってる暇なんてねぇのに、こっちが殺しに来ていると思っているのか、死に物狂いで俺に刃向かおうとしているようだった。


 俺は腹の奥に魔力を溜め、口を上に向けた。


「バーサ―……」


 続けて男が魔法を唱えようとする。

 が、俺はそれを掻き消す様に、〖咆哮〗を放ってやった。

 男は全身が麻痺した様に動かなくなり、怪我をしていた方の足が崩れ、その場に勢いよく尻もちを突いた。

 剣が手から離れる。


「ヂュウッ!」「ヂュアッ!」


 俺の〖咆哮〗を浴びて黄色い鼠達は興奮したらしく、忙しなく動き回りながら鳴き始めた。

 額の角に、バチバチと電撃が走っていく。

 なんだか様子がおかしい。


【〖トレル・ラトン〗:D+ランクモンスター】

【俊敏さには優れているが、それ以外には特に長所のないモンスター。】

【だが危機に瀕したとき極度の興奮状態になり、近くにいる電気を帯びていない動物へと飛び掛かり、強烈な自爆攻撃を繰り出す性質を持つ。】

【そうすることで確実に外敵の数を減らし、自種族に有利な環境を作り出していく。】


 危機に瀕したときに、自爆攻撃?

 今の俺の〖咆哮〗で、自爆のトリガーを引いちまったのか。

 クソッ、別にこっちはもう何もする気はなかったのに、厄介なもん呼び出しやがって。


 ……そう思っていたのだが、トレル・ラトンは、一斉に男へと飛び掛かっていった。


「あっ、あ……」


 男が慌てて落とした剣を手に取ろうとする。

 男の手が剣に触れたと同時に、トレル・ラトン達の爆発が始まった。

 トレル・ラトンの身体が膨れ上がり、電撃を放出しながら破裂する。

 男の周囲の地面が抉れ、爆発が終わったときには、トレル・ラトンの焦げた臓器や手足の肉片の様なものしか残っていなかった。


 爆発に跳ね上げられていた剣が石の上に落ち、カランカランと音が鳴った。

 剣の柄が黒焦げになり、刃にも煤が付いていた。


「…………」


 な、何がしたかったんだ、この男。

 せっかく見逃してやろうと思ってたのに、盛大に自爆しやがった。


【経験値を32得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を32得ました。】


 経験値……は、そんなに入らねぇか。

 そりゃそうだよな。俺、何もしてねぇし。ちょっとたまたま軽く撥ねただけだし。


 俺は数秒ほど呆然とその場に留まっていたが、ここまで急いで移動してきた目的を思い出し、トルーガの音が鳴った方向へと向かうことにした。

 今の男みたいな、『飢えた狩人』の残党が集落を襲っているのかもしれねぇ。


 トルーガの音が鳴った場所は近かったはずだ。

 俺は〖転がる〗を使うのは止めて、走って向かうことにした。


 〖気配感知〗で人間が複数いるのを感知したため、そちらへと向かった。

 激しい動きはない。今は、交戦状態というわけではないようだ。

 ほっとして足を緩めようとしたとき、人の気配の中に、アロの気配が混じっているのに気が付いた。


 リトヴェアル族の悲鳴が聞こえ、その後、誰かが誰かに武器を振るったのが分かった。

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